『愚者』の誘い
事件の最容疑者と被害者の殺害方法がわかったことで、不透明だった事件解決の定義に明確さと現実味が帯びてきた。そのこと自体は良いことだ。
だが、だからといって解決までの道筋が一直線になった、というわけでもない。犯人の素顔、その目的、何故禁止されているはずの魔導具を所持しているのか。片付けなければならない謎と問題は、依然として多いままだ。
つまるところ、ルアードがしなければいけないことは学院に来た当初と何一つ変わっていない。
「あのバカ、どこに行ったんだよ」
誰もいない渡り廊下の端っこで、ルアードは独り言のように悪態をつく。
鼻息荒く学院長室を飛び出したステラは、そのまま師であるルアードを置いて学院の何処かに行ってしまった。今頃、彼女なりに躍起になって仮面の魔術師のことを調べ回っているのだろう。ついさっきまでその仮面の魔術師に殺されかけたというのに大した根性だ、とルアードは別の意味で感心した。
「……ま、腹が減ったら勝手に戻ってくるか」
わざわざ探すのも面倒くさくなったルアードは、一人目的もなくぶらぶらと渡り廊下を歩く。
「にしても、ここは変わらないな……」
自分でも気づかずに、ルアードは昔を懐かしむように呟いていた。
放課後の廊下に差し込む夕暮れの光。遠くから聞こえる生徒たちの話し声。ほんの少しだけ鼻につく薬品の匂い。『エルギア』魔術学院は、かつて情熱を燃やしたこの場所は、自分がいた頃と変わらない。変わったのは自分だけだ。
ふと、ルアードは自らの記憶に引っ張られる。『賢者』になるよりもずっと昔、まだ世界を知らず、若さだけで突き進んでいた頃。『勇者』と出会うよりも前のことだ。
一人前の魔術師になることに一生懸命だった。勉学に励み、友と未来を語り合い、明日に向かって切磋琢磨した日々。伸び悩む才能に苦悩したことも、階級が上がる度に喜んだことも、瞼を閉じれば直ぐにでも思い出せる。
とても大切な記憶だ。
だがそれら全てをルアードはあっさりと手放した。他でもない自分自身の意思で。
魔術は嫌いだ。反吐が出る。こんなもの早く世の中から無くなればいい。当時の自分はある出来事を境に本気でそう思って、魔術から逃げるように学院を退学した。
もしも十年前のあの場所で『勇者』と『姫君』に出会わなければ、二度と魔術に触れることなく、ただのルアード・アルバとしての人生を送っていたはずだ。運命というのはつくづく数奇なものだと思う。
一度は手放した魔術に助けを求めて、いつしか『エルトリア』の大陸で最強の魔術師の称号を手にしていた。
何の皮肉だと思った。
何の嫌がらせだと嫌悪する。
何の罰だと笑ってしまう。
そう思うからこそ――あの出会いは間違いなく運命の選択だったと、今のルアードは断言できた。
あの出会いがなければ、あの旅を経験しなければ、自分はあの偉大な師に出会うこともなかったのだから。
ルアードはかつての師の教えを思い返す。師が願った魔術の在り方と、その未来を。
「――魔導具……か」
魔導具は禁忌の技術。ルアードは
でも本当は、魔導具の本当の存在理由は――
突き当たりに到着する。なんとなく上に上がりたくなった。角を曲がり、階段に足を運んだ。事件は必ず解決させる。魔導具なんてふざけた存在を許すつもりも、魔導具で人を殺めることを認めるわけにはいかない。内からドロドロと湧き上がる感情を落ち着ける為に、ルアードは少し顔を上げて伸びをした。
視線を上げた先、階段の上に人がいることに気づいたのはその時だ。
学院指定の制服と、黒のローブに引かれた三本線。数年ぶりに予期せぬ再開をし、つい数時間前に別れたばかりの人物。シャーロット・フォーサイスがそこにいた。
「シャロ?」
シャーロットはルアードが彼女のことに気づいたことを見て取ると、階段を降りて来て言葉をかけてきた。
「少し、二人きりでお茶を飲む時間を貰えませんこと?」
ルアードはその誘いに、不思議と素直に首を縦に振れた。
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