二人目の犠牲者
栽培場跡地まで走り続けて、ステラはようやく立ち止まった。ほとんど息を乱していないが、その表情は依然として険しいままだ。悲鳴の主がまだ見つかっていないからだろう。額には焦りから冷たい汗が流れている。
栽培場跡地は夜だというのに、とてつもなく明るかった。月と星の光だけが頼りの夜の世界には不釣り合いなほどに明るく、周囲がよく見渡せる。
その理由は至極簡単だった。
燃えているのだ。遠くから肉眼で確認できるほどに大きな炎の塊が、栽培場の入り口付近で轟々と燃えている。
「大丈夫ですか!」
声を張り上げながら周囲を見渡したステラは、近くに誰もいないことを確認する。ここに居ないのならば、先ほど聞こえた悲鳴の主はもっと奥にいるはずだ。そう結論づけたステラは、炎の塊が見える方向へと駆け出す。
予想通り、火の元よりも少し離れた場所には一人の女生徒の姿があった。
見れば、女生徒は恐怖から体を震わせている。座り込み、後退りながらも、その視線は火の元に釘付けだった。どうやらあの火の塊が、先の爆発音の元凶で間違いないらしい。
ステラはその女生徒に見覚えがあった。
「レィンティアさん!」
駆け寄り、声をかけたことで、女生徒――ベルベット・レィンティアはハッと顔を上げた。ステラの存在に気付き、ベルベットは助けを求めるように彼女の足元に這い寄る。
「大丈夫ですか! 何があったんです?」
「あっ……あの、今、人が……」
言葉にならない声を発しながら、震える手で火の塊がある方向を指差すベルベット。その指の先を追いかけるようにステラは視線を向けて、
「――なッ!?」
ステラの全身が瞬時に凍りついた。
火の塊の中心。そこには一つの影があった。
無機物ではない。必死に手を伸ばした状態で倒れ伏すその姿は、間違いなく人間だ。肉の焦げた匂いが鼻を突いてくる。
――助けなければ。
その光景を見た瞬間、ステラの頭の中はその一言で埋め尽くされた。
「待っ――」
「止せッ!」
反射的に駆け出そうとするステラを、ようやく追いついたルアードが力づくで引き止める。羽交い締めにされたステラは、身動きができずにルアードの腕の中で暴れ回った。
「師匠ッ! 何するんですか! あそこに人が」
救助を邪魔をされたことに腹を立たせたステラは、苛立ちのままルアードを睨みつける。
射抜くような視線を受けながら、ルアードは断言した。
「無理だ。間に合わない」
「でもッ――!」
「……もう、死んでる」
残酷に、現実だけを告げて、ルアードは首を横に振った。『聖戦』の時代を生き抜き、人の生き死にを見慣れているルアードが間に合わないと言ったのだ。『賢者』が扱うような高等魔術を使っても、火の中心にいる人物が助かることはない、と。
そのことを理解したステラは、力なく地面に座り込んだ。
「どうして……こんな」
認めたくない事実を前に、両の手を力強く握りしめるステラ。その姿を見たルアードは、かける言葉を無くす。
人を生きたまま、容赦なく丸ごと焼き殺す炎の魔術。
僅かに残った魔力の残滓。
間違いない。やつが――仮面の魔術師が、また人を殺した。
「……畜生め」
後手に回ってばかりの現状に、ルアードは悪態を吐いた。何が『賢者』だ、と自らを内心で罵倒する。
だが、それでも諦めることだけはしない。必ず炙り出してやる、とルアードは唇を強く噛んだ。
その光景を見ていた誰かが小さく笑っていることに、ルアードが気付くことはなかった。
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