前途多難
依頼についての話が終わると、カインツは用が済んだから帰ると言わんばかりに早足で酒場『ルシエ』を出て行った。
「ただいま戻りましたー!」
その直後、入れ替わるようにステラが『ルシエ』に戻ってきたので、ルアードはカインツが座っていた席にステラを座らせ、それとなく事の経歴を話すことにした。
「――というわけで、俺は明日から暫くカインツからの野暮用でおまえの修行に付き合えなくなったから、二、三日は家で大人しくしてろよ」
「ふがっ! ふががっ! ふぐぐうぇはぁ!」
「とりあえず人語を喋ってくれ……」
焼き上がったピザを口いっぱいに頬張り、リスのように頬を膨らませて抗議の声を上げるステラに、ルアードは早くもこの話をしたことを後悔しそうになる。律儀に話さずに、黙って学院の調査に行けば良かった気がしないでもない。
もぐもぐ、とピザを咀嚼する音だけが室内に反響する。暫くして、ゴクンっとピザの残りを飲み込む音の後に、ステラはルアードに詰め寄り、
「水臭いですよ、師匠! 師匠が困った時に力を貸すのが弟子の役目! もちろん私もお手伝いしますよ!」
何を言ってるんだ、こいつは。ルアードは頭が痛くなった。
そもそもルアードにはステラを連れて行く気が毛頭ない。カインツは彼女のことを高く評価していて、調査に協力してもらう方針らしいが、それは大きな勘違いだ。ルアードからしたら、ステラを連れて行っても調査の邪魔になる未来しか見えない。ただでさえ面倒事に巻き込まれているのに、その上で子守までする余裕は、今のルアードにはなかった。
「おまえを連れていかない理由はちゃんとある」
「はあ……なんでしょう?」
不服そうな表情を浮かべ、ステラはルアードと目を合わせる。ルアードは、こほん、と一間を入れて、
「端的に言うなら、足手まといだからだ」
「む……」
「そう睨むなって。今回の話はカインツからの頼み事、というよりは自警団と王宮からの依頼って意味合いが強くてな。修行中のおまえを連れてく必要も理由もない話だ。更に言うなら、危険な目に合う可能性も捨てきれないし、特別な技能も要求される依頼なんだよ」
ルアード的には珍しく真面目に答えたつもりだったのだが、はぐらかそうとしていると勘違いしたのか、ステラの表情が目に見えて険しくなる。
「要するに……私の魔術師としての実力が足りないのが、今回の件に連れて行けない原因なんですね?」
「わかってくれたか。まあ、今回は大人しくしてな。リーズには俺から上手く伝えて――」
ほっ、と理解が早いステラの様子に、ルアードは安堵の息を吐く。話が手早く纏まりそうな流れに気が緩み、ルアードはビールの入ったグラスに口を付けた。
その時、
「――つまりそれは、その依頼に必死に食らいついてこいってことですね!」
「ブブッー!?」
ビールが噎せて吹き出した。
なにをどう解釈したらそうなるんだ。
ルアードは改めて、愛弟子の意味不明な思考回路から逃げたくなった。
先程の険しい表情から一転、ステラは明るく、希望に満ちたような表情でテーブルを乗り出して、ぐぐっと顔を近づけながら詰め寄ってくる。
「わかりましたよ、師匠! このステラ・カルアナ! 誠心誠意、全力全開、ヤル気マックスで師匠の依頼についていきます!」
「なんでそうなるんだ!?」
ルアードはその気迫に思わず後ずさろうとしたが、ステラの腕がルアードの両肩を掴んで離さない。しかもステラの表情は大真面目で、聞く耳を持つ気すらないようだ。
「だから! 邪魔だから着いて来るなって言ってるだろ!」
「いやです! 仲間はずれは寂しいです!」
「てめぇ、それが本音か!」
そんな子供みたいな理由で着いて来られてたまるか、とルアードはステラを引き剥がそうとした。しかし、その掴まれた腕の力が想像以上に強い。
「カインツ様がわざわざ師匠のところに頼むということは、それ即ち魔術絡みの事件に間違いないです! つまり! 師匠の愛弟子たる私の出番!」
「その謎な方程式が適用されるおまえの思考回路はどうなってんだよ」
「魔術師に常識は通用しないんです!」
むしろ、ステラ・カルアナに常識が通用しないのではないか。ドヤ顔のステラの顔面に蹴りを入れながら、
「だいたい、おまえが着いて来て何ができるんだよ。ロクに魔術も使えない半人前だろ!」
「そんなことはありませんよ!」
「あ? じゃあ何の役に立ってくれるんだ?」
「忘れたんですか。いいでしょう、師匠が忘れてるなら、私自らお話します。そう。私が師匠のお役に立った……二人の初めての共同作業であるあの事件のことを!」
「いや、なんか意味が違う気が……というか、いい加減離れろ……ソファが倒――れッ!」
ステラに掴まれた肩がミシミシと悲鳴を上げ出したのと同時くらいに、座っていたソファが勢いよく倒れた。
ガタンッ! と大きな音を立てて倒れる二人。グラスやら皿やらが一緒に床へ散乱する。
「――ちょっと! なんか凄い音したけど!」
そのとき、音を聞きつけたカナリアがカウンター奥から慌てて出て来る。開店前に何をしているんだ、と興奮気味に駆け寄って――そっと、カナリアは言葉を失くした。
「あー……」
ルアードとステラを見つめるカナリアの瞳に軽蔑と汚物を見るような色が浮かぶ。
ソファの上で倒れる男女。しかも年若き女の子が青年に覆い被さるような構図。ついでに言うなら、倒れた時に女の子のスカートは捲れ、服も少し着崩れて、下着がチラリと見えていた。
そして、先ほどのやりとりを目の前の彼女は知らない。
「待て、待つんだカナリア。落ち着いて話を聞いてくれ」
「ええ……大丈夫よ。そうよね、ルアードも男だもんね……たまるものはあるもの」
「違う。おまえはちょっと誤解してるんだ。そいつは少し一緒にメシでも食えば分かり合える話なんだ」
「わかってるわ。ルアードにも性欲はあるんだから、ちゃんと発散させないとダメよって、リーズにはあたしから言っておくから」
「だから違うって――」
「なんなら、あたしが相手してあげるから。だから……ね? 流石にステラちゃんに手を出すのはやめよ? ちょっとそれは犯罪だから」
「どさくさに紛れてなんか変な事を言い出したぞ! この女!」
シャワー浴びてくるから、と言ってカナリアは早足に去っていく。なんか変な誤解が生まれたことは間違いなく、予想を大きく逸れた展開にルアードは戦慄する。頼むから少しくらい説明させてくれ。
「……カナリアさん、どうかしたんですか? なんか顔真っ赤でしたけど?」
まるで状況をわかっていないステラが、他人事のような口調で言う。
「ふん!」
「あ痛ァ!」
ルアードはせめてもの腹いせに、間抜け面を晒すステラの顔にもう一回蹴りを入れたのだった。
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