『愚者』のフォーサイス
「私とニーナが出会ったのは、一学年の時でした」
ベルベットはそう切り出した。
「一学年ってことは、入学して直ぐに?」
「はい。ルームメイトでした」
肯定の意を込めて、ベルベットは首を縦に降る。
ルアードの隣でステラが何処からともなく一冊の手帳とペンを取り出した。ステラは自分が記録役を務めることを宣言するように、開いた手帳にペンを走らせる。余計な邪魔が入らなくて良い、とルアードは思った。
「そういえば、『エルギア』の魔術学院は全寮制だったな」
いきなり本題に入らず、ルアードは敢えて当たり障りのない話題を降るところから始める。
「成績優秀な生徒と下位成績の生徒をルームメイトにすることでお互いの向上を図る、だったか? 学院も無茶を言うよな。下位側からしたら、ただのイジメだろ」
そのあまりにも身もふたもない言い方に、ベルベットは苦笑の表情を浮かべた。
「そうですね。私は下位成績組の方だったし、入学当初は最悪な気持ちでしたよ。ニーナは入学式で新入生代表を務めるくらいに優秀でしたから」
「新入生代表! それは凄いな」
「凄かったですよ、実際。入学してからも常に成績は上位だったし、半年で第二階級になった生徒は私たちの世代だとニーナだけでした」
半年。その短い期間で第二階級になったという事実から、ニーナ・アシュトルフォが魔術師としてどれだけ優秀だったかがわかる。
ルアードは質問を続けた。
「それだけ優秀だと、やっぱり嫌味や妬みを受けたりは?」
「それは絶対にありえない」
ベルベットが力強く断言する。ルアードの質問に憤慨しているようにも見えた。その様子に、手帳に向かっていたステラが顔を上げた。
「絶対にありえない……とは?」
「ニーナは私みたいな魔術の成績が良くない生徒の面倒を良く見てくれてたの。今の第二階級生徒の半分くらいは、彼女のおかげで昇格できたようなものよ」
「そんなに沢山の生徒を見てたんですか」
「面倒見が良い……って言えばいいのかな? 本人はいつか魔術を教える先生になりたいから、その為の練習だって言ってたけど」
ふむ、と二人の会話を訊いていたルアードは、顎に手を添えて考える。
普通なら教員への点数稼ぎが目的だと思うが、ベルベットの態度や口調から、おそらくはほとんど善意でやっていたのだろう。
その間もステラはベルベットと話を続けた。
「評判はどうでした?」
「良かったわよ。理論構築の説明はわかりやすいし、魔術起動の練習で失敗しても、嫌な顔ひとつしないで付き合ってくれたわ」
言って、沈痛な面持ちになる。おそらくはその時のことを思い出しているのだろう。彼女のような生徒にとって、ニーナ・アシュトルフォは文字通りの意味で先導者だったのだ。
その辺の心境を察してはいないのか、ステラの態度は特に変わらないままだ。こういう時、ステラの無神経さはある意味で上手く働く。
今度はルアードが訊いた。
「ニーナ・アシュトルフォが居なくなる直前、なにか彼女が悩みを持っていたとかって話はなかったか」
ベルベットの形良い眉が、内側に寄った。
「ニーナがですか? ……最近、夜遅くまで勉強をしてたから、あんまり根を詰め過ぎたら駄目だって言ったりはしましたけど……」
「根を詰めていた?」
ふと、気になる単語が出た。
「試験があったんです。第三階級になる為の試験が」
第三階級という言葉を、どこか恨むような声でベルベットは言った。ルアードが学院に在学していた頃は、第三階級の昇格試験を受けれる生徒は一学年に一人か二人くらいだったはずだ。もしもそのスタンスが今も変わっていないのなら、試験を受けれるだけでも十二分に凄いことだし、合格の為に根を詰めていたというのも納得ができる。
しかし、だ。
「そんなにギリギリだったのか。話を聞く限りだと、成績は良かったんだろ?」
ルアードの素朴な疑問を、ベルベットは首を横に振って否定した。
「私を含むお世話になった生徒全員が、ニーナなら合格間違いなしだって確信してました。先生たちも今の成績なら昇格はほぼ確定してるけど、一応の形みたいはものだから気楽にやってくれって」
「ということは、周りがそう言った所為で彼女にプレッシャーを与えていたとか」
「……そうかもしれません。だけど、ニーナはそんなプレッシャーに負けるような人じゃないです」
「まぁ、確かにプレッシャーに弱いなら第二階級にもなれないよな」
人当たりも良く、友人も多い。魔術の成績は上位で、プレッシャーにも強い。
なのに、彼女は突然姿を消した。友達でルームメイトでもあるベルベットに相談することなく。なら、失踪の理由は他にあるということか。
少々気まずくなった場を仕切り直すように、ルアードは小さく咳払いをした。
「それにしても、訊けば訊くほどニーナ・アシュトルフォは優秀な魔術師だったんだな。羨ましい」
「師匠、なんでこっちを見たんですか」
「特に深い意味はないぞ。いや、本当に」
自分の残念な魔術の才能について、ある程度自覚しているから否定ができないのだろう。ステラは不満気に唇を尖らせ、唸るような声を漏らした。
「ところで、アシュトルフォは何の魔術が得意だったかってわかるか。印象に残ってるのでもいいが」
「ニーナの得意魔術ですか? そう言われてもニーナは一通りの魔術が使えましたから、特別印象に残ってるというのは……あ、でも」
思い当たることがあったらしい。ルアードは身を少しだけ乗り出した。
「昔、一度だけ話してくれたんですけど、攻撃系の魔術よりも治癒系の魔術の方が得意だって言ってたような……」
「解呪や理論構築の改変よりもか?」
「あの、普通はむしろそっちの方が難しいと思いますが……」
「あ、そうか。普通はそうだよな、すまん」
ベルベットはなんとも言えない微妙な顔つきでルアードを見ていた。発動前の魔術を打ち消す解呪や、既存の魔術を新しい魔術に組み替える理論構築の改変が得意な魔術師はかなり希有な存在だ。それが得意な魔術師は、例外なく天才の部類に入る。
その後もルアードは雑談を挟みながらいくつかの質問をした。最初は警戒していたベルベットだったが、次第にその警戒も薄れていった気がする。おそらくはルアードもベルベットと同様にシャーロット・フォーサイスを事件の容疑者候補にしているという発言が効いているのだろう。
――これ、バレたら俺も殺されね?
それだけに、それが嘘だとバレた時の未来が怖くて仕方ない。ついでに容疑者候補にしたとシャーロット本人が知った場合の末路も。
「それじゃあ、そろそろ本題に入ってもいいかな?」
事前の情報収集はこの辺でいいか、とルアードは話を切り上げた。ステラが改めて身を正す。無意識にペンを握っていた手に力がこもる。
「どうして君はシャーロット・フォーサイスを犯人だと断定できたんだ? 数日間の調査で、有益な情報はまだ一つも見つかってないのに」
一気に確信を突く質問に、ベルベットは一瞬だけ押し黙った。ルアードとしても一番知りたいことだったし、それがわかれば事件の調査は進展する。ベルベットは唇を軽く噛んで、悩むような様子を見せた。
「…………」
「言いにくいなら、無理して訊くつもりはないが」
「いえ……大丈夫です」
暫しの熟考の後、ベルベットは意を決したように語り出す。
シャーロット・フォーサイスが事件の犯人だと断定している理由を。
「ニーナが居なくなった五日前……ああ、もう六日前ですね。その日はニーナと……フォーサイスが第三階級の試験を受ける日だったんです。試験開始時間になっても会場に現れなかったニーナは失格扱いにされて、フォーサイスだけが試験を受けて第三階級になりました」
「だから彼女が犯人だと?」
その推理はかなり強引過ぎないか、とルアードは眉をひそめる。
「それもあります。だけど、それだけじゃなくて……」
「ってことは、他にも理由が?」
頷くベルベット。
「ニーナは魔術師に殺されたんですよね。学院の生徒でそれができるのは、ほんの一部だけで、しかもニーナほどの実力がある生徒を相手にできるのは更に少ない。例えば、普通にナイフとかで人を刺す、みたいなことなら、それこそ私にだってできますよ。でも、その相手が魔術師なら話は変わってくる。第三階級になれるような生徒を相手にそんなことができるのは、同じ第三階級の生徒くらいだし、フォーサイスにはそれをする実力もある」
「ふむ……」
ベルベットの推理は、半分くらいは私怨が混じってはいるものの、筋はそこそこ通ってはいる内容だった。事件の調査を任されていてアレだが、ルアードは探偵稼業の経験はない。十年前に『勇者』たちと旅をしていた時に何回か奇妙な事件に巻き込まれたことはあるが、それだけのことだ。しかしそれでも物的証拠がないのに既成事実だけでシャーロットを犯人と言い切るベルベットの推理は納得はできない。
だがしかし、見方を変えてみたらどうだろうか。物的証拠ではなく、消去法で犯人を捜すやり方で考えてみる。
誰からも愛されて、実力も申し分ないニーナ・アシュトルフォを殺したいほど憎む理由がある、或いは彼女が居なくなることで得をする生徒は誰だろう。
いくら優等生でも誰かに恨まれたり、影で舌打ちをされたりしたことくらいはあるはずだが、そのほとんどは妬みというよりは劣等感からくる感情だ。しかも魔術師としての実力が高いからおいそれと仕返しもできない。そうなると候補者はかなり絞られてくる。もしもベルベットが言うように、シャーロットがニーナに対して個人的に恨みを持っていたとしたら、実力や理由としては十分だ。なにより現実的な証拠として、ニーナ・アシュトルフォが居なくなったことでシャーロット・フォーサイスだけが第三階級に昇格できたという経歴もある。
その辺りを考え合わせれば、ベルベットの推理も強ち間違いではないのかもしれない。
多少興奮しているのか、ベルベットの声に熱が込もる。
「それに私は見たの。ニーナが居なくなったことを教員から全学院生に通達された時、あの女だけが表情一つ変えずに立っていたのよ。おかしいでしょ。悲しむわけでも、不思議がるわけでもなく、全くの無表情は」
「まぁ、確かにそうだな」
なにより、とベルベットが付け加えた。
「シャーロット・フォーサイスは『愚者』のフォーサイスの一人娘よ。あいつは人を殺すことを躊躇うような女じゃない」
「『愚者』?」
聞きなれない単語にステラが食い付く。
「そういえば、さっき学院長室でもそんなことを言っていたような……」
そう言ってステラが真剣な表情でルアードを見つめてくる。ルアードは面倒くさそうに頭をかいた。説明するべきなのか、と少しだけ悩む。
「十年前にフォーサイス家は大罪を犯したのよ。人類を裏切って、魔族側に寝返ったっていう大罪をね」
ベルベットがあっさりとステラに教えた。
目を丸くして驚くステラに、ルアードはベルベットの言葉を捕捉するように言う。
「十年前、当時のフォーサイス家当主は人類軍の魔術師最強筆頭だった。だが、ある日突然、フォーサイス家当主は魔族側に寝返ったんだ」
「どうしてそんなことを」
「さあな。知ろうにも、もう当時の当主は死んでるからな。『勇者』率いる『五人の英雄』たちを抹殺しようとして、逆に返り討ちにあったらしいぞ」
「それって……」
言いかけた言葉をステラは飲み込んだ。
気にはなるが、今そのことをルアードに問い詰めたとしても当人が素直に答えるわけがない。
そんなことよりも、それならばシャーロット・フォーサイスは学院内で人間を裏切った『愚者』の娘という悪評が付き纏っていることになる。ほとんど言い掛かりに近いベルベットの推理に他の生徒が何も言わず、シャーロットの味方をする者が一人もいない理由はこの悪評が原因だろう。
それでも、シャーロットを犯人と認めたくないステラは異を唱える。
「実際のところ、自分が第三階級になるためだけに殺した、なんて事があるんですか?」
その質問はベルベットの推理の根底を問う内容だった。
「いくら学院生徒の最高成績者になれるからって、わざわざ殺人まで犯すメリットが何処に?」
「何言ってるの。メリットならいくらでもあるわよ」
言って、ベルベットが机の上に広げていた紙を一枚取り出してステラに見せる。
「第三階級になることで得られる恩恵は半端じゃない。例えば今私が勉強しているこの魔術式の研究一つ取っても、本来なら年単位でかなりの研究費や人員が必要な魔術なの」
「え、こんなどう使うのかもわからない魔術が……ですか」
書かれていた術式は炎の魔術を使って時間差で炎の色を変えていくという、よくわからない魔術式だった。ステラは必死に使い道を考えてみたが、どう考えても有効な利用法が思いつかない。
「第三階級になれば学院卒業後に自分の意思で好きな魔術の研究をしたり、好きな魔術を研究している組織に所属することが簡単になるの。魔術師として、これ以上のネームバリューはないわ」
傍目にもベルベットは興奮していた。ルアードは口を挟むのをやめる。それをしたとこで意味がないのをわかっているからだ。
代わりにルアードは話がひと段落したのを見て取って、にこりとベルベットに微笑みかけた。普段のルアードからは想像もつかないような、社交的な笑みにステラが若干引く。
「いろいろと話を聞かせてくれて助かったよ。早速、その辺りを重点的に調べてみようと思う」
ベルベットは、さも満足そうに頷いた。ひょっとしたら今まで調査に来た魔術師たちは、彼女の話を真剣に聞き入れなかったのかもしれない。
「お願いします。必ず、あの女狐を捕まえてください」
そう言って見送ったベルベットは、犯人を捕まえる前に、いっそ犯人を殺しかねない鼻息の荒さだった。
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