賭け

 タチの悪い悪戯だと信じたくなるような演説を訊き、国王に呼び出されていたカインツは、王宮を飛び出して自警団詰所へと駆け込んだ。

 普段の彼からは想像できないくらいに、その表情には焦りの色が浮かんでいる。カインツはそのままの足で自警団の会議室に向かった。

 室内に入ると、既に何人かの団員が会議室で待機していて、入室したカインツへと視線を集中させる。

 その中には何故かステラもいた。呼んだ覚えはないが、おそらくはカインツの関係者と勘違いした他の団員が中に通したのだろう。


「状況は?」


 カインツの短い問いに、団員の一人が答えた。


「城下町は混乱し、怪我人も多数出ています」

「直ぐに団員を各所に配置、沈静に当たれ」

「了解しました。念の為、魔族の団員たちは別の場所で隔離させていますが……」

「あまり得策ではないが……仕方ないか」


 ここで自警団の団員とはいえ魔族が沈静に出向けば、更なる混乱が生まれる可能性もある。苦渋の策だが、魔族の団員たちには一箇所に待機してもらうしかない。

 別の団員がカインツに視線を向ける。


「国王様が要求を呑む可能性は?」

「おそらくはないだろうな。人間と魔族の共存を積極的に行っている『エルギア』が魔族の軍門に下ったとなれば、他の国でも似たような事件が起きてしまう」


 カインツが苦い表情で首を振る。その様子を見て、自分たちの立ち位置がかなり危険な状況であることを、この場に居た者たちは理解した。


「要求を呑まなければ、“明日の正午に百人の魔族が自爆”……絶対に止めなきゃ」

「その通りだ」


 皆の気持ちを代弁するように呟いたステラの言葉に、カインツは頷く。

 向こうの要求を呑む、または呑まずに百人が自爆すれば、それはカインツの十年間を全て否定する結末になってしまう。それだけはなんとしても阻止しないといけない。


「でもどうすれば……」


 ステラが弱々しい声色で言う。


「爆発そのものは魔術師の解呪か、俺が斬ればいいんだが、問題は誰が自爆するかわからないことだ」


 問題はそこだった。

 そもそも通常の自爆テロならば、爆薬を持っている人物を探すことができる。だが、今回の爆発物は魔族そのもの。更には時間によって爆発する時限式ではなく、手動による爆発なので迂闊には手が出せない。

 カインツは武器管理の代表を見る。


「全団員に魔術防護を施した武装を支給しろ。魔術師との二人一組ツーマンセルで各員対応に当たれ」

「直ぐに用意させます」

「各部隊を編成後、魔族の住民を一箇所に誘導するように動け。緊急事態だが、住民たちを絶対に刺激させるな。万が一自爆するような素振りを見せたら、コンビの魔術師は解呪を最優先」


 カインツは振り向き、室内にいる者たちを見渡す。皆、一斉に首を縦に振る。だが、その表情はやや青ざめていた。無理もない。失敗すれば死に直結する危険な任務だ。


「できますかね?」


 団員の弱気が漏れる。その問いに、会議室に集まっている全ての人がカインツを見た。

 ふと、カインツは思う。

 こんな時、『勇者』ならば何と言って皆を鼓舞するのだろう。

 どちらかといえばカインツは指揮官という立場は苦手だ。前線に出て、剣を振る方が百倍楽だと思う性分である。むしろ、こういう場に適切なのは――

 そこまで思って、カインツは弱気を隠す為に息を小さく吐き出した。

 自分たちに、この最大の危機を乗り越えることができるのか? そう考えること自体がありえない。


「できなければ『エルギア』が終わる。この十年で俺たちが築き上げてきたもの全部が、まとめてなくなるんだ」


 胸の中の不安と周りからの視線を振り払うように、言い切った。皆が息を呑む。改めて、自分たちのやるべきことを自覚する。死と隣り合わせにあるという状況に、逃げるという選択肢は使えない。

 今逃げてしまえば、『聖戦』を終わらせる為に払った犠牲が全て無意味になってしまうのだから。


「絶対に俺たちは負けるわけにはいかない。この地に住む人々の未来、そして、自分自身の未来の為にも。その事実を胸に刻み込んで行動しろ」


 カインツの迫力のある雰囲気に、その場にいる全員が頷いた。

 失敗は許されない。そう決意して、各々が会議室を退出しようとして――


「ちーす。カインツ、ウチのバカ弟子来てない?」


 やたらと場違いな言葉が、会議室の入り口から聞こえてきた。

 室内にいた者の背中が跳ねるように震え、意識が入り口にいた一人の人間へと向けられる。いつのまにか姿を現したその男は、カインツの友人にして、ステラの師匠、ルアード・アルバだった。


「ああ、いたいた。探したぞ」

「師匠? どうしてここに?」


 ステラは驚き、ルアードを見た。ルアードはバツの悪そうな表情で頭をかき、


「いや、ちょっとな。あー……実はおまえに一言、言いたいとことがあってな」

「言いたいこと……ですか?」


 ステラは反射的に身構えた。

 弟子の身でありながら、師匠のルアードに偉そうなことを言ってしまった自覚はある。だから、最悪破門にされても文句が言えないのはステラもわかっていた。だが、それでも、彼女にも譲れない一線はある。自分は人々を助ける正義の魔術師になるのだ。見過ごし、逃げ出す真似だけはしたくない。


「……すまなかった」

「え?」


 予想だにしていなかった言葉に、ステラは硬直した。


「俺はおまえの師匠なのに、弟子の前で情けない姿を晒しちまった。師匠失格だな」


 自虐的な笑みを浮かべて、ルアードは謝罪の言葉を呟き、ほんの僅かな角度だけ頭を下げる。

 自己中の化身たるルアードが他人に、しかも年下の女の子に頭を下げるという行為は、長年の友人であるカインツですら見たことがない光景だった。


「師匠……」


 その真意を測りねて言葉に詰まるステラの前で、ルアードは踵を返し、カインツの方へと振り返る。

 そもそも、ルアードは何しにここにやってきたのだろうか。自分の弟子を探していたと言うのなら、わざわざ会議室まで来る必要はない。誰かを使って、ステラを呼び出せば済む話だ。

 それは会議室にいた者たちも同様で、突然現れたルアードに困惑するような表情で視線を向けている。だが、当のルアードはそんな視線など初めからないかのような態度で、きょろきょろと辺りを見渡していた。


「あれ? そういやあ、モーリスの姿がないけどいいのか。あいつ、魔術師として優秀なんだろ?」

「……モーリスを含む、魔族の自警団員は全員別の場所に隔離している。城下町の沈静には、人間の俺たちだけで当たるつもりだ」

「ふーん。人手が足りない状況で随分と余裕だな」


 小馬鹿にしたようなルアードの一言に、向けられていた視線が敵意へと変わる。誰も彼も、命がけで任務に当たる覚悟だった。故に、この男の飄々とした態度が逆鱗に触れたのだ。


「なあ、カインツ。一つ、賭けをしないか?」

「賭けだと?」


 場違いな発言に眉間に皺を寄せたカインツに、ルアードは言葉を続ける。


「今回の茶番劇をステラこいつが解決したら、おまえは王様から金一封を貰ってこい」

「……へ?」


 近くにいたステラを引っ張り、ルアードは自身に満ち溢れた顔で言う。


「正気か? こんな状況でふざけてるのなら、いくらおまえでも――」


 有り得ない場所での、有り得ない発言と提案の意図が理解できず、カインツはルアードを睨む。

 事件の解決方法は一つだけだ。首謀者を捕まえて、魔族が誰も自爆しないこと。そうでなければ、『エルギア』が無事だとしても魔族との深い溝が生まれてしまう。

 それをルアードは目の前の見習い魔術師が一人でやると言っている。


「乗らないのか?」


 挑発的な態度のルアードに言われて、カインツはほんの少しだけ昂りを見せていた自分の思考が元に戻ってきたのを感じた。


「いや、乗ってやる。金一封でもなんでも、無事に解決するなら安い代償だ。それで、おまえが負けた場合はどうする」

「そんときゃ、俺が自警団に就職してやるよ。つっても、『エルギア』が残ってればの話だけどな」

「勝算があるのか?」


 至極当たり前の質問だった。明らかに分の悪い賭け。それを提案するということは、相応の勝算があるということだ。

 正直な話で、カインツは賭けに負けてもいいと思っている。『エルギア』が助かるのなら、国王から金一封を貰ってくるなんて安いものだ。そして、ルアードならそれを可能にできるという信頼もある。


「さあな。そこはウチのバカ弟子次第ってところだ」


 ポン、とステラの頭を叩き、ルアードは言った。


「おまえには、ある物を探して欲しい」

「ある物、ですか?」

「『賢者』の杖。聖樹から作った霊験あらたかなシロモノでな。そいつがあれば、この茶番劇を終わらせることができる」

「なんか……師匠が言うと、途端に詐欺くさいシロモノに聞こえますね」


 ルアードは無言でステラの頭上に拳を落とす。

 悶絶するステラを無視して、ルアードは窓を見る。


「問題は、その杖がどこにあるのかわからないって点だ。『エルギア』のどっかにあるのは間違いないんだが……」


 この膨大な国土の中から、一本の杖を見つけることが、どれだけ無茶なことか。それを理解しているからこそ、ルアードは賭けだと言ったのだ。

 そして、そうまでして『賢者』の杖を欲する理由はたただ一つだけ、


「……いいのか?」

「何が?」


 何かを察したようなカインツの問いに、ルアードは何でもないように言った。その様子を見て、カインツは諦めたように小さなため息を吐く。全て覚悟の上でルアードはこの場所に現れたのだと、カインツは理解する。

 ルアードは再度ステラを見つめた。


「できるか? 杖探し」

「できます」

「やけにあっさり言ったな」

「当然です。弟子が師匠の言うことを信じないで、何を信じればいいんですか」


 ステラの返事に、今度はルアードが目を丸くする。迷いのないステラの瞳と言葉に、ルアードは賭けの勝利を確信した。


「それじゃあ、行ってきます」

「おう、行ってこい。……リーズが美味い飯を用意してるから、早く終わらせて帰ってこいよ」


 迷いなく、黒衣の見習い魔術師が会議室を飛び出していく。その後ろ姿を見送って、ルアードは窓から空を見上げた。

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