愚者の反逆

 朝食を食べ終わってからすぐ、ルアードとステラは自警団詰所へと足を向けた。

 案の定詰所前には住民たちが殺到していて、自警団員がその対応に悪戦苦闘している。中には対応が追いつかない所為で半泣きになっている団員もいた。少し意外だったのは、殺到する住民の殆どが人間ではなく魔族だったことだ。魔族の住民からすれば、同族がいきなり自爆したというのが信じられないのだろう。人間の仕業では、と意見を述べる魔族の姿も見えた。


「お待ちしてました。此方へ」

「あんたは?」

「失礼しました。自警団専属魔術師、モーリス・フェイカーと言います。お二人の案内をカインツ様団長から任されまして」

「ふーん……」


 詰所に着くと、ルアードとステラはカインツの側近と名乗るモーリスという魔族に裏道から中に通された。

 モーリスは魔族の魔術師らしく、今回の件を非常に重い案件だと考えているらしい。魔族の魔術師として、『ヘカ』の意図的な暴発による自爆は許せないとモーリスは熱弁した。話の流れ的に、彼も調査に参加しているのだろうとルアードは思った。

 ともあれルアードたちは、モーリスの案内でカインツがいる部屋に到着する。

 モーリスが数回ノックしてからドアを開けると、既にカインツはソファに座ってルアードたちを待っていた。


「わざわざ来てもらってすまない。適当に座ってくれ」


 昨夜命を狙われたというのに、きっちりと身なりを整えたカインツの姿からは、張り詰めたような雰囲気は感じられない。普段と変わらないカインツがそこにはいた。代わりに、右腕に巻かれた包帯が非常に痛々しく見える。

 カインツはルアードの背後にいるステラに気づいて、唇の端を吊り上げ、


「昨晩は挨拶が遅れたな。カインツ・アルマークだ。一応、自警団ここの代表ということになっている」

「ひゃ、ひゃい! ステラ・カルアナと申す者です!」

「……ルアード、彼女はこれが素なのか?」

「俺にこいつのことを訊くな」


 歴戦の剣士特有の空気に当てられたステラは、随分と奇妙な言動で答えた。カインツはそんなステラに苦笑し、


「ようこそ、『エルギア』へ。この街を守る自警団団長として、君のことを歓迎しよう。余計なトラブルを起こさないでくれるなら、特にな」

「は、はい。ありがとうございます」


 ステラの返事がぎこちないのは、『エルギア』に来て早々に自分が自警団のお世話になっているせいだろう。魔族とのトラブルで一晩牢屋にぶち込まれ、働いていた職場で魔族の自爆事件と、ステラは立て続けに自警団の頭を悩ましている。


「さて、今日呼び出した理由は他でもない。昨日、酒場『ルシエ』で起きた魔族の自爆事件についてだ」


 回りくどい言い回しはせずに、いきなり本題に入るカインツに、ルアードは面倒そうにしながらも頷いた。ステラもコクコクと首を何度も動かしている。


「自爆したのは『エルギア』在住の魔族で、名前はタヴィア・メンデス。年齢は三十一歳。調査の結果、彼女の兄と父親は『聖戦』の時代に魔王軍兵士として参戦し、殉職している」

「なら、やっぱり仇討ちが目的か?」


 ルアードの質問に、カインツは首を横に振った。


「いや……二人が殉職したのは、俺が『聖戦』に参戦するよりもずっと前だ。念のため当時のことを調べてみたが、俺と殉職した二人には直接の繋がりはない」

「それって……」


 ステラが信じられないものを見る目で硬直していた。復讐や仇討ちですらない。敢えて言うのなら、逆恨みが一番近いだろうか。どちらにしろ、マトモな理由ではない。

 と、そこに今まで沈黙を守っていたモーリスが口を開く。


「……『聖戦』の終結から十年が経っても、未だ団長たち『五人の英雄』を恨む魔族は沢山います。人間との共存を認めない魔族も」


 そこでモーリスは一度言葉を止めて、強く唇を噛んだ。同じ魔族として、思うことがあるのだろう。


「でもっ……だからってこんなこと……!」

「……」


 沈痛なモーリスの声が室内に木霊した。


「ルアード、モーリス。俺の知り合いで信用できる人間と魔族の魔術師はおまえたちだけだ。そこで、改めて二人に聞きたい。これは自爆か? それとも別の第三者による犯行か?」


 ルアードとモーリスは、お互いに顔を見合わせた。魔術師的視点をカインツは求めている。その為に自分たちは呼び出されたのだ。

 ルアードは浅く息を吐き出してから、


「自爆だろ」

「……その根拠は?」

「『ヘカ』の器官を魔術で意図的に暴発させるのは相当な技術が要求される。ましてや他人の器官を暴発させるなんて芸当は、一流の魔術師でも難しい」

「だから、自爆と……モーリス、おまえは?」


 ルアードの推測を訊いたカインツは、今度はモーリスへと意見を求める。魔族の魔術師という意味では、モーリスの方がこの場の検証は適任だ。

 そんなカインツの意図を読み取ったのか、モーリスは眉間に深い皺を刻む。


「自分もルアードさんと同じ意見ですね。ただ、仮に自爆だとしても、それをするには相応の技術が要求されます。それだけの修練を重ねて、わざわざ自爆する理由が……」


 問題はそこだった。

 確かに魔術は剣や銃といった目に見える凶器を持たない都合、他者に警戒心を抱かれにくい。魔術師の中には呪詛や暗殺を専門にする者も存在はする。

 だが、そういった魔術師になる為には過酷な修行が必要だ。その道の専門家であるルアードやモーリス、見習いで修行中のステラは、それが他の素人よりもよくわかる。

 だからこそ納得ができない。それだけの技術を極める理由が、わざわざ自分の命を投げ捨てての自爆。そんなことがあり得るのだろうか。


「理由ならあんだろ」


 不意にルアードが呟いた言葉に、室内にいた者の視線が集まる。その視線を受けた当人は、何食わぬ顔でカインツを指差した。


「カインツ・アルマークの抹殺。厳密には、『剣聖』の抹殺が目的だ」

「……やはり、そういう話になるか」


 予想はしていたのか、カインツは険しい表情になる。ルアードは鼻を鳴らして、


「それゃそうだろ。あの女が自爆する直前の台詞、聞いてなかったのか?」


 ――立てよ、魔族!


 あの言葉が意味するのは、魔族の反乱。その為の危険要素の排除。そう考えれば、びっくりするくらいに辻褄が合う。

 そしてそれは、この自爆事件が単発的なものではなく、組織的な動きによるものだということだった。


「何処の馬鹿野郎かは知らないが、今の世の中をひっくり返そうとしてる奴がいるんだろ。それも、最低最悪な、糞以下の下衆な方法でな」

「となると……狙いは『五人の英雄』で間違いないか。俺たちが魔族の手で殺されたとなれば、魔族と人間の両方に亀裂が入る。目的はそこだろう」


 現状、『五人の英雄』の中で名前と顔が表舞台に出回っているのは、『剣聖』ことカインツ・アルマークと『聖女』ことリーズ・テンドリックの二名。仮にこの事件がこれからも続くとするのなら、今後二人が狙われる可能性は極めて高い。

 ルアードは苦々しく唇を歪めて、隣にいるステラの横顔を盗み見た。ステラは拳を強く握りしめて、歯を強く噛んでいる。

 許せないのだろう。

 リーズはステラのことをとても可愛がっていた。だからこそ、そんなリーズにステラも懐いている。

 そんなリーズが、目に見えない悪意と殺意に晒されているという現状が、ステラには許せないのだ。

 どうしたものか、とルアードが頭を悩ましていると、カインツが大きく息を吐き出した。


「……おまえたちを呼んで正解だったな」

「え?」

「目的が『五人の英雄』の抹殺である以上、その関係者も巻き込まれる可能性がある。つまり、ルアードとステラ、おまえたちが狙われる可能性があるということだ」

「ああ……確かに。俺らリーズのヒモだもんな」


 隣から、ヒモは師匠だけです、と抗議の声が聞こえてくるが、今は無視しておく。

 連中の目的を考えれば、リーズの家が真っ先に狙われるだろう。事実、カインツがよく行く酒場を事前に知っていて、そこを爆発の場所に選んいる。連中の目的が『五人の英雄』の抹殺ならば、次のターゲットはリーズの方かもしれない。


「今日中に自警団の方で仮住まいを用意する。ルアード、悪いが事件が解決するまでは、リーズから離れてくれ」

「飯の用意もしてくれよ。俺は料理をしたくない」

「わかった。なら、朝と夜に宅配を――」

「――待ってください!」


 ルアードとカインツの会話に割り込むように、ステラが叫んだ。


「どうした? あ、飯の量か?」

「そうじゃなくて!」


 ソファから立ち上がって、ステラはカインツへ詰め寄る。その表情は、言外に納得できないと言っていた。


「カインツ様。今の会話から察するに、師匠はこの件に関わるなとおっしゃっているように聞こえましたが」

「そうだ」

「何故ですか! 師匠も私も今回の一件には深く関わっています!」

「だからこそだ。余計な介入で調査の邪魔をされては、こちらも困る」

「余計なって――!」


 熱くなるステラと対象的に、カインツは普段と変わらない表情で言った。


「俺たち自警団の仕事は、市民を守ることだ。おまえたちは自警団の団員でも、ましてや王宮所属でもない。を危険から遠ざけるのは、当然のことだろう」

「それはっ……でも!」

「話は終わりだ。モーリス、二人を送ってやれ」


 反論しようとするステラをカインツは無視して、退出を促した。

 ルアードは駄々をこねるステラの首根っこを引っ張って、言われたとおりに立ち去ろうとする。


「――悪いな、カインツ。手間を掛ける」


 ドアノブに手を掛けて、ルアードはカインツの方へ振り返った。


「構わないさ。おまえは俺たちが守るべき市民だからな」

「ひゅー、かっこいいね。惚れちゃいそうだ」

「男に惚れられてもまったく嬉しくないぞ」

「奇遇だな。俺もさ」


 変わらず軽口を叩き合い、ルアードはステラを引きずりながら、今度こそ部屋を出て行った。

 カインツはそんなルアードたちの後ろ姿を、どこか申し訳なさそうな表情で眺めていた。

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