悪夢再来

 全ての生徒が学生寮へ帰宅し、学院に夜が訪れる。

 件の仮面の魔術師が学院内に潜伏している可能性が高い現状、教員たちには生徒たちの動向に目を光らせるように指示が出され、生徒たちも不要な外出を控えるように通達された。とにかく被害をこれ以上出さないことが最優先、と学院長のアメリア・ダーナも学院内の結界を更に強固なものに変更したらしい。

 シャーロットとのお茶会の後、真っ直ぐ寮へ帰るように念を押してから別れたルアードは、夜の学院を一人で徘徊していた。

 ぼんやりと考えていることは、当然、今回の事件についてだ。

 魔導具を使った殺人。被害者は魔術師見習いの少女。容疑者は学院関係者。ここまでわかっているのに、未だ犯人像が掴めていないことに歯痒さを感じてしまう。

 何より一番の謎は、犯人はどうしてニーナ・アシュトルフォを魔導具で殺害したのかだ。

 現代魔術師からしたら、喉から手が出るほどの人材である第三階級候補の魔術師見習いを殺す理由があるのか? その理由を、ルアードは自分なりに考えてみる。

 真っ先に思いつくのは、ニーナが誰かに強い恨みを買われていた線。だが、現段階で、の頭文字が付くが、その可能性はかなり低い。

 ベルベット・レィンティアの話通りならば、ニーナは学院内のほとんどの生徒から慕われていたことになる。もちろん、全ての生徒に対してそうだったとは断言できないし、まだ見つかっていないだけで、本当は彼女のことを殺したいほど憎んでいる人物もいるかもしれない。

 しかしそれならば、どうしてルアードたちまで襲う必要がある?

 目的を果たしたのだから素直にほとぼりが冷めるまで隠れていれば、或いは学院からこっそりと逃げ出していればよかったはずだ。現にルアードたちが学院に派遣されるまで、手掛かりらしい手掛かりは何一つ見つかっていなかった。あの場所での登場は、犯人側からしたらデメリットでしかない。


「…………」


 ルアードは深くなっていく思考を一旦切り替えて、二つ目の仮説を考えてみる。

 ニーナを第三階級にさせたくなかった。

 これはルアードが自ら否定した仮説だが、この仮説なら容疑者が一人に絞られるのも事実。

 シャーロット・フォーサイス。『エルギア』魔術学院の在校生の中で、数少ない第三階級生徒。

 もしも彼女が自分だけ第三階級になりたくて、ライバルだったニーナを秘密裏に殺害したとしたら?


「まさか……な」


 先程のお茶会での会話が思い出される。

 どんなことでもする、そう言っていたシャーロットの瞳が鮮明に焼き付いていた。頭では否定していても、心がもしかしたらと訴えてくる。


「あー、もうっ! メンドくせぇなぁ!」


 一瞬でもその考えを肯定しそうになった自分を恥じて、ルアードはガリガリと頭を掻きむしった。

 結局のところ、仮面の魔術師を捕まえなければ、事件は解決しないのだ。あれこれ推測で物事を考えても、それが根本的な解決に繋がらないのなら、それらの仮説はただの妄言と大差ない。

 そんな風にルアードが事件の推理に浸っていた、その時だった。


「……師匠ー!」


 校舎の方から息を切らせながら、今の今まで存在を忘れていたステラ愛弟子が駆け寄ってきた。


「いやー、探しましたよ。何処に行ってたんですか?」

「それはこっちの台詞なんだが……つか、おまえこそ何処に行ってたんだよ」

「へ? 何処って、学院の人たちにお話を訊いて回ってたんですよ」


 ステラが、細い首を傾げてルアードを見返す。


「とりあえず、ニーナさんのクラスメイトとか、ニーナさんが所属していた研究室のお仲間さんとかから話を訊くことができました」

「は……?」


 平然と答えるステラを凝視して、ルアードは絶句する。学院長室を飛び出してから、まだそれほど時間は経っていない。にもかかわらず、ステラはその短時間でかなりの人物から話を聞くことができたと言っている。どう考えても、普通じゃない。呆気に取られるルアードに、ステラはポンと思い出したように手を叩き、


「あっ! それで私、一つ気になることを見つけたんですよ!」

「気になること?」

「これです」


 そう言ってステラは、ポケットから手帳を取り出した。手帳には、生徒の名前とその生徒が話したであろう内容が記載されている。

 どうやら質問はニーナ・アシュトルフォはどんな生徒だったのか、で統一しているらしい。


 ――あの時、ニーナが真剣に相談に乗ってくれなかったら、今の自分はいなかった。


 ――とても優秀なやつだった。それでいて今時の魔術師にしては珍しく、嫌味のひとつも言わないような奴だった。


 ――彼女に憧れて、この研究室に所属した。


 などなど……。


「クラスメイトから三人。研究室のメンバーから二人ほどお話が訊けました。まぁ、皆さん似たり寄ったりな感想でしたけど……」

「みたいだな」


 言葉の羅列や表現こそバラバラだが、要約すると、ニーナ・アシュトルフォは非の打ち所がない完璧な生徒だったらしい。


「で、これがどうしたんだよ?」


 手帳を流し読みしたルアードが、そんな感想を呟いた。

 ニーナが沢山の生徒から慕われていたことは、既にルアードも知っている。ベルベットの話が確たるものになったことを除けば、それ程変わったところは見られない。


「気づきませんか?」

「だから、何がだよ」


 ルアードが少し不機嫌そうに眉をひそめた。弟子が気づき、師匠の自分が気づかないことがこの中にはあるらしい。

 正解がわからないルアードを前に、ステラは何処か得意げに言った。


「ニーナさんって色々な人から頼られたり、困っている人を助けたりしていたみたいなんですけど、ニーナさん自身は誰かを頼ったりしたことがないんです。それこそ、教員も含めて誰一人」

「そう言われてみたら……確かにそうかもしれないが……」

「いくら優等生だからって、普通は友達や先生に悩みの一つくらいは相談したりしますよね?」

「それは……」


 面白い見方だ。ルアードはステラの見解を訊いて、素直に納得した。

 どんなに優秀で人望が厚くても、ニーナ・アシュトルフォは完璧な人間というわけではない。大なり小なり悩みごとの一つはあった筈だ。そんな弱みを彼女は頑なに他人に見せなかった。

 もともとのプライドが高かったのか、悩みを相談できるような間柄の友人がいなかったのか、そこはルアードにもわからない。


「つまりあれか? 誰も知らないニーナ・アシュトルフォの悩みが、事件解決の鍵になるかも……ってことか」

「そうです。きっとそうに違いないですよ」


 ステラが何の根拠もないのに自慢げに頷いた。その表情は、褒めて褒めて、と尻尾を振る犬みたいだ。ルアード的にはその悩みとやらが、何の手掛かりになるのかと、軽く問い正したくなった。

 そんな思いつきのような推理が――


「……? なんだ、今なにか、繋がりかけたような……」


 ふと、ルアードは何か違和感に気づいて呟く。

 ルアードは空に浮かぶ月を見上げる。こんな夜に彼女は、ニーナ・アシュトルフォは亡くなった。何故?

 第三階級試験。試験前夜に行方不明。仮面の魔術師と魔導具。

 そして、これまでの調査。

 結んで得られる推定。あの夜に彼女の身に何があったのか。

 ルアードは頭を空にし、もう一度事件を最初から組み直す。さながらそれは、完成させた魔術式を分解して改変するように。

 そして、ある一つのあり得ない仮説が浮かび上がった。


「師匠?」


 突然押し黙ったルアードを心配して、ステラが覗き込むように見上げてきた。


「……なあ、ステラ。おまえは誰が――」


 視線に気づいたルアードは、ステラにある質問をしようとした直後だ。

 甲高い、女性の悲鳴が、夜の学院に響き渡った。一瞬遅れて、爆発音が響く。


「今のは――!?」


 悲鳴を聞いたルアードが、聞こえてきた方角に振り返った。

 かなり近い。そして、声がした先にあるの場所は――


「師匠! 今の悲鳴は……!」

「栽培場からだ!」


 栽培場から突如聞こえた悲鳴と爆発音。更には『マナ』の乱れが感知できるレベルの、魔力の波動までもが伝わってくる。


「ステラ、おまえは此処にいろ!」

「嫌ですッ!」

「あ、おい!」


 秒の返答の後、ステラは我先にと栽培場に向かって駆け出した。呆気に取られながらも、下手に引き止めるよりも追いかけた方が早いと判断したルアードも走り出す。


「クソがッ……」


 走りながらルアードは悪態を吐く。この先で何が起きているのか気づいたからだ。

 仮面の魔術師が現れた。

 それも、おそらくは考えれる中でもっとも最悪の形で。

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