『賢者』の塔
――やらかした。
根元からポッキリとへし折れた杖を手に、ステラの心はその一言で埋め尽くされていた。
事件解決に必要不可欠な『賢者』の杖を見つけ出し、それを師であるルアードに届ける。それが彼女に与えられた役割だった。
しかし、その件の杖は根元から綺麗に折れてしまっている。他でもない、ステラ自身がへし折ったのだ。
――ど、どうしよう……。
ノリとかでくっ付けたら直らないだろうか?
一瞬だけそんなアホな事を考えてしまうくらいには、ステラは本気で焦った。
タイムリミットは後数分。それまでになんとかしてこの杖を直せないかと考えてみるが、真っ二つに折れたコレをどうやって直せばいいのかが思いつかない。
自分のやらかしで、何人、何百人の犠牲が生まれてしまうのか。
最悪を想像して、ステラの表情は真っ青に染まる。
とにかくこの杖を届けよう。真っ二つになったとはいえ、杖は杖だ。きっとルアードならなんとかしてくれる……はず。
そう決めたステラは折れた片割れの杖を地面から引き抜こうとした。
「うぇっ!? えっ? なにこれ!? どうなってるの!」
地面から光が漏れ出したのは、そのときだ。へし折れた杖から光が灯り、その光が徐々に広がっていく。
ステラは驚き、その光を目で追いかけた。
光が伸びる。勢いよく、地面をなぞるように描いていく光の奔流。ステラはそれを知識としてだが、知っている。
魔術だ。
組み込まれた術式を読み込み、空気中の『マナ』を媒介にして起動する魔術式。主に結界魔術などに使われる方法だ。
そして、こんなタイミングで起動する魔術を仕込める魔術師は一人しかいない。
「もしかして……師匠……?」
光が巨大な魔法陣を描いていく様子を目にして、ステラはただ呆然と呟いた。
「なんだ、何が起きている?」
爆破予告まで残り十分を切り、いよいよ余裕がなくなってきたと思えば……何の冗談か、爆破予告の時間ジャストに『エルギア』全域が激しい揺れを引き起こしていた。
魔族の自爆テロが始まったのかと最悪の結末を想像し、それにしては街が静かなことに気づく。
直後、カインツは鈍い頭痛に襲われた。
「……ぐっ、なんだ……これ……」
霞がかかったような途切れ途切れの映像が脳裏に浮かぶ。忘れていた、或いは忘れさせられていた記憶が無理矢理に思い出されていく感覚に、カインツは酷い不快感を抱きながらある出来事を思い出していく。
十年前。『聖戦』の終結直後の記憶だ。
とある魔術を封印すると、誰かが言った。
理由はわからないが、必要なことらしい。それを自分は反対していた。
どうして反対しているのかはわからない。ただ、そうしないといけない気がしたのだ。
彼の功績も、武勲も、それに伴う痛みと悲しみも、全て無かったことになる気がした。それをカインツは許すことができない。だが、カインツの願いは届くことは無かった。
場面が切り替わる。
大衆が喜びから喝采を上げていた。その喝采を浴びているのは、四人の若い戦士たちだ。
『勇者』、『姫君』、
足りない。
後一人、この喝采と名誉を受けなければならない人物がいるはずだ。
――ああ、そうか。
どうして忘れていたのか。
――だからおまえは自ら英雄を捨てたのか。
欠けた記憶の中で唯一思い出せたのは、一人の友の名前だった。
リーズ・テンドリックは自らの身体に起きた異変に気付きながらも、慌てることなく窓の外を見ていた。
自室の窓から見えるのは、街の中心部にある鐘楼だ。
そこには時間を知らせる鐘が設置されていることを除けば、特別何もない場所だが、そこはリーズにとってお気に入りの場所でもある。その場所に、ルアードがいることを何となくだがリーズは気づいた。
「上手くいったみたいですね」
呟いて、リーズはそっと自分の胸に手を当てる。
事件発生から一日が経過し、魔族と人間の亀裂が明確になり始めた。その溝を埋める方法は、おそらく存在しない。
それでも、自爆テロという結末だけは阻止しようと、カインツやルアードが動いている。
そんな中で、自分だけが何もできない事実に、リーズは歯痒さを覚えた。英雄と謳われながら、その実、肝心なところで自分は無力だ。
しかし、それでもルアードはそんな自分を必要としてくれる。たとえ世間一般的には、甘やかしているだけだの、ヒモに騙されているだの、好き放題言われていても、必要としてくれるという事実がリーズにとっての至福だった。
それに、ルアードが何もできない自分の代わりに事件を解決してくれる。
なんの根拠もないリーズのカンだが、今回の件はルアードがいないと解決できない。そんな予感がリーズにはあった。
「ああ……違いますね。彼女も、ですね」
小さく笑って、リーズは新しい同居人の少女を思い出す。
魔術師に憧れながらも、魔術師の才能がない少女。しかしその胸に秘めた想いと情熱は、間違いなく燻っていたルアードの心に新しい火を灯してくれた。
そして――
その予感は見事に的中したのだった。
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