第二幕『賢者』ルアード・アルバのおそらくは残酷で悲劇的な復讐劇
序章
とある物語の始まり
初めてその門を見た時、自分の夢は間違っていなかったのだと誤解したのは何故だったのか。おそらくは、幼少期から一人前の正義の魔術師になる為に死ぬほど勉強をしてきて、その苦労が多少は報われ、漸く自分の夢に現実味を帯びてきたのだと実感したせいだったからだと思う。だからこそ当時の自分は期待に胸を膨らませ、未来の不安など幻視せずに、迷いなくその門をくぐることができたのだ。
――まぁ、結局それはまやかしだったのだが。
理想と現実。そのズレは自分が想像してた以上に大きかった。ただ、それだけのこと。
だから、自ら魔術師になる夢を捨てた自分は二度とこの門を見ることはないと思っていた。
それから十年の月日が流れ――
「おお……!?」
――まさか、弟子を引き連れて再びこの門を見上げることになるとは思わなかった。
しきりに上下左右に頭を巡らせる少女に、金髪の青年――ルアード・アルバは呆れるように嘆息した。
「おい、ステラ。あんまりきょろきょろするな」
そっと、さりげなく一歩分距離を離して注意する青年に、少女が振り向く。
絵本に出てくる魔女の様な格好をした少女だった。
昼間の日差しに反射するように照らす黒髪が風に揺れ、漆黒の瞳がルアードを見据えている。なによりも目を惹くのが、その浮世離れした格好だ。流麗な黒髪をすっぽりと隠す黒の三角帽子と、小柄な体躯を包み込んでいる黒マント。更には右手に握られた木製の杖が、自然と絵本の中の魔女を連想させる。
少女――ステラ・カルアナはマントに埋もれるように頷き、また背後に向き直った。
「いや、そうは言いますけど、『エルギア』魔術学院って言ったら、私たち見習い魔術師の憧れの場所ですよ! しかも師匠の古巣! 弟子として、興奮するなって方が無理ですって!」
興奮気味に話す彼女の前には、先程から存在を主張している巨大な門があった。
『エルギア』魔術学院。『エルトリア』の大陸で魔術師を目指す者ならば、その名を知らぬ者はいないだろう。大陸全土に数多くある魔術学院の基盤を作った学校であり、常に魔術の最先端を学べる最高峰の学び舎として名高い場所だ。
無論、有名な理由はそれだけはない。
『エルギア』魔術学院は、今からおよそ十年前に『聖戦』と呼ばれる人間と魔族との種族戦争を終結させた英雄の一人、『賢者』の二つ名を持つ魔術師が在籍していたという噂がある。そして戦争が終結した現在、その噂は確かな事実として人々に受け入れられていた。その噂に動かされ、偉大なる『賢者』のような魔術師になる為に『エルトリア』の魔術師見習いのほとんどがこの学院に入学を目指すようになったのだ。
とはいえ、それは『賢者』と呼ばれていた
「古巣っていうが、実際は二年の途中くらいに退学してるんだぞ。それがなんで偉大な魔術師を輩出した学校みたいな扱いになってんだか。名前貸してやってんだから、その分の金払えっての」
「でも、魔術の最先端を行っているのは間違いないわけですし」
「最先端……ね」
と、不意にルアードは口を噤み、意味深に門の先を見た。魔術学院の校舎が視界に入る。
「……もう二度とここに来ることはないと思ってたんだがな」
「へ? なにか言いましたか?」
「――いや、なんでもない。気にするな」
怪訝そうにルアードを見るステラに、ルアードは肩をすくめた。
心底面倒そうに溜息を吐いてから、ルアードは気怠げに頭をかきながら門の内側へと足を進める。
「さっさと行くぞ。ただでさえ目立つんだから、いつまでも入り口でぼけっと突っ立ってたら学院の生徒に怪しまれるだろが」
「確かに、生徒でもない私たちが学院にいたら目立ちますもんね」
「……アア、ソウダネー」
明らかに目立つ要因はおまえのその奇妙な格好だ、とルアードはステラに教えることはせずに学院前の門を再度見上げる。魔術の最先端を行く学院の名に相応しい、歴史と風格を漂わせるこの門を再び通ることに多少の複雑さを感じた。それはきっと、昔の自分を嫌でも思い出すからだろう。
風の匂いと草木の揺れ。古びた門と僅かに感じる『マナ』の脈動。それら全てが懐かしくもあり、忌々しくもある。
ルアードは懐かしさとよくわからない不快感の板挟みに合いながら、ふと、この場所に自分たちが向かうことになった原因を思い出していた。
それはつい昨日のこと。ルアード・アルバがステラ・カルアナを魔術の弟子にしてから数ヶ月が経過した辺りまで遡る――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます