第四章 『賢者』ルアード・アルバのおそらくは残酷で悲劇的な復讐劇

魔法の指輪

「なるほど……つまり、突然現れた仮面の魔術師が栽培場を爆破した、と」


 ルアードからの事後報告を訊いたアメリア・ダーナ学院長は、窓の外から問題となっている栽培場跡地を見下ろした。

 困り果てたような表情から、仮面の魔術師の出現には相当頭を悩ませているのがわかる。

 栽培場で起きた爆発騒動は、その日の夕方には学院の生徒たちに知れ渡っていた。

 あれだけ派手な爆発が起きたのだ。しかも現在の学院内は、殺人事件の所為で情報に対して敏感になっている。

 学院側も流石にそんな状況下で誤魔化すことは難しいと判断したらしく、不審者が現れたので放課後は寮から出ないよう生徒たちに警告を促した。とはいえそれも、好奇心旺盛な十代相手には逆効果にしかならない気がする。要らない正義感を働かせて、危険な行為に走る生徒が現れないことを願うばかりだ。


「それで、どうするおつもりですか?」

「どうするもなにも。奴を見つけて、問い詰めるしかないだろ」

「見つかりますかね?」

「……見つけるんだよ」


 素顔がわからない人物を見つけることが難しいのは、ルアードも理解している。しかも見習いを含む数多の魔術師犯人候補が学院に居る所為で、犯人を特定するのも困難。

 犯人を見つける術がないことをわかっているからこそ、ルアードも曖昧な返答しかできず、そんなルアードの内情を察しているアメリアも、その事実に深く追求することができなかった。

 揃ってため息を吐くルアードとアメリア。


「……しかし、俄かには信じられない話ですね。魔法陣も呪文の詠唱も使わずに、魔術を行使できる魔術師がいるというのは」


 アメリアにそう言われて、学院長室のソファに座っていたルアードは、苛立つようにガシガシと自らの頭をかいた。


「俺だって信じられないさ。そんな芸当ができる魔術師がいるなんてな」


 そう話すルアードの右手には、包帯が巻かれている。先の戦闘で迫る炎を完全に防げなかった代償だった。


「それほどの実力者でしたか? その魔術師は」


 重ねて問うアメリアに、ルアードは忌々しく舌打ちを落とすことで応じた。


「『聖戦』の時代だったら、間違いなく最前線を任せられる。魔族の魔術師を相手にしても、遅れは取らないだろうさ」


 だが、とルアードは一言付け加え、


「それが紛い物でなければ、だがな」

「……ふむ」


 現代の社会において、魔術師に戦闘技能や殺傷力というのは求められていない。今日こんにちの魔術師は他者を殺める魔術よりも、魔術そのものを研究することや、生活の役に立つ魔術を開発する方が需要が高いからだ。

 しかし、それが『聖戦』の時代まで遡るのならば話が違う。

 如何に効率的に相手を殺すことができるか。十年前の魔術はそれのみに特化していた。その時代を体験しているルアードが魔族に引けを取らないほどの実力者と評価するのなら、それは仮面の魔術師が掛け値無しの本物であると言っているのと同義だ。


「あの……一ついいですか?」


 八方塞がりになりつつある状況に頭を悩ませる二人に気を遣ってか、ステラは遠慮気味に口を挟んだ。


「あの魔術師がって、どういう意味ですか?」

「言葉通りの意味だ。あの仮面の魔術師が使っていた魔術は、奴本人の魔術じゃない」


 ルアードが答える。

 ステラはルアードに一歩近づき、アメリアも机の上で身を少しだけ前に乗り出した。


「詳しく教えてもらえますか。現状、一番有力な情報源は貴方だけですし」


 口調こそ穏やかだが、アメリアの声色には僅かな焦りが感じ取れる。それだけで、彼女の事件解決に対する熱意が伝わってきた。

 ルアードは小さく頷く。


「あの仮面の魔術師が付けていた指輪……あれは、魔導具まどうぐと呼ばれるものだ」

「魔導具……?」


 聞き慣れない言葉に、ステラが眉を寄せた。


「わかりやすく言うなら、誰でも魔法が使える便利な道具アイテムのことだ。魔導具は身に付けるだけで、使用者が持つ魔術師の素養を無視して魔術が使えるようになる。つまり、ただの人間でも、特別なことをせずに魔術師になれるわけだ」

「魔術師の素養を無視して……? そんなこと、本当に可能なんですか?」


 いちおう魔術師の師匠らしい口調で説明するルアードに、ステラは困難しながらも質問を続ける。


「人間が魔術を使うには、魔力の源である『マナ』を感知する必要があるんですよ。宝石や結晶石を使って足りない魔力を補うことはありますけど、まったく『マナ』を感知できない人でも魔術を使うなんてこと、できるわけ……」

「その不可能を覆した魔術師がいたんだよ。今から二百年以上昔にな」


 魔導具。そう呼ばれる存在が誕生したのは、今から二百年以上昔になる。

 魔導具はその生成方法を含めて、色々と謎が多い代物だ。

 最初に考案したのは誰なのか?

 どうやって製造したのか?

 その多くは、未だ究明されていない。


「魔族には魔力を生み出す器官があるだろ。魔導具ってのはな、要するに、その器官の代わりになる装置のことなんだよ」


 魔術は、たしかに便利かつ強大な力だ。

 だが魔力の扱いに長けた魔族と違い、人間は限られた者しか魔術を起動することができない。遥か昔、その現状に不満を抱き、どうにかできないものかと考えた魔術師がいた。誰でも魔族のように魔術を扱えるようになるにはどうしたらいいのか――

 その答えが魔導具だった。

 魔力を事前に魔導具へ蓄積し、組み込んだ術式を持ち主の意思で自在に起動することができるのなら、魔術師の素養に関係なく魔術を扱える。


「魔力の感知、術式の構築、呪文詠唱。それら全てを別の何かで補うことができれば、魔術師じゃなくても魔術が使える。そんな無茶苦茶な理屈を形にしたモノが、魔導具だ」


 ルアードはそこで一旦言葉を切った。

 それまで話を聞いていたアメリアが口を開く。


「しかし、魔導具はその便利性から使用や研究が禁止されているはずでは?」

「ああ。確かに『聖戦』の終結後に魔導具の研究は禁止された」


 それが、ステラの様な現代の見習い魔術師たちが魔導具の存在を知らない最大の理由だ。

 戦争中、魔導具の研究は魔術師の中でかなり注目されていた。

 魔術師の兵士がとにかく不足していた時代だ。戦死した魔術師の補充もままならない状況で、誰でも魔術が使える魔導具の研究は、ある意味で人類最後の希望だった。

 まず、魔術師になる為の修行が必要なくなる。通常ならば習得するのに何年も時間が必要な魔術が苦もなく使えるようになれば、それだけで戦力を大幅に増加することが可能だ。

 しかし、『聖戦』と呼ばれていた種族戦争が終結してからは、国王が魔導具の研究を全面的に禁止にした。

 何故か。その答えは簡単だ。

 誰でも魔術が使える。そのことがとてつもなく危険なことに、遅まきながら気づいたのだ。


「だけど、魔導具そのものが無くなったわけじゃない。こんな時代でも好奇心から研究を続ける魔術師が後を耐えないのも事実だ。つまり、『エルトリア』には今でも数えきれないほどの魔導具が眠っているのさ」

「では、あの魔術師が持っていたのもその類いのものだと」


 アメリアがまとめると、そういうわけだな、とルアードは肩を落とした。


「でも、どうして魔導具そんなものが魔術学院に?」


 そう言って、ステラは顎に手を当てる。


「そんなこと俺が知るか。だが、魔術学院ここは隔離された陸の孤島だ。魔導具の持ち主は学院の関係者で間違いないだろ」


 外部からわざわざ侵入し、ニーナ・アシュトルフォを殺害。噂を聞きつけて、再び学院内に侵入してルアードたちと交戦。

 それはあまりにも理にかなっていない。最初から犯人は学院にいたと考えるのが妥当だろう。容疑者が内部に限定されたのは、大きな進歩だ。

 だが、いかんせん容疑者候補が多過ぎる。

 研究者の側面を持つ教師陣が一番怪しいが、素養を無視して魔術が使える魔導具の性質上、生徒の可能性も捨てきれない。

 加えて言うのなら、肝心の魔導具を見つけることも困難を極める。

 何しろ小さな指輪だ。巧妙に隠す手段など、いくらでもある。

 結局、現状でルアードたちに出来ることといえば学院中を見張る事と、もう一度ニーナ・アシュトルフォの身辺調査をするくらいしかない。


「それなら、もう一度学院の人たちに話を聞いてみましょう!」

「あ、おい勝手に動くな! って、聞いちゃいねぇし……」


 今、自分ができることがあるなら、それは少しでも仮面の魔術師の情報を集めること。

 そう判断したのだろう。

 ルアードには鼻息を荒くして学院長室から出て行くステラの顔つきが、いつもよりも引き締まって見えた。

 そんなステラを追いかけるように、ルアードはソファから立ち上がる。


「……ったく、なんだって、魔導具に関わらないといけないんだか」


 早く魔導具の持ち主を見つけなければ――取り返しのつかないことになる前に。

 ルアードの予言にも似た呟きは、誰に伝わるわけもなく、空気に溶けて消えた。

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