6-2
暫くすると、ハート氏は理事会に行ってしまった。事務室の隣が会議室だった。パメラはお茶汲みの後に戻ってきて、所在なく待っていたシェイラに声を掛けた。
「フォースターさんはハートさんとお知り合いなのね!」
さっきの話の続きだった。
「ええ、そうなんです」
「どういうご関係なの?」
「母が魔術師協同組合の組合員で……、いえ魔術師ではないのですけど、事情があってそうだったものですから……」
「彼って魔術師よね? 魔術師って、たまに見る箒で空を飛んでいる人たちよね?」
「そうですね」
「まあ、すごい。じゃあ彼も空を飛んだり出来るわけだ」
「たぶん、そうだと思います。わたしは見たことはないですけど」
「あら、そうなの?」
「はい。魔術は本当に必要な時にしか使わないというのがルールなのだそうです」
「ふ~ん……」
パメラはそう言ったきり思案顔になり、豊満な身体を書類棚にもたせ掛けた。
「あの……大事な連絡というのは?」
不安になったシェイラは遠慮がちに尋ねた。
「そうでした!」
パメラは執務机に戻り、隣に小さな椅子を置いてシェイラを座らせた。
「フォースターさん、今まで二か月以上もお待たせして申し訳ありませんでした。この週末から、パイン寮に移っていただいて結構です!」
そう言って、パメラは相手が歓喜するのを待ったが、シェイラは訳が分からなかった。
「パイン寮に移るって、わたしがですか? どうして?」
「どうしてって、あなたはそもそもパイン寮だから。先週まであなたが入るはずの部屋に前の生徒が……、結婚して学校を辞める生徒が、新居が完成しないと言って、居座っていたものだから。それで、その生徒が退去するまで一時的にプラム寮に入ってもらったのだけど……この話、聞いてなかった?」
「今の今まで知りませんでしたよ……」
「あらま。どうしてかしら? 連絡ミス?」
パメラは肩をすくめた。
「まあとにかく、土曜日以降で引っ越す日が決まったら連絡をください」
「ええ~、本当ですか?」
「何か問題でも?」
「いえ、ただちょっと、ビックリしてしまって」
本来なら喜ぶべきなのだろうが、シェイラはなんだか怖かった。パイン寮ということは、子爵令嬢のクレアと同じ扱いだ。贅沢な部屋に住み、個人付きメイドが世話をしてくれる。
「それで、清算金をどうするかライアン家に問い合わせたら、執事さんより回答がありまして、ライアン家に戻す必要はないのでフォースター嬢に渡してくれということで……」
パメラは引き出しから封筒を取り出し、その中身を机に広げて見せた。それは札束と小銭と、一枚の紙切れだった。
「こちらが計算書です。もう六月なので、三か月分の寮費の差額が……百二十パンドと三百六十スロング。日割りはしませんので、六月分はプラム寮の寮費で結構です」
「これ……本気ですか? こんな大金を?」
「ええ、良かったですね。全部お小遣いに出来ますよ」
「お小遣い……」
下町で暮らしていた頃の母と二人分の生活費が大体一か月十七パンドだったので、それはシェイラにとっては数か月分の生活費に相当する。パメラはその大金と計算書をもとの封筒に詰めて、シェイラに手渡した。
事務室を出たシェイラは、膨らんだ封筒を無理やり二つ折りにして、目に付かないようスカートのポケットに押し込んだ。会議室の前を通り過ぎ、階段に腰を下ろして、理事会が終わるのを待つことにした。
気が昂ぶって、なんだかじっとしていられない。誰もいないのをいいことに、階段を三階まで駆け上がった。息を弾ませながら降りてきて、元の場所に佇む。
パイン寮に移る必要はない。プラム寮でも十分良い暮らしだ。エリザベスとは離れたいけれど、それとて我慢できないほどではない。今、働きもせずにポケットに大金が舞い込んだように、もしそれが可能ならば、部屋を移るのではなくお金が欲しい。
しかし、ライアン卿にプラム寮で十分だと伝えれば、ライアン卿から学院に支払われる金額が減るだけのことになってしまう。ライアン卿にはパイン寮にいると思わせながら、寮費の差額をシェイラが入手する方法を考えなければならないのだ。
シェイラはパメラにどう説明すればそれが可能かを考えた。一方で、これはライアン卿を騙す行為で、不正ではないかとも思う。不正行為で楽に金を得ようとするなんて、あってはならないことだ。
突然、話し声や椅子を引く物音が廊下に響いて、はっと我に返った。会議室から紳士たちが次々に出てくる。シェイラはハート氏が出てきたところをすぐに捕まえた。
「ハートさん、少しお話しできますか?」
「いいよ」
彼は童顔をくしゃくしゃにして笑った。安堵したシェイラも、同じような顔になる。
事務室の前からパメラがこちらを見ていたが、シェイラは特に気にせずハート氏と一緒に立ち去った。二人はやり取りした手紙の礼を言い合いながら、正面入り口から外に出た。
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