『剣聖』と『賢者』

 カインツ・アルマークは『五人の英雄』の中でも最強の戦士だと言われていた。

 事実、戦争中に彼が築いた戦果や武勇の数々は、眉唾なものから人外を超えたものまで千差万別。魔力の扱えないはずの純粋な人間が、単純な剣技のみで魔族と渡り合ったという偉業は、まさに『剣聖』の名に相応しい。

 そんな彼も十年の歳月を得て、今は王族直属の親衛隊隊長兼自警団団長という二足の草鞋を履いている身だ。王族と民の両方を守護する最強の剣として、彼に憧れる男は多い。


「せっかく来てやったのに茶の一つも出ないとか、サービス悪いぞ」


 自警団の団員たちが集まる待機詰所の一室。テーブルの上で偉そうに足を組んだルアードがぶつくさと文句を言う。自警団の仕事は荒事が多いことから、男性のみで構成されている場所がほとんどだ。『エルギア』の自警団もその例に溢れることなく、男性のみの集まりである。故に、必然的に男臭く、汗の匂いがそう広くない待機詰所の室内に充満していた。もはやこうなると一種の罰ゲームか何かに思えてくる。


「おまえは詰所ここを茶飲み処と勘違いしてるのか?」


 ルアードの座るテーブルの正面。木製の椅子にもたれ、カインツ・アルマークが呆れたような声で答えた。

 ルアードのよりも一回りは大きくて太い腕。半袖のシャツから覗く傷痕の数々は、歴戦の戦士の風格を漂わせている。赤毛の髪を短く乱雑に切り揃えた風貌は、剣士というよりは傭兵の首領と言われた方がしっくりくる気がした。カインツは頬杖をつきながら、


「まったく、久しぶりに会ったというのに。変わらんな、おまえは」

「失礼な。男前に磨きがかかっただろ?」

「……ああ、本当に変わらないな」


 ほっとけ、とルアードは椅子の背もたれを軋ませる。

 『剣聖』カインツ・アルマークと、『賢者』ルアード・アルバの付き合いは長い。戦乱の時代を共に駆け抜けた盟友、というのが一般的な認識だが、実際は悪友というのが表現としては一番正しかった。若さ故の過ちとばかりに、十代の頃はお互いに無茶なことや、馬鹿なことをやりまくっていたものだ。この場に居ない『勇者』がここに加われば、かつて『聖女』すらも困らせたという伝説の英雄三馬鹿トリオが再誕する。


「相変わらずリーズの世話になりっぱなしらしいな」

「羨ましいだろ。楽してグータラな生活ができる俺って、人生の勝ち組じゃね? って実感してる毎日だ」

「それを世間一般では、穀潰しって言うそうだぞ」

「ぶっちゃけ、最近リーズが真面目に俺の将来を心配してるんだよなー。――ネタ抜きで割とマジで」

「なんなら自警団うちに入るか? 人手不足だからいつでも歓迎だぞ」

「冗談。誰がこんな男臭いとこで働くか」


 偉そうに踏ん反り返りながら、ルアードは鼻を鳴らした。どれほど周りに心配されようが、ルアードの仕事をしたくないという意思は筋金入りらしい。カインツ呆れたようにため息を吐いて、


「まあ、おまえがいいならいいがな。だけど、リーズを泣かせるような真似だけはするなよ?」

「へいへい」

「それと、足は下ろせ。テーブルは足を乗せる場所じゃない」

「へーい。真面目だねー、『剣聖』様は」


 気の抜けた声でそう返事を返し、テーブルの上から足を下ろした。カインツはその様子を黙って見ていたが、唐突に思い出したかの様な仕草で口を開き、


「ところで、ルアード。おまえ、ついに弟子を取ったらしいな」

「は?」


 カインツの言葉に、ルアードは思わず動きを止めた。

 なんのことだ、と首を振るルアードにカインツは、ふん、と息を吐き、


「昨日、城下町の方で魔族が盗みを働く事件があったんだが、その時に人間の魔術師を一人保護してな」


 覚えのあり過ぎる内容に、ルアードは引きつった笑みを浮かべた。これは一部始終知っていて、ワザと話しているな、と確信する。


「は、ははっ……そうなのか……」

「ああ。それで、その保護した子が妙な事を言っていてな。自分は『賢者』の弟子になる為に『エルギア』に来た、と」

「ああ……誰だよ、そんな寝ぼけたこと言ってるやつ。そんな面倒なことを俺がするわけ……」

「ふむ、おまえの知らないやつか。そうなると、重要参考人として尋問した後に『エルギア』から強制送還となってしまうな。可哀想に、彼女は遠路遥々『賢者』に弟子入りするために『エルギア』へ来たと言っていたが……」


 このやろう、と内心でルアードは毒を吐く。

 そして、


「白々しいんだよ、脳筋剣士。無い知恵使って策士気取りか」

「かの『賢者』様に知恵比べで勝てる機会は、そうないからな」


 開き直るようにルアードが言うと、カインツは肩をすくめて戯けて見せる。

 ようやくルアードはカインツがこの場に自分を呼び寄せた理由を理解した。要するに、昔のよしみで昨日の一件を不問にする代わりに、その自称弟子を引き取れということだ。わかりやすく言えば、身元保証人になれということらしい。なんで自分がそんな面倒極まりないことをしないといけないんだ、とルアードは思ったが、素性のよくわからない人物を目に見える範囲で穏便に処理したいというカインツの気持ちもわからなくはなかった。

 つまりは、カインツも面倒事を楽に片付けたかっただけなのだ。


「それで、もう一度訊くが、心当たりはないか?」

「……ああ、思い出した。そいつは確かに俺の知り合いだ」


 カインツからの再度の問いに、胡散臭い、芝居染みた台詞を読み上げるようにルアードが返事を返せば、カインツはそうか、と笑みを浮かべて、


「なら、早いとこ迎えに行ってやることだ」

「くそ、脳筋が頭使いやがって……」


 そう言ってルアードは、椅子の背もたれにだらしなくもたれかかった。


「で、結局誰なんだよ?」

「なにがだ?」

「そのガキの素性だよ! 少しは調べたんだろ?」

「いや、まったく」

「……おい」


 ルアードの頬がヒクついた。


「俺が言うよりも、本人に直接訊いた方が早いだろ」

「……それゃあ、そうだがよ」


 それに、とカインツが言葉を繋げる。


「なんなら本当に弟子にしてみたらどうだ? 『勇者』のいた世界の言葉には、物は試し、というのがあるそうだぞ」


 そう言ってくるカインツに、ルアードは心底嫌そうに眉を寄せ、


「冗談だろ」

「いや、本気だ。弟子の一人でも取ったとなれば、リーズも少しは安心するだろうしな」

「弟子ねぇ……」


 ルアードは面倒そうに顔をしかめる。弟子など取ったところで、はたして自分が何を教えれるというのか。自分が他人に教えられることなど、リーズをちょろまかす上手い言い訳の仕方と、酒場のツケを踏み倒す方法くらいだろう、とルアードはカインツに言った。案の定、カインツは露骨に呆れ顔で、


「とにかく行ってこい。おまえがクズで、ゴミで、救いようのないロクでなしだとその娘が知れば、弟子入りを諦めるかもしれないだろ」

「まあ、それもそうだな」


 そうと決まれば、行動あるのみ。

 勢いよく、跳ねるように椅子から立ち上がって、ルアードは部屋を出て行く。

 詰所の端にある宿舎に泊めていると、カインツが背中越しに教えてくれた。


「それにしても……あの娘はルアードのことを何処で知ったんだ?」


 ルアードを見送ったカインツは、誰もいない室内でぽつりとそう呟いた。

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