四章 『賢者』ルアード・アルバのおそらくは華麗で英雄的な物語

ルアード・アルバ

 ルアード・アルバという男について話しておこう。

 十年前。魔術学院を退学した直後で生活の金に困っていた貧乏魔術使いが、とある少年と偶然的に出会った。その魔術使いがルアードである。

 異世界から来たという少年は、この世界を救う為に『聖戦』を終わらせると言った。その為の仲間を探しているらしく、何故かその一人としてルアードを指名してきたのだ。

 そんな少年に対してのルアードの第一印象は、こいつ頭おかしいんじゃないか、だった。

 剣の腕も無く、魔術の才能も無く、ついでに金と人望もない。何処にでもいる世間知らずなお坊っちゃま。そんなやつの世迷言など、ルアードは当たり前のように信じなかった。

 しかし、世のえにしとは不思議なものである。

 世界を救うことに微塵も興味はなかったが、少年がルアードの弱みを握っていたこともあり、嫌々ながらもルアードは彼の旅に同行することになったのだ。脅されたわけでは断じてない、とはルアード当人の談。

 やがて、少年の思想がただの世迷言ではないことをルアードは知る。ルアードの魔術師としての才能が開花し始めたのは、丁度その頃からだった。とある事件で魔王率いる軍に真正面から喧嘩を売り、その結果として魔族たちから賞金を掛けられるようになったのだ。実戦に勝る訓練はない、とはよく言ったもので、ルアードは実戦の中で自らの魔術を磨き上げたのである。しかし、それだけの力を手にしても、世界を救うことを目的とする少年の思想にはついていけなかった。

 分岐点となったのは、少年が初めて『魔王』が用意した魔族の刺客に敗れた時だ。

 少年の心は完璧に折れ、彼についてきた仲間たちもルアード以外の全員が立ち上がることができなかった。圧倒的な敗北に、少年の思想は耐えられなかったのだ。

 その姿に、ルアードは腹が立った。端的言うのなら、キレた。

 ルアードは少年を殴り、叫んだ。


 ――負けっぱなしでいいのかよ! 勝たなきゃ意味ねーだろ!


 単純な話で、少年の思想が負けた事実をルアードは認めたくなかったのだ。ついでに言うなら、自分が負けた事実も。

 負けを認めるつもりはない。もう、負けるつもりもない。くだらなくてもしったことか、生きるとは意地の張り合いだ。

 そう叫ぶルアードの前で、少年もキレた。

 甘えていた自分に。弱い自分に。ついでに自分を殴ったルアードにもキレた。

 キレて、殴り合って――二人は友になった。

 友となった後も、ルアードは少年の思想に共感はできない。だが、少年の行く末を見届けてみたくはなった。

 だから、ルアードは魔族の刺客にリベンジした後も、勝手に少年と旅を続けた。


 そしていよいよ『聖戦』の終わりが近づいてきた時、少年とルアードは単独で魔王のいる居城に奇襲をかけた。仲間たちが作った隙を突いて、『魔王』を討つ作戦である。作戦は上手くいき、いくつかの犠牲を払って、少年とルアードは、『魔王』と相対し、見事に勝利した。

 だが、二人はそれが間違いだったのだと知ってしまう。『魔王』もまた、人間との共存を望んでいたのだ。しかし、折り重なる憎しみの連鎖は、今更互いが仲良く手を取り合ったところで消えることはなかった。それほどまでに、連鎖は重く、濁っていたのだ。

 それでも、『聖戦』を終わらせる方法はあった。少年たちが『魔王』という絶対強者の首を刎ねること。頭を失った魔族たちを上手く束ねることができれば、共存の道を拓けるかもしれない。そう『魔王』が言った。

 それは駄目だ、とルアードは止める。それではおまえが幸せになれない。犠牲を払い過ぎた後の結末がそれでは、意味がないとルアードは少年に言った。それは、ルアードが見届けたかった未来ではない。

 だが、少年はその提案を引き受けた。ルアードの制止を振り切り、自らの手で『魔王』を殺した。それが唯一の救いだと信じて。


 そして――


 その戦いを最後に、ルアード・アルバは魔術師をやめた。

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