魔族と人間

「すいません、ウチの団長が失礼なことを」


 詰所出口までの帰り道の途中、先頭を歩いていたモーリスが足を止めて振り返り、ルアードたちに謝罪の言葉を口にした。先ほどのやり取りを静観していたことに対する申し訳なさも含まれているのだろう。その表情は若干弱々しく見える。


「気にすんな。あの筋肉馬鹿は言葉がいつも足りないのさ。昔、トークが立たなきゃ女にモテないって教えてやったんだがね」


 ルアードは肩をすくめて、戯けたような表情で言う。元々ルアードはこの件に関して無干渉を貫くつもりだった。結果的にはルアードの要求通りになったのだから、文句は特にない。そう話すルアードとは真逆に、ステラは頬を膨らませて御立腹な様子だ。


「なに拗ねてんだ、おまえ?」

「……師匠は悔しくないんですか!?」

「悔しい? 俺が? なんで?」


 ルアードが驚いたような表情で気のない返事を返すが、それがステラの怒りを膨張させたらしい。


「関係ないやつは引っ込んでろって言われたんですよ!? 師匠の魔術師としての腕を高く評価してるのなら、むしろ事件解決の協力を頼むのが普通ですよ!」

「いや……俺らは王宮や自警団所属の魔術師じゃないんだから無理だろ」


 そもそも魔術師と名乗っていいのかすら怪しいのだが、とルアードは自分の立ち位置について考える。言葉を選ぶなら、モグリが正しいのだろうか。どちらにせよ、魔族の自爆テロの捜査に関わるような、世間一般的な魔術師ではない。

 ステラは、ふかー、と鼻息を荒くし、


「だからなんですか! そこら辺にいる三流魔術師なんかよりも、師匠の方が数万倍上じゃないですか! それなのに……それなのに……!」

「ああ、うん。おまえの言い分はよくわかったから、先ずはそこにいる三流魔術師とやらに謝ってこい」

「謝る? 誰にです……か」


 呆れ顔のルアードが指差した先を目で追いかけ、ステラは自分の失言に気づいて固まった。隣で苦笑いを浮かべているモーリスと目が合う。


「す、す、すみません!」

「あはは……気にしてませんから」


 モーリスは曖昧な笑みを浮かべた。ぺこぺことブリキの人形のように頭を下げるステラを前に、怒る気も失くしているようだ。


「でも、あれだな。モーリスは魔族の魔術師なのに、人間の魔術師を邪険にしないんだな」

「ああ……自分が魔術師になったのは、『聖戦』が終結してからなんですよ」

「あ、そうなの」


 はい、とモーリスはルアードに頷いた。


「だから……なんですかね。他の魔族が言うような、人間に対する考え方に共感できなくて。人間も魔族も同じなのに、どうして争うのか理解に苦しみます」

「変わってるな」

「自分もそう思いますよ。学院時代もよく他の魔族に変人扱いされましたし。たぶん、自分が異端なんでしょう」


 やれやれとルアードはため息をつく。ルアードやカインツが『聖戦』を終結させたのは、これからの時代はモーリスのような、差別や偏見で世の中を見ない人材が現れることに期待していたからだ。

 それなのに昨夜のような魔族至上主義の思考に凝り固まった魔族の所為で、再び二つの種族の壁に亀裂が入りそうになっている。そうなれば今までやってきたルアードたちの努力は水の泡となってしまう。


「でも、実際問題どうするんだ? 魔術の発動条件が『ヘカ』の自爆ってことは、『エルギア』に住んでる魔族全員が容疑者候補だろ」


 自爆に使われた魔術を解析したルアードが、興味なさそうに淡々と言った。『エルギア』に住んでいる魔族を全員まとめて監視するのは、物理的に不可能だ。だからと言って、今のままでは事件解決には程遠い。

 モーリスは渋い表情で唇を噛む。


「悔しいですが、現状は打つ手がないですね。でも、幸いにも団長たち『五人の英雄』が狙いなのはわかりましたから、そこからなんとかして首謀者を炙り出していこうかと思っています」

「まあ、カインツなら簡単に死ぬことは無いし、囮に使うにはうってつけか」

「あの、別にそういう意味では……」

「わかってるよ。冗談だ」


 『五人の英雄』に強い憎しみを抱いていて、目的の為には自分の命すら平気で投げ捨てる集団。現状でわかっているのはそれだけだ。これだけでは首謀者を見つけることは不可能に近い。


「ま、早い解決を願っているよ。リーズの世話になっている身としちゃあ、世話してくれる女がいない生活は正直辛い」

「師匠、控えめに言ってカッコ悪いです」


 そう言うステラの頭を、ルアードは無言で叩いた。痛みに悶絶しているが、余計なことを言った罰だ。やり取りを見ていたモーリスは、再び苦笑いを浮かべていた。


「ちなみにモーリス、仮住まいとやらの準備にはどれくらいかかるんだ?」

「魔族が居ない住宅地から空き家を用意しますので、早くても今日の夕方くらいになってしまいますかね」

「ってことは、夕方までは暇か」

「暇でも外出は極力控えてくださいよ。『聖女』様と近しいお二人が狙われる可能性も十二分にありえるんですから」


 念入りに釘を刺してくるモーリスに、ルアードは、へいへい、と曖昧な返事で答える。

 今から山に行って修行する気にはなれないが、外出を禁じられてはどちらにしても無理だろう。カナリアの様子を見に行くのは明日以降になりそうだ。

 そんなことを考えていると、詰所の裏口へとたどり着く。相変わらず正門前には魔族が殺到していた。

 モーリスはその様子を一瞥し、


「では、自分はここで失礼します。くどいようですが、くれぐれも安易な行動には走らないでください。怪しい魔族を見つけたら、直ぐに逃げてくださいね」

「りょーかい。なら、俺らは夕方までに荷物を纏めておくから、そっちも広くて綺麗で快適な家を用意してくれよ」

「地味にハードルが上がってませんかね?」

「足りない経費はカインツのポケットマネーから出せば問題ないだろ」

「あの……団長とはご友人なんですよね?」

「腐れ縁だよ」


 苦笑しつつ、モーリスは「真っ直ぐ帰ってくださいよ」と念を押してから正門前へと駆け出した。

 不安に煽らている同族たちを宥めに行ったのだろう。

 その後ろ姿を見送ったルアードは、隣で不満げにしている自分の弟子に視線を移す。


「心配すんな。カインツは当然だが、リーズだって『聖女』なんて呼ばれるくらいには実力がある。そこらの雑魚に殺されるようなことはないさ」

「……なんか、随分と余裕なんですね。リーズ様やカインツ様が狙われているのに」


 ジト目のステラにルアードは、まあな、と言って頭をかいた。


「終戦直後は結構あったんだよ。今みたいなことが。だから、まあ、慣れてるって言やぁ慣れてる」


 『聖戦』は、魔族側の王である『魔王』の死によって終戦したのだが、終戦直後はそれを認めない魔族たちが『魔王』を討った『五人の英雄』に死なば諸共な戦いを挑んできたのは、『エルギア』では有名な話だ。中には暗殺や呪詛の方面での殺害を目論む魔族もいたくらいである。


「それに、狙いがカインツとリーズだってわかっているんだ。あの二人なら自爆する前に捕まえて、口を割らすのも簡単だろ」

「……そうなんでしょうか」


 ステラがぼそりと呟いた。

 まさかの反論にルアードは驚き、目を瞬く。


「心配性だな。おまえから見て、カインツとリーズはそんなに頼りないか?」

「いえ、そういうことではなくて、その、本当に狙いは『五人の英雄』なのかなって」

「は?」

「開拓地である『メイガス』では、“先を見る目”が求められるんです。未開拓の土地や鉱山を買う場合なんかは特に」

「はあ、そうかもな」


 ルアードは間の抜けた声で頷く。ステラは顔をしかめながら、


「その価値観で言うと、カインツ様とリーズ様を狙う意味が薄い気がして。だって、仮にお二人を討てたとしても『五人の英雄』はまだ三人いるんですよ」

「む……言われてみれば、確かにそうだな」

「それに、十年前ならわかりますけど、今の時代で英雄を一人か二人失ったくらいで他の魔族が反旗を翻しますかね? それも十年前に一度失敗してる方法で」

「……ふむ」


 ルアードは小さく息を呑んで考えてみた。

 カインツが万が一の可能性で死んだとしても、『エルギア』には王宮を守護する親衛隊や自警団がいる。彼らもカインツほどではないが、腕は確かだ。

 それに、『聖戦』終結の功労者にして、現在絶賛行方不明になっている『勇者』と『姫君』の存在もある。

 果たして、それでも『剣聖』と『聖女』を討つ意味があるのだろうか。それも同胞を何人も犠牲にした自爆テロなやり方でだ。


「でも、だとしたら連中の狙いはなんだ?」

「それはアレですよ。魔族の反乱? ってやつですよ」

「はい? 今おまえが言ったんじゃねぇか。それはないって」


 それは違いますよ、とステラは首を振った。


「目的は魔族が人間に反乱すること。これはたぶん間違いないと思います。問題なのは、どうしてその方法がコレなのか、って点です。同じ自爆するなら、それこそ王様の居る王宮とかを狙いますよね」

「まあ、一理あるな」


 ステラの推理には粗こそあるが、納得できるだけの理由がある。

 要するに、今回の自爆テロは非効率的なのだ。

 目的は魔族が再び人間と戦争すること。厳密には人間よりも魔族が上だという証明。

 それなのに、その方法が特定の人物を抹殺すること。しかも手段は自爆テロ。明らかに非効率的。ステラが言う通り、それなら王宮にでも特攻した方が、まだ納得できる。


「なら、なんでカインツを狙った? 宣戦布告……いや、意図的にこっち側の思考を誘導させるのが目的か? ――クソ! こういう直感頼りの推理は『勇者』の仕事なのに!」

「師匠?」

「ああ……すまん。魔術師の悪い癖だな。少しの疑問で、ついつい考え過ぎちまう」

「いえ、それはいいんですが」

「まあ、そのあたりも含めて、カインツたちが上手くやるさ」

「はあ……」


 そもそもこの推理は、なんの根拠もないステラの思いつきによるものだ。深く考え過ぎて、実際はもっと単純なことだった、なんてことはよくある話である。

 ルアードは話題を変える意味も込めて、わざとらしく空を見上げて、


「そんなことよりも、そろそろ昼飯の時間だ。せっかくだし、リーズに何かデザートの土産でも買って帰るか」

「え? でも、師匠お金持ってないですよね?」

「ナメんな。俺だって多少の金くらいは――」


 ある、と言いかけて、ポケットに手を突っ込んだ直後だった。

 ズン、と鈍い振動が、城下町を揺らした。一緒の間の後に、爆発音が響く。


「なんだ――!?」


 ルアードは音のする方向へ振り向いた。音の発生源は『エルギア』中心地だ。それも、リーズの家がある方角だった。

 爆発音がする瞬間に感じた膨大な魔力。あれは間違いなく昨晩に感じた『ヘカ』の流れに似ている。それが意味するのは、


「あ、待て、ステラ――!」


 ルアードが叫ぶよりも早く、ステラは必死の形相で駆け出していた。叫び、呼び止めようとするが、ステラは常人離れした運動能力の持ち主だ。完全に虚を突かれたルアードが気づいた時には、既にステラの背中は遠くにあった。もはや追いつくことすら難しい。


「あー……もう!? 手が早いな、コンチキショーが!」


 ヤケクソに叫び、ルアードはステラの後を追いかける。

 疾走しながらルアードは表情を歪めた。爆発音と感じた魔力。それが、断続的に続いていたからだ。

 それは中心地以外にも、自爆テロが起きたことを意味していた。

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