検証
数分後。学院に備え付けられている喫茶店で、ルアードとステラはシャーロットの到着を待っていた。
『エルギア』魔術学院内には食堂の他に喫茶店がいくつか存在する。空調のきいた室内、バイキング形式のケーキと多種多様な茶葉で淹れた紅茶の香りが漂う店内。
そんな喫茶店の片隅に位置する席にルアードとステラは居た。合流場所を指定してきたのはシャーロットの方だが、未だに待ち人の姿は現れない。
「むー……」
「不満そうだな」
ベルベットからの話を聞き終えてからずっと、ステラは実に表現しづらい声で呻いていた。ステラは注文したアイスティーを勢いよく飲み干してから、
「師匠はあれでいいんですか? あんな、半分くらいは消去法で決めつけられた推理で?」
どうやらベルベットがシャーロットを犯人だと断定していた理由に納得がいっていないらしい。あの推理と言っていいのか怪しい理論を認めたくはないが、さりとて頭から否定するには材料が足りないというところだろう。シャーロットの無実を証明すると張り切っていたステラとしては、モヤモヤする結果になったようだ。
「とは言え、一応だが筋は通ってはいる」
「それは、そうですけど……」
アイスティーにミルクを混ぜながら、ルアードはベルベットの推理を肯定するような発言をする。その態度に、ステラは少し不機嫌そうに、むふー、と鼻を鳴らした。
「なんだ、何か言いたいことがあるなら言えよ」
「あ、いや……」
暫し迷ったように考えてから、ステラは口を開く。
「師匠はどう思います。シャーロットさんが……その……」
「本当に自分が第三階級になりたい為に人殺しをしたのかってことか?」
こくんと頷いた後、ステラは実に言いにくそうに口ごもる。そんなステラにルアードは言ってやった。
「俺の前に、おまえはどう思う」
「……私は、信じたくないです」
「へぇ……」
「シャーロットさんとは知り合って間もないですけど、私はシャーロットさんがそんな理由で人を殺める人じゃないって信じてます」
「だから、シャロは犯人じゃないと?」
それはまた、なんともお人好しな理由だ。
しかし、口ではそういいながらもステラ本人もベルベットの推理を完全に否定できていない。その理由はベルベットの態度にある。
ベルベット・レィンティアの態度はある種、立派だったのだ。自分がこうだと思う意見を堂々と主張して譲らず、こちらの反論を潰す材料も十分にあった。極め付けは、シャーロット・フォーサイスの悪評。これが決め手だろう。『愚者』のフォーサイスの一人娘ならやりかねないという認識が、ベルベットの主張を後押ししていた。
だが、それらの要因も悪評を知らない者が見るだけで評価はガラリと変わる。ステラがイマイチ納得していない理由もそこだ。
ルアードは、氷とミルクで薄まったアイスティーをすすりながら、
「まあ、納得はできないだろうな。そもそも、彼女の推理には致命的な矛盾があるし。その辺がおまえの中で違和感になってるんだろ」
「矛盾がある? それって、どういう意味ですか!」
テーブルから身を乗り出して詰め寄ってくるステラをルアードは鬱陶しそうに手で押し戻す。ぐぇ、とカエルが潰れるような声を発して、ステラは椅子に座り直す。
「レィンティアの推理は動機や理由付けとしては完璧だ。消去法でシャロくらいしかいないっていう意見も参考にはなる。だけど、それだけに推理そのものは呆れるくらいに単純だ。ステラ、おまえ、あれを否定するには何が必要だと思う?」
ステラは眉間に皺を刻んで考えてみる。しかし、どれだけ考えてみても完璧な否定材料が思い浮かばず、困ったように首を傾げた。ルアードは自分の椅子を後ろに傾ける。
「あの時、レィンティアが言っていたろ。ニーナ・アシュトルフォとシャーロット・フォーサイスは同じ日に第三階級の試験を受けるはずだったって」
はっきりとステラは頷く。
「覚えてます。実際は試験当日にニーナさんは現れなくて、シャーロットさんだけが試験を受けた。その結果、シャーロットさんだけが第三階級になれた、と」
「それだ。レィンティアはシャロが第三階級になる為にアシュトルフォを殺害したと言ってたが、実は第三階級になれる数に上限はないんだよ」
そう言うと、ステラは目を丸くした。
「じゃあ、ベルベットさんはその事を知らないからシャーロットさんを犯人だと決めつけてるってことですか」
「いや、たぶんだが知ってはいるんだろ。矛盾する部分を意図的に無視してるだけで」
「え、え? いや? えー?」
思考がぐるぐるし出しているステラの姿に、少々回りくどい言い方をしたと反省する。ルアードは即座に言い直した。
「つまりだな。犯人の視点と気持ちで考えてみれば、第三階級になる為に殺人をするメリットが皆無だってことさ」
空になったグラスをテーブルに置いて、人差し指を立てる。
「試験を受けるのが二人でその内一人しか合格できないって話なら、レィンティアの推理は正しい。だけど、実際の第三階級試験は合格水準に達してさえいれば、何人でも合格できる。逆に言うなら、二人が試験を受けて、二人とも不合格って可能性だってあった」
「むむ」
取り出した手帳に記載しながら、ステラは顎に指を添えた。
「なるほど。確かに上限が無くて、何人でも合格できるのなら、わざわざ殺人をする理由がないですよね。仮にシャーロットさんが個人的にニーナさんを殺害したい理由があるならともかく、少なくともベルベットさんが言う殺害理由は成立しない」
「まあ、そういうことだ」
それでも、魔術師としての実力という面は否定できないが、はたして殺人をした後に学院最難関の第三階級昇格試験を受けることができるだろうか。平常心を乱す要因になりかねないし、合格できる実力があるのなら、わざわざ罪を犯す必要もない。
「まあ、ニーナ・アシュトルフォの人柄は知れたし、戦果としては十分だろ」
そこまで言ったところで、ようやく待ち人が姿を見せた。件の人物、シャーロット・フォーサイスだ。シャーロットの後ろには、見慣れない男子生徒がいた。
「お待たせしましたわ。それでどうでしたの、成果の方は」
皮肉に笑って、ルアードが答える。
「シャロと違って、ニーナ・アシュトルフォは外面が良かったってことがわかったよ」
「あら? 外面の良さなら貴方も負けてないでしょうに」
「外面が良くないと生きてけない世の中だからな。伊達に長いこと女のヒモをやってないさ」
「年端もいかない幼女に養ってもらってましたしね」
皮肉の応酬にステラが冷や汗を流す。表面上では笑っているだけに、シャーロットの背中から溢れ出る重圧感が半端ない。おそらくはルアードはそれをわかっていながら、彼女を煽っている。
ステラはわざと大きな声でシャーロットの後ろを指差し、
「ところで、そちらの方は?」
今の今まで会話に加わらなかった男子生徒に三人の視線が一斉に集まる。
短く切り揃えられた茶色の髪の男子生徒は、やや緊張気味に頭を下げた。挨拶のつもりらしい。別れる直前の会話から、シャーロットが連れて来た事件調査の協力者だろう、とルアードは当たりをつけた。
シャーロットがそんな男子生徒を二人に紹介する。
「紹介しますわ。彼はクルツ・マーベルストン。一学年の生徒ですわ」
「クルツ・マーベルストンです。ニーナさんの事件を調査してると聞いて、何か協力できたらと」
クルツと名乗った少年にルアードが抱いた第一印象は、非常におとなしそうな人物だった。先ほどまで話を聞いていたベルベットとは真逆に、自分の意見や主張を力ずくで潰されてしまいそうなひ弱さを感じてしまう。
「ルアード・アルバだ。事件調査の協力なら、こちらからお願いしたいくらいだよ。忙しい中、ありがとう」
とりあえずこの手のタイプは怖がらせたらダメだと知っているだけに、ルアードはできるだけ友好的な態度を示す。
「それで、君はニーナ・アシュトルフォとはどういった関係だったんだ?」
「あっ……その、それは……」
途端、クルツが言い淀む。何かを隠しているような態度に、ルアードとステラが訝しむ。
「ここまで来たのですから、今更隠す必要もないでしょうに」
「うぅ……」
シャーロットだけはやれやれとため息を吐いていた。そのあまりにも無理矢理な言い方に、流石のルアードも一言申そうとした時だ。
「彼、クルツ・マーベルストンはニーナ・アシュトルフォのストーカーだった生徒ですわ」
「………………は? ストーカー?」
予想外の展開に、ルアードとステラの思考は固まった。
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