『剣聖』からの依頼

 案内された席へ向かうと、そこにはある意味で予想外の人物がいた。


「うわ……やっぱりかよ。ってか、なんだその格好」


 大きな長テーブルと座り心地の良さそうなソファ。

 怪訝な表情で睨んだその先には、酒場には不釣り合いな、無駄に高そうな白のロングコートをまとう野蛮人が偉そうに座っていた。

 『エルギア』自警団の団長を務めながら、王宮親衛隊の隊長も務める『五人の英雄』の一人、カインツ・アルマークである。


「よう、御苦労だったな」

「なにしに来たんだよ。俺は一仕事終えて疲れてんだ。悪いけど、王宮親衛隊の正装着た筋肉馬鹿を相手する体力は残ってないぞ」

「酷い言われようだな。まぁ、俺もできたらこんな窮屈な格好はしたくないんだが」


 小さく肩をすくめて、カインツはソファの向かい側を指した。座れ、ということだろう。大人しくルアードは向かい側のソファに座る。

 正直な話、ルアードの内心は穏やかではなかった。

 カインツはルアードと同じく、酒場『ルシエ』の常連客だ。普段は自警団の仕事終わりに、センスのない私服姿で酒を飲みに来る。間違っても、こんな式典用の正装みたいな格好で酒場に来るようなやつではない。


「とりあえずビールとピザでも奢れ。話はそれからだ」

「仮にもこの国の王を護る親衛隊の隊長にビールとピザを催促するとか、常識的にどうなんだ?」

「知るか。そんな格好で酒場に来るやつが悪い」


 大声でカウンターにいるカナリアにビールとピザを注文してから、ルアードは不満げに鼻を鳴らす。

 一連のやりとりを訊いていたカナリアは呆れたような表情を浮かべて、いそいそとカウンター奥へと消えた。ビールはともかく、ピザ一枚を焼くにはそれなりの時間がいる。


「それで、王宮親衛隊の隊長様が何の用だよ? 酒を飲みに来たってなら、マナー講座でも開いてやるが?」

「いらん。そもそも今日は酒を飲みに来たわけじゃない」


 ルアードは改めてカインツを見た。なんだそれ、とルアードは呟き、


「酒場で酒を飲まないとか、酒場に失礼だろうが! いいか、こんな薄汚くて、ちゃっちい酒場でも毎日必死に小銭稼ぐ為に営業してるんだぞ! それを――」

「――あんたが一番失礼よ」


 ルアードの熱弁を遮るように、カナリアがビールの入ったジョッキを後頭部に叩き落す。鈍器に殴られたような鈍い音がした後、ルアードはテーブルに突っ伏した。


「ば、馬鹿野郎! 殺す気か!?」


 頭を押さえ、ルアードは涙目で喚き散らす。その様子をカナリアは鼻で笑い、


「いやね、殺すだなんて。あたしはタダ酒をたかるゴミを掃除してるだけよ」

「せめて人間扱いはしてくれ!」

「うっさい、穀潰し! 信じられる? この馬鹿、ステラちゃんからも金を借りたりしてるのよ」

「当然だろう! 俺は師匠として、あいつに毎日色々な魔術の知識を教えてやってんだ! それくらい当たり前の権利だろ!」

「そんな権利があるか!」


 カナリアはイライラとしかめっ面でルアードを睨みつけ、そのままカウンターへと戻っていった。カウンター奥からルアードへの罵倒の声と、八つ当たりのような包丁の音が聞こえてくる。はたしてマトモなピザが食べられるのだろうか。若干の不安が芽生えた。


「……そろそろいいか?」


 カインツが、どっと疲れたような声で口を開く。


「まずはこれを見てくれ」


 そう言って取り出したのは、一枚の写真だった。


「今日、俺がここにこんな場違いな格好で来た理由を簡単に説明すると、その写真が原因だ」


 べつに訊きたくないし、興味もない、とルアードは心底そう思った。だが、空気的に無視するわけにもいかないらしい。諦めて取り出された写真を手にとる。

 写真に写っていたのは一人の少女だ。年相応な笑みを浮かべながら、写真に向かってピースサインをしている。着ている服装からして、『エルギア』にある魔術学院の制服だろう。

 問題なのは、何故この写真が目の前にいる王宮親衛隊隊長の突然の来訪と繋がっているかだ。仮に写真に写っている少女が将来的に親衛隊へ就職を希望していたとしても、そのことをわざわざ一般市民のルアードに話す理由がない。


「まさか……欲求不満が溜まりすぎて、とうとう未成年に手を出したのか?」

「殺すぞ」


 カインツが殺気を飛ばしてくる。ビキリ、とビールの入ったジョッキにヒビが入った。

 カインツは気持ちを落ち着けるために、小さく息を吐きだした後、淡々と話し始める。


「名前はニーナ・アシュトルフォ。魔術師の名家、アシュトルフォ家のご令嬢で、魔術学院に在籍していた」

「ふーん」

「ふーんって、おまえ、魔術師なのに知らないのか? 魔術師でアシュトルフォといえば、そこそこには有名な家系だぞ」

「いや、だって魔術の名家とか家系に興味ないし」


 『聖戦』の時代。当時の戦争に参加し、様々な戦果を挙げた魔術師の家系の多くは、現代魔術社会で名家として扱われている。

 アシュトルフォもその一人なのだろうと、ルアードは勝手にそう推測した。


「……ん? まて、カインツ。今、魔術学院に在籍って言わなかったか?」

「そうだ」


 カインツが頷く。在籍していた。この言葉をそのまま受け取るのなら、写真に写っている少女は、現在学院に在籍していないということになる。だが、渡された写真は比較的新しい写真だ。


「彼女は五日前から消息を絶っている」

「は? 家出か?」

「わからん。何の連絡も、置き手紙の類いもなく、突然彼女は姿を消した」

「じゃあ、頼み事ってのは、俺にこの子を見つけろって話か?」

「いや」


 カインツが今度は首を横に降る。

 やたらとカインツの説明が回りくどい。

 そんな風に説明をしなければいけない理由があるのか。或いは、その事実を口にすることに抵抗があるのか。どちらにしても、あまり楽しい話ではないな、とルアードは思った。

 カインツは無言のままコートの内側を漁り、新たな写真を撮り出した。

 その写真を見て、ルアードは写真を見たことを直ぐに後悔した。

 写真には黒いナニカの塊が写っている。草木の中心に無造作に転がっている黒い塊。その塊がある付近の草木だけが焼け焦げていた。

 かろうじてルアードがわかったのは、塊の正体がナニカ大きなものを焼いた後だということ。

 そして、それをこのタイミングで見せた理由。

 大凡の見当がついたルアードの眉が不機嫌そうに内側に寄る。


「……これ、何を焼いた?」


 予感はしていた。それが勘違いで終わるなら、どれだけ良かったか。だが、カインツの口から出た答えは、ルアードの予想通りだった。


「――人だ。それも、生きたまま焼かれている」


 カインツは険しい表情を浮かべ、ルアードに視線を向けた。


「人って……マジかよ」


 生きたままということは、この焼死体の人物は別の第三者によって殺害された可能性が高いということだ。しかも、話の流れからしてこの焼死体の正体は、


「――ニーナ・アシュトルフォか」

「その可能性が高い」


 あっさりとカインツは肯定する。


「発見された場所は魔術学院に設置されている栽培場。現場からニーナ・アシュトルフォの学生証が見つかったことで事件が発覚し、二日前、自警団に学院から正式な調査依頼が来た」


 そうなると、ニーナ・アシュトルフォは失踪して三日後に亡くなったということだ。その間に彼女の身に何があったのかを自警団は調べているのだろうと、ルアードは予想する。


「…………ん?」


 ふと、何か妙な違和感にルアードは襲われた。

 王宮親衛隊の隊長を務めながら、自警団の団長を兼任しているカインツが、こうして事件の話をするのはわかる。

 だがしかし、今のカインツの出で立ちは親衛隊の制服姿だ。どうしてわざわざ親衛隊の隊長として出向いたのか。その真意がルアードには理解できなかった。


「――ルアード・アルバ。君の優秀な魔術師としての腕を見込んで頼みたい」


 ルアードの心の中を見透かしたようなタイミングで、カインツが宣言する。


「王宮親衛隊隊長として、正式に依頼する。明日から『エルギア』魔術学院に潜伏し、事件の調査及び解決をしてほしい」


 ルアードはただ絶句して、クソ真面目な表情のカインツを見返した。

 王宮親衛隊隊長からの正式な依頼。事件の調査。解決。


「………………は?」


 かろうじて口から出た言葉が、誰もいない酒場『ルシエ』の店内に反響した。

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