『賢者』ルアード・アルバのおそらくは華麗で英雄的な物語
黒崎ハルナ
第一幕『賢者』ルアード・アルバのおそらくは華麗で英雄的な物語
序章
とある大陸の英雄譚
――とある大陸の英雄譚を語ろう。
何処にでもある。
極々普通の英雄譚を。
人と魔族が住まう大陸。
その大陸は『エルトリア』と呼ばれていた。人間が生き、魔族が生き、そして――長きに渡って人間と魔族が戦争を繰り返してきた大陸だった。
気の遠くなるような、永遠に近い歴史の中で、人間と魔族との争いは続いた。
流血によって血塗られた大地が乾くことはなく、慟哭のような悲鳴が大陸全土に響かない日はなかった。
魔族が人間を喰らい、人間が魔族を虐殺し、その恨みでまた魔族が人間を殺す。
死と血と憎しみの連鎖は終わらない。
魔族が近くに存在することが許せなかったからと、人間たちが小さな集落でひっそりと暮らすエルフたちを集落ごと焼き払った。
人間に親を殺された獣人族が本能に任せて獣同然に無関係な人間を喰らいつくした。
戦争に使えるからという理由で精霊たちは魔族と人間の両方に道具同然に扱われ、その数を大きく減らした。
濁りきった魔力によって荒野となった大地は、さらに禁呪や禁忌兵器によって深い闇に呑まれて――いくつかの町や村が地図から消えた。
――この戦乱の時代が終わる日が来るのだろうか。
誰もが思った疑問に答える者は、誰もいない。 何故なら、誰もが争いの始まりを忘れてしまったのだから。忘れてしまったものを思い出そうともせず、喪ったものを見ないふりをして、僅かに残った憎しみと負の連鎖を糧にして、人と魔族は争いを続ける。
どちらかが完全に根絶やしになるまで、この戦争は終わらない。誰が言ったわけでもないが、その結論は真理であり、覆ることの無い事実だった。
力には力を。
憎しみには憎しみを。
静かに、だが確実に『エルトリア』は滅びへと向かっていた……。
そんな永久にも似た戦乱の時代が終わったのは、今から十年も前のことだ。
――それは、吟遊詩人が謳うべき英雄譚。
血塗られた世界を救ったのは、異世界から来た一人の少年と四人の従者。
これは、そんな彼らの英雄譚。
戦乱の時代を終わらせたいと願った最後の王の娘が異世界からこの地に
彼は剣の才能も、魔術の才能も、何一つ持たない無力な少年だった。
だが、無力な少年は多くの人間を、多くの魔族を救い続けた。力は無くとも、目の前にいる誰かの手を取ることを止めなかった。
少年は言う。
――人間も魔族も『エルトリア』で生きる一つの命に変わりない。
助けを求める手を取らなかったら、後でずっと後悔する。
だから、俺はこの手を伸ばし続けるんだ。
誰に恨まれても、誰に憎まれても――たとえ救った者たちに呪詛の言葉を吐かれても。
彼の意思は折れることはなく。
純粋な想いの力で、彼は他者を救い続けたのだ。
やがて、少年の周りには少年と同じ志を持った仲間が集まり出した。
少年をこの地に招いた王族の娘。
少年がこの地に足を運んで、初めて剣を交えた傭兵。
少年がこの地で初めて救ったエルフ族の少女。
……そして、後に少年の親友となる無名の魔術師。
彼らは戦争を終わらせる為に大陸全土を旅をする。それは、辛く険しく、優しい旅だった。
様々な戦場を彼らは経験し、人の醜さと理不尽さを知る。
行く先々で人々を救い、彼らは人の優しさと強さを理解した。
そうした長き旅の果て、最後にはとうとう魔族を束ねる『魔王』を見事に討ち取った。
そうして彼らはこの世界を救った。
後に彼らは『五人の英雄』と人々から崇め、称え、語り継がれることになる。
異世界から来た少年はその功績から『勇者』と呼ばれ。
王族の娘はその立ち振る舞いから『姫君』と呼ばれ。
傭兵の少年はその圧倒的な強さから『剣聖』と呼ばれ。
エルフ族の少女はその優しさから『聖女』と呼ばれ。
魔術師はその優れた技術と知識から『賢者』と呼ばれるようになった。
――と、ここまでなら普通の英雄譚として物語は終わるのだが、実際は少し違う。
そもそも世に囁かれ、語り継がれる英雄譚というものの多くは、一種の『願望』である。
世界の終わりを救った英雄は高貴で、清らかで、正しい存在でないといけないという――人々の『願望』によって構成された物語が英雄譚というものだ。
その証拠に、歴史を深く探れば、数多の英雄譚に記載された内容のほとんどが誇張されたものだとわかる。
――では、『エルトリア』の英雄譚は?
その疑問に答える者はいない。
この英雄譚は記載も記録もされていないからだ。ただ、人々の間で語り継がれ、関係のない誰かが多くの妄想と願望を織り交ぜて、そうして『五人の英雄』という英雄譚は生まれた。
――だが、それでも確かに存在する事実が一つ。
この英雄譚に登場する『五人の英雄』たちは実在し、戦争が終結して十年が経った現代でも存命しているということだ。
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