参考人その一
「お話しすることはありません」
研究室となっている教室へ入ったルアードとステラを出迎えたのは、早速の拒絶を示した言葉だった。案の定だ、とルアードは困ったように頭をかく。
扉を開けた先には、都合の良いことに件のベルベット・レィンティアがいた。室内に彼女以外の生徒の姿はない。どうやら一人で魔術式の研究をしていたようで、机の上には術式が書かれたメモやノートが散乱していた。
「そこをなんとか。少しで構いませんので」
ぐいぐいとベルベットに詰め寄りながら、ステラが言った。
ベルベットは心底嫌そうに顔顰める。
「ニーナと私は友達でした。ニーナが居なくなった理由は私にもわかりません。これで満足ですか?」
ベルベットは教室の扉へ指先を向け、ルアードとステラに退出を促す。言葉に出さずとも、さっさと出ていけという意思が丸分かりだ。ベルベットはルアードとステラが教室に入ってから、視線を一度たりとも二人に合わせていない。
取り付く島もないとは、まさにこの事だ。
「うぐぅ……」
はっきりと明確に受け取れる拒絶の態度を前に、流石のステラも押し黙ってしまう。
ステラ・カルアナという少女は、自分の意志や主張を持ち前の強引さで押し通すタイプだ。
不思議なことに、その強引さに不快感を抱くことは少なく、元々の明るく真っ直ぐな性格も合わさって、大抵の場合はそれでなんとかなってしまう。 事実、ステラは『エルギア』でルアードと出会ってからの数ヶ月間をそうやって乗り越えていた。騙し合いや駆け引きをするのは不向きを通り越して、根本的に向いてない。
そんな彼女からしたら、ベルベット・レィンティアは苦手とする人物だ。
最初から明確に拒絶の態度を示され、瞳を合わせるつもりもなく、さりとて完全に無視をされているわけでもない。これ以上は踏み込むな、と言外に線引きをしてくる相手だ。
「ベ、ベルベットさんは亡くなったニーナさんが誰かに恨まれたり……」
「………………ッち」
「嫌われたりしてる的な噂とか訊いてないです……よね! はい、すいません!」
舌打ちにドスが効いていた。ステラは焦り気味にとりなおそうとするが、ベルベットの機嫌はいよいよ悪くなっていく。
「大体、事件の話を訊きたいのなら、最初に疑うべき相手がいるじゃないですか。あの女と知り合いみたいですけど、あれがこの学院で何をやってきたのか知らないのに、よく事件の調査なんてしてますね」
苛立ちに同調するかのように、ベルベットの声が高くなる。
「師匠ぅ……」
振り返ったステラが、涙目でルアードに救援を求めてきた。いくら精神的に図太くてタフなステラでも、これはお手上げらしい。
やれやれ、とルアードは一人嘆息する。
実際のところ、この手のタイプの相手から話を訊くのはそう難しくはない。要は一部でいいから、相手に共感してやればいいのだ。
――例えば、受けた悲しみを理解してやるとか。
ルアードは改めてベルベットに向き直る。
「悪いな、忙しい時に邪魔して」
「そう思うのでしたら、さっさと帰ってくれますか」
棘のある言葉を前にしても、ルアードは余裕を崩さない。
お説ごもっとも、と肩をすくめる。
「ニーナ・アシュトルフォについて、学院長から色々話を訊いたよ。とても優秀な生徒だったって、学院長はべた褒めしてた」
「……そうですか」
一瞬、ベルベットの表情に変化が現れたのを、ルアードは見逃さなかった。ベルベットが初めてこちらの話に興味を持ったのだ。
ルアードはベルベットを見据えると、口元に友好的な笑みを形作る。
「話を訊いてさ……正直、凄いなって思ったよ。魔術師って生き物は、自分勝手で、他人のことなんてどうでもいいって考えのやつが大多数だ」
ぎゅっと、机の下でベルベットほ手を強く握った。スカートに皺が走る。
「それなのに、アシュトルフォは上級生、下級生問わずに人気があった。これからの時代の魔術師は、きっとそういうやつがなった方がいいんだろうな。だからこそ、彼女の死は俺個人としても非常に許せない話だ」
そしてルアードは、自分でも笑ってしまうくらいに嘘くさい言葉を付け加えた。
「俺は知りたいんだ。ニーナ・アシュトルフォがどんな生徒で、どんな魔術師だったのかを」
「……それを知って、何の意味が」
フッ、とルアードは肩の力を抜く。
「知らないと事件を調べることができないからだ。誰に好かれて、誰に嫌われていたのか。その人となりを知らないと、何もわからないだろ? 例えば……シャーロット・フォーサイスとの関係とかについても」
ベルベットは、ルアードの言い分に思うところがあるようだった。それと同時に、怒りを覚えたらしい。表情を歪ませて、ルアードを睨みつけてくる。対するルアードは、別にどうということもなくそれを受け流していた。
もう一押しか、とルアードは口を開く。
「君は、ニーナ・アシュトルフォと友達だったんだろ?」
「結局そこですか。知り合いが容疑者扱いされてるから、その――」
ベルベットが言いかけた言葉を被せるようにルアードは言った。
「ああ、勘違いしないでほしい。俺は別にシャーロットの無実を証明するとかって考えはないんだ。むしろ、シャーロットは現時点で容疑者候補筆頭だよ」
「どうして……」
「火の魔術、それも高等魔術を使える生徒は少ない。その少ない生徒の一人が、シャーロット・フォーサイスってだけさ。それに、あのお嬢様は俺の目の前で君を焼き殺そうとした。それだけで理由としては十分だろ」
ベルベットは、そこでぐっと言葉を飲み込んだ。
やがて、ひとつ息を吐き出した。その顔には先ほどの敵視したような視線はない。
「わかりました。私が知っていることでよければ、お話します」
「助かる。時間はあまり取らせない」
多分ルアードとベルベットとの会話に納得がいかないのだろう。何か言いたそうな顔のステラを無視して、ルアードはベルベットが座っている近くの椅子に腰掛ける。
「ちょっと師匠、いまのは」
「いいから黙ってろ」
短くそう告げ、ルアードはベルベットと視線を合わせた。釘を刺されて、ステラは口を紡ぐ。
「改めて自己紹介といこう。ルアード・アルバだ。こっちは、手伝いのステラ・カルアナ」
「……ベルベット・レィンティアです」
ベルベットは小さく頭を下げた。挨拶のつもりらしい。
「それじゃあ、教えてくれ。君とニーナ・アシュトルフォの関係。それと、君がシャーロットを犯人と断定してる理由も」
ルアードとステラはベルベットと差し向かう。いよいよ、だ。
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