若き女店主
カナリア・ルシエは、酒場『ルシエ』の若き女店主だ。
年齢は二十五歳。ブラウンの髪と明るくサバサバとしたきっぷのいい性格が魅力的な女性で、誰が相手でも別け隔てなく接することができる懐の広さも持っている。とにかく逞しく、それでいて心地よい距離感を保ってくれる女性、というのが酒場『ルシエ』の常連客に共通した意見だ。強いて欠点を挙げるのならば、悲しいくらいに男運が恵まれていないことだろうか。
「あら、おかえりなさい」
開店前の『ルシエ』をわざわざ訪ねてくる客はいないらしい。カウンター奥でグラスを磨いていたカナリアがルアードに気づいて顔を上げた。
開店の準備中だったらしく、数本のボトルやグラスが彼女の近くに置いてある。おそらくはカウンター奥に設置してある棚に並べるのだろう。ルアードはカナリアが一通りの開店前準備が終わるのを待ってから、カウンター席に腰を落とした。
「頼まれてた猫は見つかったぞ。今、ウチのバカ弟子が飼い主のところに届けに行ってる」
「ありがとう。助かったわ」
言って、カナリアは水の入ったグラスをルアードに手渡した。気遣うような表情を浮かべ、
「今日は暑かったからね。水分はちゃんと取りなさいよ」
「俺は水よりも酒の方がいいんだが」
「お酒を飲むなら払うもの払ってからにしなさい」
そう言って、カナリアは右の手の平を広げた。彼女はそういうところがちゃんとしている。長年の常連客でも特別扱いはしてくれないらしい。
しかし悲しきかな、ルアードの懐事情は寒いのだ。財布係のステラが戻ってくるまでは、酒の一杯はおろか、つまみの一つを注文する金も無かったりする。早く戻って来い、とルアードが思っていると、
「そうだ、ルアード」
不意打ち気味にカナリアがルアードを呼んだ。
水を飲んでいた手を止めて、ルアードはなんだ、とカナリアを見る。
「あんたにお客さん。頼みたいことがあるみたいで、さっきからずっとあんたの帰りを待ってたのよ」
「……客? 俺にか?」
「なんか、すっごい大事な話みたい。奥の席に待たせてるから、早く行きなさい」
他人事のように言って、カナリアは室内の奥側を指差した。確かにそこには人影がある。しかも見慣れた赤毛の短髪。なんとなく、嫌な予感がした。
「帰っていいか?」
「駄目よ」
ばっさりと却下される。訊けば、カナリアも頼まれごとについて詳しくは知らないらしい。
ルアードは面倒くさそうに頭をかいた。
突然の来客。
誰にも知られたくない頼みごと。
真面目な表情で腕を組み、もっともらしい口調でルアードは呟く。
「絶対にろくな話じゃないだろ、それ」
結論から言うと、それは大正解だった。
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