一章 王都『エルギア』

見習い魔術師の第一歩

 王都『エルギア』は、人と魔族が住まう『エルトリア』の中心部に国土と巨大な城を構える歴史ある場所だ。大陸全土を見ても、類を見ないほどの国土を有する『エルギア』は、膨大な国土に比例するように繁栄を続けていた。

 その『エルギア』の最果てには、巨大な城門がある。

 かつての大戦時には魔族からの襲撃を防いだその城門は、戦争が終結した現代では他国や近隣の村からの入国を審査する為の場所として利用されていた。魔術的な触媒や傭兵たちが使用する武器や防具を売りにこの地に訪れる商人たちをはじめ、吟遊詩人や流浪の旅人などの余所者が『エルギア』に来訪する際にこの城門を通ることは、一種の儀式のようなものでもある。

 朝もやの立ち込める時間帯。まだ多くの人が眠りにつき、市場や農家などが目覚め始めるそんな時間。『エルギア』の城門前に、一人の少女が佇んでいた。

 『エルトリア』の大陸では珍しい黒色の髪と大きな瞳が特徴的な少女だ。

 細身の身体に不釣り合いな杖を握り、小さな体躯をすっぽりと覆い尽くすマントと三角帽子という出で立ちの、少々風変わりな少女は眼前の巨大な城門を見上げ、浅く息を吐き出した。


「ついに……ついに来ましたよ!」


 ふるふると震える拳を小さく握り締め、黒髪を朝の風に靡かせながら、少女はここまでの長い道のりを思い出す。


 ――旅の初日に盗賊に襲われ、路銀を全て奪われたところから始まり。


 ――道に迷ってうっかり魔獣の住まう森に入ってしまった所為で、魔獣の群れと三日間寝ずの追いかけっこをすることになり。


 ――空腹で動けなくなって倒れているところを不審者に間違えられて、町の衛兵に職質されたり、身元不明者扱いで牢に入れられた回数は二桁を超えた辺りで数えることそのものをやめた。


 思い返せば、思い返すほど、少女の目尻にはしょっぱい水が流れ出る。

 辛い、辛い旅だった。食べられる草やキノコの見分け方などのサバイバル技術を自らの体で覚えれたことは、はたして誇るべき内容なのか非常に悩む。

 しかし、それも今日までの話。少女は目の前の城門を前に、無意識に息を吸った。そして、その一歩目を踏み出す。


「ん? 入門希望かい?」


 城門前に立つ兵士が少女の存在に気付き、声をかけてきた。口調こそ穏やかだが、若干の面倒くさい気持ちが滲み出ている。こんな朝早くから仕事をしなければいけないのだから、多少不機嫌にもなるというものだろう。それでも兵士の男の表情や声に苛立ちなどがないのは、あくまでそれが自分の仕事だと割り切っているからなのか。


「は、はい」


 一瞬遅れて、少女は答えた。緊張で唇が震えているのがわかる。


「入門の理由と名前を」

「ステラです。ステラ・カルアナ。ここには人を探しに来ました」

「人を探しに?」


 途端、門番をしている兵士が怪しげにステラを見やる。真っ黒な帽子にマント。おまけに古めかしい身の丈近くある杖という装備は、控え目に見ても怪しい。

 門番からの視線に気づいたステラは、慌てて言葉を続けた。


「あ、あの、私は魔術師見習いでして……それで、ここに住んでいる魔術師に弟子入りをしようと『エルギア』に来たんです!」

「弟子入り? このご時世にかい?」

「はいッ!」

「そ、そうか。それは大変だったな」


 捲したてるように話すステラに、門番は引きつった笑みで頷いた。門番としては、ちょっとした朝の会話くらいのつもりだったのだが、ステラからしたら旅の途中で経験した度重なる職質でこの手の質問は軽くトラウマになっていたのだ。


「入門の理由はわかった。次に紹介状を提示してもらおう」


 『エルギア』に限った話ではないが、各国の主要都市や王都に入るには、基本的にその場所での滞在許可証が必要だ。商人や旅人の中には、当然だが怪しいやつや危険な思考をする者もいる。そういった連中を不用意に近づけない為の処置として、地図に名前が載る町や村の村長や、商人ギルドが出している紹介状が入門の際に必要不可欠となっているのだ。

 少女は懐から長旅でしわくちゃになった紹介状を門番に手渡す。そのしわくちゃぶりに門番の男は苦笑しながらも、中身を確認する。

 内容に問題はなかったらしく、門番は頷き、


「確かに。それでは、荷物を確認させてもらうぞ」

「荷物を、ですか?」

「ああ、魔族との戦争が終わってからもお互いに禍根は大なり小なり残っているからな。内部での争いを阻止する為に、『エルギア』ではこの城門前で持ち物検査をするのが決まりだ。まあ、発案は『勇者』様らしいんだが」


 なるほど、とステラは素直に自分の荷物を門番に渡した。と言っても、三角帽子とマントと杖を除けば、数着の衣類と僅かばかりの路銀が入った旅袋しかないのだが。

 門番の男もそれをわかっていたのか、はたまた若い女の手荷物を漁るのは仕事とはいえ気が進まないのか、直ぐにステラへと荷物一式を返却する。


「しかし、門番の俺が言うのもアレだが……魔術師というのは、こう、色々と怪しげな薬瓶やら動物の死骸やらを持っているものじゃないのか?」


 ぺたんと許可証に判を押しながら、門番はステラにそんなことを訊く。一般人が抱く魔術師のイメージは、門番が言った通り動物の死骸やよくわからない植物なんかを魔術的触媒として常に持ち歩いているイメージだ。だが、実際の魔術師はそのイメージと少し違う。


「あはは、そうですね。大掛かりな大魔術をする場合なんかは、そういうのを使うみたいですよ。私は見習いだからそういうのはまだ……」

「まだできないからそういうのも必要ないってわけか……よし、これでいいだろ」


 いくつかの必須項目を書き終えて、門番はステラに二枚の紙を手渡した。


「通行許可証と滞在許可証だ。『エルギア』に滞在する間は常に持ち歩いておくように」

「はい、ありがとうございます!」

「ああ。弟子入り、上手くいくことを願っているよ」

「頑張ります!」


 三角帽子を深く被り直し、マントを翻したステラは元気よく城門を駆け抜けて行った。

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