参考人その四
「おまえは……誰が犯人だと思う?」
その質問はステラにとって、予想外な内容だった。
基本的にルアード・アルバという人間は、あらゆる出来事を自分だけで決めて、自分の力だけで解決してしまうタイプの人間だ。仮に悩んだとしても、決して他者に相談などせずに、自分で最終的な結論を出してしまう。ましてや、弟子を相手に意見を求める様なことは絶対にしないとステラは思っていた。
そんなルアードが他の誰かに意見を求めてきたというのは、弟子のステラにとって弟子入りしてからの
故に、ステラは悩んだ。
自らの直感が告げている。決して安易な発見はしてはいけない、と。
「誰が犯人か……ですか」
この場合のルアードが言う犯人とは、現在進行形で探している仮面の魔術師であることは間違いない。つまり、誰が魔導具を持っているか。そう訊いているのだ。
暫しの沈黙の後、ステラは慎重に、言葉を選ぶように口を開く。
「正直……まだわかりません」
誰が魔道具の持ち主なのかを確定させるには、あまりにも情報が少な過ぎる。ステラは自信なさげに自分の考えを口にした。
「そもそも容疑者がまだ絞れていませんし、断定するには判断材料が無さ過ぎて……」
「まぁ、そうだな」
ルアードはステラの言い分に同意する様に頷いた。
怪しいと思える相手は大勢。それこそ、学院にいる人間全員が容疑者と言ってもいい。そんな中で、誰か一人を魔道具の持ち主だと断定するには、あまりにも情報が足りなさ過ぎる。
「でも、一人だけ……。師匠には笑われてしまうかもですけど、この人は犯人じゃないって信じたい人はいます」
「当ててやる。シャロ……いや、シャーロット・フォーサイスのことだろ」
「たはは……やっぱり、師匠にはお見通しでしたか」
間髪入れずにルアードがそう言うと、ステラは気恥ずかしそうに頬を掻いた。やはり師匠には弟子の考えはお見通しらしい。
「でもですよ。そもそもの話で、シャーロットさんが今回の事件の犯人なら、わざわざ私たちのことを手伝ったりしませんよね?」
「たしかにな」
「ですよね!」
「それで、それがシャロを信じたい理由か?」
ステラは首を小さく横に振った。それだけじゃない、とステラは一言添えてから、
「シャーロットさんは無責任に他人を見捨てたり、魔術を使って人を殺したりすることはしない。私にはそう思えるんです。それに……」
「それに?」
「最初に出会った時にシャーロットさんが言ってたんです。大切な人がいきなり自分の目の前から居なくなる悲しみはよくわかるって」
それは、ルアードとステラがシャーロットに初めて出会い、会話をしたあの空き教室での一言。
――大切な人がいきなり自分の前から居なくなる悲しみは、わたくしが一番理解してますわ。
ステラにとって、シャーロットのことを信じるにはその一言で十分過ぎたのだ。
誰かを失う悲しさを知っている人が、誰かの命を身勝手な理由で奪う筈がない。そんな、綺麗事と呼ぶことすらアホらしくなってしまう理由。
調査の邪魔をする為に接近してきた。そんな可能性もあるはずなのに、ステラはその可能性を全く考慮していない。それはステラの他人の本質を見極める能力が高いからなのか、それとも単純に彼女が根っからのお人好しだからなのか。或いは、その両方かもしれない。
ルアードはステラの推理を訊きながら、そんなことを考える。
「ふ……そうか」
「あ、やっぱり笑いましたね。だから言いたくなかったのに」
小さく笑みを溢すルアードに、ステラは頬を含まらせて拗ねる。
「おまえがおかしくて笑ったんじゃない。俺の予想が当たったことが嬉しかっただけさ」
彼女の推理は推理と定義するには、あまりにもお粗末なものだった。根底にあるものがそうあって欲しいという願望な時点で、普通なら論外だと否定するべき内容だ。
しかし、この場、この事件に関してのみだが、ステラの推理は推理たる内容と理由になる。
そう確証できたからこそ、ルアードは笑ったのだ。
「自分一人だけの主観だと確証が持てなかったが、今の話を聞いて自分の仮説に自信が持てた」
「それって、どういう……」
「仮面の魔術師の正体がわかったってことだよ」
「本当ですか!」
「ああ……後は、炙り出すだけだ」
「炙り出すって、犯人の顔もわからないのにですか?」
正体がわかったと断言したルアードは栽培場跡地のとある一角──クルツ・マーベルストンが焼死した場所に立つと、すっと瞳を閉じた。その行為の意図がわからないステラが首を傾げる中、ルアードはまだ僅かにあの時の熱が残っているのではないのかと錯覚するこの場所で思考の海に潜る。
二度の殺人。魔道具を持つ謎の魔術師。
そして、これまでのやりとり。
結んで得られる推定。二つの夜に起きた悲劇。
それらを解決させる為に『賢者』にしかできないこととは、やはりこれしかないだろう。
「《真実の瞳よ・幻影の亡霊たちよ・我が名において命ずる――」
呪文を一節唱える度に大気中に存在する『マナ』が呼応する様にルアードの元へと集まっていき、やがて小さな魔法陣を描いていく。
その中に立つルアードの姿は、かつての『聖戦』の時代に最強の魔術師と謳われた『賢者』の風格が漂っていた。
「し、師匠……?」
魅入られるようにステラがルアードを見つめる。
ルアードが何をしようとしているのかは、弟子のステラにも直ぐにわかった。
魔術だ。それも、見習いの自分にはその術式が理解できないほどの高度な魔術。おそらくは事件解決の為に必要な魔術なのだと、ステラは予想した。
専用の触媒も宝石も使わずに、これだけ高度な魔術を行使できるのは、『エルギア』の大陸全土を探しても『賢者』の二つ名を持っているルアードだけだろう。
問題なのは、それを何故この場所で使う必要があるのかがステラにはわからないことだった。未知の魔術。それはどんなものよりもステラを惹きつけた。
困惑する
「――地を疾く駆け・真実を晒せ》」
直後、光が波紋の様にルアードの描いた魔法陣を中心に広がっていく。
その勢いは魔法陣を飛び出して、二人が居る栽培場跡地をあっという間に通り越して、遠く離れた学院校舎まで届いて行った。
そして、
「……ツッ!?」
波紋が広がり、ステラの足元を通過した刹那、ステラの背中に悪寒が走った。
気持ちが悪い。ステラは内側から溢れてくる不快感から、口元を強く抑えた。見えないナニカに全身を弄られた様な感覚に、ステラは身体を震わせる。
ほんの一瞬だけの出来事だった。しかし、その一瞬の感覚がいつまでもステラの頭にこびり付いて離れない。あれだけ惹きつけてやまなかった未知の魔術だったはずなのに、今は恐怖感しか抱けなくなっていた。
言葉ではなく、感覚が警報を訴えてくるのだ。
──この魔術は気持ちが悪い、と。
「うッ……」
とうとう耐えきれずに、気持ち悪さから膝が崩れたステラはその場で蹲る。遠く離れた学院校舎側から騒つく様な声が聞こえてくることから、おそらく学院に居る者の多くが今のステラと同じ様な不快感を感じたのだろう。
朝食に食べた五人前のサンドイッチが逆流しそうになるのを必死に堪えて、ステラはこうなった原因のルアードを見た。
「……ああ、やっぱりか」
静かに瞳を開いて呟くルアードの表情は明るいものではなかった。嬉しそうでも、得意げでもない。知りたくなかった事を無理矢理に知ってしまった、と暗に言っているのがわかる表情だった。
仮面の魔術師の正体がわかったと言っていたはずなのに、何故?
そんなステラの疑問に応える様に、ルアードは言った。
「魔道具の持ち主は──だ」
ステラは言葉を失った。
何故なら──彼女にとって、その真実は信じたくない真実だったからだ。
その日の放課後、『エルギア』魔術学院に衝撃が走る。
二学年第三階級生徒シャーロット・フォーサイスが突然、魔術学院を自主退学したとの報せが届いたのだ。
退学の理由は不明。だが、夜には学院を去るつもりだと本人は言っているらしい。
魔術学院最高位の地位を持つ生徒の突然の退学行為に、生徒はおろか、学院中の教師たちにも動揺が走った。
何故? もしかして本当に彼女が? そんな憶測が飛び交う中、歯軋りをする人物が一人。
「なんで……」
呟いた言葉は騒音に掻き消えて、
悪夢の宴はまだ終わらない。
『賢者』ルアード・アルバのおそらくは華麗で英雄的な物語 黒崎ハルナ @kuro
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