ヤル気の問題

 微妙な沈黙が室内を満たしている。カインツは未だに真面目顔のままだ。なんにせよ、今しがたカインツが言った内容が、嘘や冗談ではないことはルアードにも理解できた。理解はできたが、それと納得がいくかは別問題である。


「すまん……なんか言ってる意味が理解しかねる内容だったんだが」

「む? わかりにくかったか? どうも俺はこういう説明が苦手でな」


 そういう意味じゃない、とルアードは首を横に振った。


「なんで俺がそんな面倒極まることをしないといけないんだって話だよ。そういうのは自警団や王宮に所属してる魔術師連中おまえらの仕事だろ?」

「その通りなんだが……今回は少し事情が複雑でな」

「知るか。善良な一般市民を巻き込むなっての」


 しかし、その複雑な事情とやらが、今回の件に深く関わっていることは間違いない。渋るルアードにカインツは言う。


「おまえにこの事件の解決を依頼する理由は三つある」

「そんなにあるのか……」


 げんなりとルアードは疲れたように息を吐き出し、脱力するようにソファにもたれかかる。真面目に訊くだけ損な気がした。やる気の乗らないルアードに、カインツは人差し指を突きつけ、


「一つは能力的な問題だ。今回の事件を解決するには、おまえが一番適任だと判断した」

「えぇ……最初のっけから理由が強引過ぎだろ」


 というか、適任だと言われても正直困る。

 魔族すらも圧倒する実力を持つ大魔術師。『賢者』の二つ名が示す通り、ルアードの魔術師としての力量は冗談抜きで大陸最強だ。しかし、その能力が事件の捜査に役立つのかと言われたら、ぶっちゃければ怪しい。


「その根拠は?」


 ルアードが尋ねる。 普段からトラブルや事件に慣れている自警団や王宮所属の魔術師たちを差し置いてまで、一般市民のルアードに協力を要請する理由。その説明を求めると、カインツは眉間を深く刻み、


「自警団と王宮魔術師の双方で事件前後の調査をしたんだが、事件解決の手掛かりは何一つ得られなかった。それどころか、ニーナ・アシュトルフォが失踪し、遺体となって発見されるまでの三日間、

「はぁ……」


 話を訊いたルアードが真っ先に思ったのは、だからどうした、だった。そもそもルアードはカインツのように王宮や自警団に所属していない一般市民だ。事件の進展など、知ったことではない。

 とはいえ、『賢者』の正体を知っている数少ない人物であることや、ルアードの友人であることは間違いない事実なわけで、その友人が自分のトラブルに他人を頼ることを嫌う性格だというのも理解はしている。


「加えて言うなら、これほどの焼死体を作るのに必要な火力。それに見合う火、もしくは火柱を見た者もいない」

「……見た者がいない?」


 訊き返すルアードに、カインツは肯定するように頷く。


「人を丸ごと、それも生きたまま焼き殺すような火を、誰にも見つかることなく発生させる。そんな芸当ができるのは……」

「魔術師だけ。それも、かなり腕の立つ魔術師だ」


 ルアードは即答し、思わず窓の外から鐘楼がある塔を見た。

 忘れもしない。つい数ヶ月前に起きた一人の魔族が起こしたテロ事件。その犯人も魔術師だった。

 魔術に常識は通用しない。その時は魔術によって百人以上の魔族が精神操作され、一斉に大規模な自爆テロを引き起こそうとした。そういった、本来ならばあり得ない現象も、魔術ならば不可能ではない。

 おそらくはニーナ・アシュトルフォの失踪もその類いで間違いないのだろう。さすがに今回の犯人も魔術師だと断定するには早計な気がするが、少なくともこの事件に魔術が深く関わっているのは今の話で確定的だった。


「魔術が関わっている以上、解決には魔術師の協力は必須。そして、俺の知る限りで最も優秀な魔術師は、おまえだけだ、ルアード。これがおまえに依頼を頼む二つ目の理由だ」

「知らんがな……」


 完全に人材不足が原因ではないか。ルアードは久しぶりに自分の魔術師としての腕を呪った。優秀過ぎるのも考えものだ。

 そもそもトラブルや争い事の類いは、うら若き十代の頃に経験したアレコレで十二分に間に合っている。この上、未解決の殺人事件の相手までするつもりなど、ルアードには微塵もなかった。

 とはいえ、だ。人を生きたまま丸ごと焼き殺す魔術を、誰にも気づかれることなく行えるような危険人物と遭遇したら、それこそ『賢者』クラスの魔術師しか手に負えないだろうという理屈はルアードにもわかる。わかってはいるのだが、はたしてそんな魔術師が本当にいるものか。どうにも胡散臭い。そもそもな話で気が乗らない。


「おまえの言い分はわかる」


 ルアードの視線を読み取ったカインツが、申し訳なさそうに頷いた。


「本来ならこんなことを頼むこと自体が間違いなのは理解している。だが、現状のままでは完全に手詰まりなのも事実だ。それに、二人目の被害者が出る可能性もゼロじゃない」


 カインツはそう言って、深々と頭を下げる。王宮親衛隊の正装で来た理由は、要するに彼なりの誠意なのだろう。どうしようもないから、旧友に助けを求めた。恥もプライドも捨ててまで。

 そこまでする理由は簡単で、彼はこの国の民を本気で護りたいと思っているからだ。


「頼む、力を貸してくれ。この国を護る者として、これ以上の被害を出したくない」

「そう言われてもなぁ……」


 断りづらい空気から逃げるように、ルアードは再び窓の外を見た。

 そんな態度のルアードに、カインツは最後のカードを切る。


「それから最後に――実は、事件の調査をする人物に、学院側がおまえを指名してきた」

「は?」


 初耳だった。ルアードの表情が険しくなる。

 カインツは写真を仕舞うと、新しく一枚の紙を取り出した。

 『エルギア』魔術学院の教師名簿だ。何故そんなものを見せる必要があるのかがわからず、ルアードは手渡された名簿に目を通す。


「ああっ?」


 名簿を見て、ルアードが声を上げる。その声色は若干の怒気が混ざっていた。

 名簿の一番上。そこには見知った人物の名前が記されていた。

 ルアードの反応に、カインツは納得顔だ。


「おい……まさか」


 ルアードは名簿をカインツに突き返す。側から見ても不機嫌になっているのは一目同然だった。

 名簿の一番上に記載されている人物は、役職で言えば学院長。つまり、魔術学院の最高責任者だ。

 『エルギア』魔術学院・学院長――アメリア・ダーナ。


「察しの通り、学院長が今回の調査員にルアード・アルバを指名してきた」


 ちっ、とルアードは漏れそうになった声を無理矢理に呑み込んだ。

 アメリア・ダーナはルアードが十年前、まだ学院生だった頃の担任教師だ。それがまさか十年の月日が経ち、学院長の座についているとは。道理でカインツが言い淀むわけだ、とルアードは今までの態度に納得する。

 カインツは、珍しく疲れたように息を吐き、


「確認はしたが、アメリア学院長はおまえが『賢者』であることは知らなかった。その上で、ルアード以外の人間には学院内部を調査させないと言っている」

「ふざけんな」


 ルアードは吐き捨てるような声で言う。

 意味がわからない。素直にそう思った。学院側が調査を依頼しておきながら、調査員を指名。しかも専門家ではなく、一般人に殺人事件を調べさせようとする。

 明らかに矛盾していた。解決する気が本当にあるのかすら怪しい。申し訳程度に関連性を見つけるのなら、ルアードが元学院生という点。しかし、途中退学の落第生。はたしてそんなやつに事件解決を求めるだろうか。

 きな臭い。それもとびきりの特上仕様でだ。


「誰がそんな怪しい話を受けるか」


 当たり前だが、ルアードは即決で依頼を断った。むしろこれでヤル気になって、依頼を引き受ける方がおかしい。


「そもそもなんで俺なんだよ? あの学院、俺が在籍してた頃と同じなら、今も魔術の知識だけは無駄にある暇人の巣窟だろ? そいつらに事件の調査なり、なんなりさせればいい話だろうが」

「そうは言うがな、自警団と王宮魔術師が匙を投げたんだぞ? 冗談抜きで、ルアード以外の魔術師がどうこうできる案件じゃない」

「つってもなぁ……やる気起きねーよ」


 というより、専門家が無理なのに元・魔術師の自分が事件の調査と解決をするなんてできるのだろうか。ましてやルアードは立場的には一般人に過ぎないわけで。


「頼む! おまえしかいないんだ!」

「あー……いや、でもなぁ……」


 かと言って、知らんぷりを決め込めるほどルアードも外道ではない。歯切れの悪い返事が口の中で溜まる。


「調査って言うが、俺はバカ弟子の修行があるわけだし」


 今の今まで存在を忘れていた弟子を程のいい言い訳に使うと、


「問題ない。学院側に同行者を付ける事を許可させる」


 カインツが逃げ道を潰すように言った。余計なことを、とルアードは舌打ちを落とす。


「あー、でもリーズに余計な心配かけたくないし」

「ここに来る前、事前にリーズにも話は通してある。リーズはルアードの意見を尊重すると言っていた。後はおまえの答え次第だ」

「いや、だから……そういう問題じゃなくて」

「金についても問題ない。今回の件には、王宮側からも僅かばかりだが報酬を用意してある。調査費用についても危険手当を含め、全額自警団が負担しよう」


 危険手当が出る時点で、当たり前だが危険な調査だと認めているということだ。益々気が重くなった。前も似たような形でいいように使われた挙句、なんやかんやで報酬が貰えずタダ働きとなったことは記憶に新しい。


「ステラにはなんて説明する気だ? あのバカがこんな話を訊いたら、またいらん正義感働かすだけだぞ」


 最後の砦として、再び自身の愛弟子を引き合いに出すと、カインツは真面目な顔で頷き、


「大丈夫だ。むしろ、俺個人は彼女にはそういう意思で動いて欲しいと思っている」


 あっさりとそう言った。


「彼女、ステラ・カルアナの熱意が事件解決の糸口になる可能性は以前の事件で証明済だ。危険な面も否定しないが、それを差し置いても、あの行動力は貴重だろ」

「買いかぶり過ぎだ。あんなの、偶々だぞ」

「だとしてもだ」


 どうやらカインツは本気で事件解決の為なら、なりふり構わずな精神らしい。

 気がつけば、ルアードが学院に行くのが決定したみたいな流れになっていた。断り切れないことを悟ったルアードは、諦めたように息を吐き出す。


「……調査の方法や犯人の処遇は、こっちで勝手に決めるからな。自警団も王宮側も解決するまで干渉はしてくるなよ」

「……ッツ! 了解した。ただし報告だけは怠らないようにしてくれ。手抜きや妥協も一切なしだ。一般生徒に被害が出ないようにも立ち回ってくれ」

「はいはい」


 頷くカインツに、ルアードはぐったりとソファに背中を預け、


「それと学院に行く用に馬車を一台。それから、学院側からも調査の邪魔はしないように取り計ってくれ。それが依頼を引き受ける条件だ」

「問題ない。直ぐに用意させる」


 結局、断り切れずに引き受けてしまった。ルアードは深く溜息を吐く。

 昔から、知り合いからの頼み事には滅法弱い。これがどうでもいい相手からの頼み事なら、即決で断るのだが、カインツのような腐れ縁からの頼み事。しかも頭まで下げられては、嫌々でも引き受けるしかない。

 未解決事件の捜査。言葉にするならロマン溢れる内容だが、それは非常識に慣れていない普通人の感覚である。当事者のルアードからしたら、面倒極まることは間違いないし、何事もなく終わるとも思えない。


「すまない」

「ほんとだよ」


 軽口を叩き合っていると、焼けたチーズの匂いが鼻を刺激した。どうやら、ピザが焼けたらしい。

 カウンターからカナリアが一枚の大皿を持って来る。

 とりあえず今はピザを食べることに集中しよう、とルアードは少し緩くなったビールに口をつけた。


「それじゃあ、明日の明朝に馬車をリーズの家の前に待機させとくからな」

「へいへい」


 ともあれ、そういうことになった。

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