2-4
今日はエリザベスに悪いことをしてしまったかもしれない。そんなことを考えたのは、夜になってアレクシアが訪ねて来るまでのことだった。
エリザベスは幼馴染に、いきなりフレデリックの話を始めた。
「アレクシア、あなたの愛しのウィリアムの友達にフレデリック・ヘイターっていうのがいるでしょ? そのフレデリックがね、シェイラのことを好きなんだってさ」
勉強していたシェイラは息を呑み、アレクシアは色めき立った。
「なになになに? なんなの、それ? 詳しく教えて!」
「シェイラ、こっちに来て今日の礼拝のことを話しなさいよ」
こちらも訊きたいことがあるので、すぐに従った。
「ねえ、どうしてそんなこと知ってるの? 名前とか、ウィリアムの友達とかって」
「あの後本人に声をかけて直接聞いたのよ」
参りました、とシェイラは心の中で白旗を振った。
「フレッドなら知ってるわよ。ウィルと一緒に何度か会ったことがある。黒髪のいい男じゃない! 彼、シェイラのこと好きって?」
アレクシアは嬉々として捲し立てる。
「今朝の日曜礼拝で、迫られたのよね?」
エリザベスは無表情だ。
「迫られてない。たまたま席が隣になって、話し掛けられたというだけ」
シェイラも真顔で答えた。うっかり笑ったりしたら、こちらも満更でないということにされてしまいそうだ。
「たまたまの訳ないじゃない。彼はあなたのこと狙ってて、待ち伏せてたのよ」
「えっ、そうなの?」
「そうなのよ! 本人から聞いたんだから。で、どうするの?」
「どうするって、何が?」
「付き合うのか、ってこと!」
「まさか。有り得ないわ」
「なんで?」
エリザベスが語気を強めた。彼女はどうやら機嫌が悪いらしい。アレクシアが来ている時の、いつもの様子ではない。
「わたしとは住む世界が違う人という気がするわ……」
シェイラが答えると、エリザベスは怪訝そうな顔をした。
「家柄が違うから遠慮してるわけ?」
「そうじゃなくて、わたしとは全然タイプが違って、性格が合わないと思うってこと」
「ふうん、じゃあ付き合わないのね!」
エリザベスが鼻を鳴らして、吐き捨てるように言った。
やはり怒っているな。シェイラは何かへまをしただろうかと考えを巡らせた。部屋の掃除は完璧にしたし、言いつけられたことは全部終わらせたはずなのに。
けれど、エリザベスがなんとなく機嫌が悪い時は、理由も分かり易いものではない気がした。シェイラが何か至らないなら、彼女ははっきりと言うはずだからだ。
「顔はどう? 好み? 好みじゃない? わたしはけっこう好みなの! でもこれはウィルには内緒よ」
一方のアレクシアは興奮気味だった。
「顔? えっと……」
フレデリックは黒髪に切れ長の青い眼をして、少し馬面だが目鼻立ちは整っていたような気がする。
「よく分からないわ。普通……かな?」
「普通? じゃあ嫌いじゃないのね。それならシェイラ、絶対セントトマスに彼氏がいた方がいいわよ! メレノイの男と付き合っている子たちもいるけど、行き来するのが大変そうだもの」
「そ、そう?」
そんな理由で! ……とシェイラは内心で驚愕する。
「シェイラ、性格なんて付き合ってみないと分からないものよ。それに似た者同士より、性格が違う人の方が、足りない部分を補えるから良かったりするの。自分と同じような人のことは好きにならないと思わない?」
アレクシアが身を乗り出してくる。
「どうだろう……」
シェイラはナイトリー先生のことを考えてみる。彼をどれほど理解しているのかと問われれば自信がないが、少なくとも表面的な部分では、二人は似た者同士だと思う。アレクシアは答えを待たずに、また口を開いた。
「わたしもね、ウィルと付き合うなんて初めは思わなかったの。彼って芸術系で不思議っていうか、今まで付き合ったことのないタイプだから。いくら言い寄られても、性格が違うし有り得ないと思ってたの。でも彼ったらすごく強引で……。ずっと前から私のことが好きで、どうしても欲しかったんだって」
アレクシアはそこで言葉を切り、うふふと笑う。彼女はいつも、自身の恋愛を語る時には鬱陶しいぐらい女を前面に押し出してくる。それで聞いているシェイラは、恥ずかしくて赤面してしまうのだ。彼女は続けた。
「でもね、付き合ってみると、すごく新鮮。今までの男が誰もしなかったようなことをしてくれるし、言ってくれるの。それに、自分とは違う部分が魅力なのよね。解らないからこそ惹かれるの。わたしたち、お互いにそうなのだと思う。ウィルはわたしのこと、予想がつかなくて面白いって言ってくれるの。このあいだなんてね……」
アレクシアがうふふと思い出し笑いをして、続きを話そうとすると、急にエリザベスが遮った。
「それで、『愛してる』って言ってもらえたの?」
「えっ、それはまだだけど。でももういいの。態度で示してくれてるって思うし……」
「あ、そう。でもね、そういう恋愛論もどきはせめて三か月でも交際が続いてからぶった方がいいと思うわ。またすぐに別れることになったら、シェイラに笑われるわよ」
機嫌が悪いエリザベスの矛先がアレクシアに行ってしまったようだ。かわいそうにアレクシアは、いつものように、しなを作って抗議するかと思ったら、今度ばかりは絶句して青ざめてしまった。シェイラは気の毒に思ったが、すっきりしたのもまた事実だった。
エリザベスは苛立ったまま続けた。
「あーあ、わたしの方は付き合うとかいう以前の問題だわ。言いたくはないけど、セントトマス学院にはロクなのがいない! ギャザランド王国の未来を担う次世代のエリートを育成する、なんて標榜してるくせに、貴族の息子はほんの一握りしかいないもの。それも次男とか三男ばっかり。しかも年々、中産階級が増えてる。学院の格は下がる一方で、ますます貴族は入って来なくなる悪循環よ。ハロルド・メイヤーなら長男でゆくゆくは伯爵だし、見た目もまずまずだから良いと思ったけど、アンっていう平凡な女とずっと付き合ってる。あの二人、このまま卒業して結婚しちゃうかも」
エリザベスは皮肉っぽい笑みを浮かべたが、慰めを口にする者はいなかった。シェイラは触らぬ神に祟りなしと思って黙っていたし、アレクシアは先程の一撃でまだ傷ついているのかもしれなかった。エリザベスは構わずに話を続けた。
「でも今度の作戦はきっと上手くいくわ。美形の俳優を雇ったの。アンを誘惑して別れさせるのよ。彼女はメレノイの実家に毎週末帰っているから、その時がチャンスね」
シェイラは曖昧に乾いた笑いを浮かべて、その場をやり過ごした。
いつものことながら、この人たちと話していると頭がくらくらする。自分の常識や固定観念が吹き飛ばされて、価値観まで揺さぶられそうになるからだ。
始めの頃は心の中で非難もしたけれど、今は彼女たちが特別に変わっているというよりは、それまでのシェイラの世界が狭すぎたのだろうと考えるようになった。
彼女たちから見れば、シェイラの方こそ変人なのだ。身分が低く貧乏で、一月前に別れたきりで、シェイラのことを好きかどうかもはっきりしない。そんな人を、ずっと想い続けている。一時間だって、忘れていることが出来ないくらいに。
これのどこが常識人なのか。
偏執狂と言われても仕方がないと思う。
その夜、アレクシアは最後まで元気がなかった。エリザベスも寝るまでイライラしていた。そんな日は、シェイラが原因とも限らないのに、険悪な雰囲気で責められている気がして、理不尽さにこちらまで腹が立ってしまう。
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