ルアードの狙い

「何を考えてる」


 ステラが飛び出し、他の自警団員たちも各々の持ち場に向かい、ルアードとカインツ以外には誰も居なくなった会議室。

 カインツはルアードに睨みつけるような視線を向けた。


「賭けの相手にわざわざ手の内を晒す馬鹿がいると思うか?」

「……白々しい嘘はやめろ。賭けの話も、国王に用意させる金一封とやらも、全部おまえが動く為の建前だろうが」

「バレてたか」


 戯けるような仕草で、ルアードは小さく肩をすくめて肯定する。

 自分が動く理由が何か一つでもないと、ヤル気が起きない。ルアード・アルバという男は、そういう男だ。だからこそ、ルアードはカインツに賭けを提案した。


「でも、賭けになるのは本当の話だぜ。ステラのやつが俺の杖を見つけられるか、のな」

「見つかると思うか? アレは絶対に見つからないようになっているんだろ?」

「まあ、そこは俺の弟子の運次第ってことで」


 なんとも頼りなく、無茶苦茶な話だ。そんな不確定要素に、先進国『エルギア』の未来がかかっているという現実に、カインツは頭を抱えたくなった。


「……一ついいか?」


 不安を誤魔化すように、カインツは口を開く。


「なんだよ」

「百人の魔族をどうやって捕まえるつもりだ?」

「は? 捕まえないぞ。ってか、百人の魔族なんて捕まえられないだろ。常識的に考えて」

「……え?」


 カインツは自分の耳を疑った。今、この男は何と言った? 捕まえない? ならばどうやって?

 困惑するカインツの思考を見透かしたのか、ルアードは小さく笑みをこぼし、


「そもそも、連中はどうして自爆するんだと思う?」

「おい、悪いが難しい話なら俺に聞かれても答えられないぞ」

「まあ、黙って聞け。俺も最初は騙されたよ。だから見落としてた。俺たちが考えるべきは、どうやって自爆してるかでも、どうやって捕まえるかでもない。……どうして自爆するか、だ」

「どうして自爆するか……か」


 着眼点を変えろ、と言うことなのだろう。カインツは顎に手を添えて、考えてみる。


「自爆テロは本来ならかなり難しいことだってのは、おまえも知ってるだろ?」

「ああ。催眠術でも自爆だけはできない。それこそ、強烈な信仰や復讐心でもあれば話は別だが、それでも自分の命を投げ捨てるには相応の覚悟がいる」


 実際、『聖戦』の時代にも自爆テロ紛いの行為は存在した。だが、その多くは敵地に単独で乗り込んだ特攻兵や、善悪の区別すらつかないほど幼い子供を洗脳や調教させた場合がほとんどだ。


「その価値観がある前提でもう一度聞くが、どうして自爆すると思う? それも一人や二人じゃなくて、百人以上も」

「……確かにそうだ。よく考えなくても、百人以上が全員何のためらいもなしに自爆できることがそもそもおかしい」

「そゆこと。一番現実的なのは、魔術による自己暗示か、精神操作。たぶん、そいつが元々持っている心の闇を上手いこと突いたんだろうさ」

「……そんなことが可能なのか」

「おいおい、魔術は人の深層心理に干渉し、現実世界を改変させる力だぜ? むしろそっちのジャンルの方が専門分野だよ」


 さも当たり前かのように言われて、カインツは内心で恐怖した。それは、魔術師は人を操ることすら簡単にできてしまうことを意味していたのだから。

 しかし、疑問がまだ一つ残っている。


「なら、自爆する方法についてはなんだ? お前やモーリスが言った通りなら、自爆するには相応の技術が必要なんだろ」

「普通ならな。だが、連中がもしも?」

「待て、それはどういうことだ?」


 最早本日何度目の問いだろうか。カインツは自分の無能さを恥じる。やはり、こうした知恵比べはルアードの独壇場だと改めて痛感した。


「ちなみに、カインツは魔術を使えるか?」

「俺は魔術師じゃないから無理だ」

「違うって、俺は魔術師になれなんて言ってない。、厳密にはを使えるか、って聞いてるの。もっと言うなら、汎用魔術を発動できるかって話」

「……成功するかはわからないが、魔力を使うくらいなら。しかし、それと何の関係が?」


 そもそも魔術とは、魔力を使った現象全てを意味する。

 そして、この世界には『マナ』と呼ばれる自然物から生まれる魔力が大気中に満ち溢れているのだ。修練を積んだ魔術師でなくとも、多少のセンスがあれば簡単な汎用魔術の一つくらいは発動できる。これが所謂、魔術使いと言われる半端者の称号だ。


「要するに、筋肉馬鹿なカインツでも使える程度には、魔術にも分法や公式みたいなのがあるんだよ。それを突き詰めて、多少のセンス一つで発動だけはできるのが、汎用的な魔術ってわけだ」

「それはわかるが、今回のは汎用的な魔術では――」

「つまりさ、仮に自爆する魔術を汎用の域まで研鑽し、改良を重ね、洗練させているとしたら、どうなると思うよ……誰でも、それこそ女子供問わずに、お手軽に爆弾になれるぜ」

「そんな馬鹿な話があるか!?」


 カインツは反射的に怒鳴った。ビリビリと窓ガラスが震える。

 自爆するだけの魔術を汎用の域に到達させる。それはつまり、


「有り得ない話なのはわかる。なにせ、その方法で百人の爆弾を作るなら、術式の完成には軽く見積っても三倍以上の犠牲者がいるってわけだからな。普通の魔術と違って、使ったら人生終わりの魔術を研鑽していく意味なんて皆無だし」


 しかし、それならば百人の魔族が自爆できる理由に納得がいくのも事実。元々魔族は『ヘカ』という魔力を生成する器官を持つ性質上、人間よりも遥かに魔力の扱いに長けた種族だ。人間ですら汎用魔術を使うだけなら女子供でも不可能ではないのなら、魔族の場合はもっと楽なのだろう。


「はっきり言って、今回の事件の仕掛け人は魔術師としての才能は間違いなく天才の部類だ。オリジナルの固有魔術を誰でも使える汎用魔術の域まで昇華させるなんて芸当、俺にだって無理だっての」

「おまえがそこまで言うほどなのか……」

「ま、実力は俺の方が数倍上だけどな。百人だろうが、千人だろうが、魔術師を相手にするだけなら俺も問題ないんだが、どうもこういった技術面はどうにも」


 ルアードの推理を聞いたカインツは苦悩の表情を浮かべた。そうなると、爆弾候補は魔術師の魔族から、全ての魔族に跳ね上がる。流石に間に合う気がしない。最悪の結末がカインツの頭をよぎる。

 だが、悲観するばかりではない。ルアードの推理通りなら、真に捕まえるべきは精神操作を行っている魔族だけでいいはずだ。

 僅かに見えた希望に、カインツは気を取り直してルアードは質問を続ける。


「ところで、どうしておまえの杖が必要なんだ?」

「茶番劇を終わらせる舞台装置だからだよ」

「再び『賢者』になるつもりか……?」

「まあな。一夜限りの限定復活ってやつ。それもこれも、ウチのバカ弟子の頑張り次第だけど」

「いずれにせよ、危機的状況に変わりないということか」


 頭が痛くなってくる。いまだ姿が見えない敵。迫るタイムリミット。しらみつぶしに探すにも、時間と人手が足りない。

 ギリッ、とカインツは悔しそうに歯ぎしりを鳴らす。


「くそ……『剣聖』などと呼ばれていても、こんな時は無能だな、俺は」

「やーい、やーい。ヒモにも負ける無能剣士ー」

「よし、そこを動くなよ。テロ首謀者の前に、おまえから叩き斬ってやる」

「おっと、暴力はいけません」

「ならそのわざとらしい演技口調をやめろ」


 カインツは頬をヒクつかせて腰元の剣に触れた。


「いやぁ、知恵比べで俺に勝てるとか思ってる勘違い野郎に勝つのは気持ちくて、ついな!」


 それを尻目にルアードは勝ち誇ったように高笑いを繰り返す。

 とりあえず、賭けの結果なんて抜きにして、このヒモを自分の自警団に就職させるのだけはやめよう。カインツは人知れずに誓う。絶対に自分の精神が持たない。十年前ですら酷かった煽りっぷりと、クズっぷりに磨きがかかっている。

 先ほどとは別の意味で歯ぎしりを鳴らすカインツを横目に、ルアードは時計を見て一言。


「あ……そういや、カレーは一晩寝かせないと駄目だったじゃん」


 カレーが今日ではなく、明日の夕飯になった瞬間だった。


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