魔術師見習いの過去
テーブルを陣取る特大サイズのローストチキン。
山の様に積まれた大量の野菜などが挟まれた各種サンドイッチと、リーズお得意のトウモロコシのポタージュ。
おまけに魚介類をふんだんに使ったブイヤベースに、トマトとチーズのカプレーゼ。
紅茶のポットにミルクと砂糖。
最後にルアード用に用意された赤ワイン。
明らかに十人前はありそうな夕飯に、ルアードはテーブルを見た瞬間に苦笑いを浮かべた。誰がこんなに食べるんだ、とリーズに言えば、私が食べます! と勢いよくステラが挙手。そしてステラはその旺盛な食欲を発揮して、有言通りに十人前の夕飯の殆どを一人で完食。文字通りスープの一滴、残飯の一つも残さない食べっぷりに、ルアードは再度苦笑したのだった。
「うぅ……苦しい……お腹いっぱい……もう食べられない」
ステラがソファーに寝転がって、お腹をさすっている。用意された十人前の内、八人前を一人で食べ切ったところで、力尽きたらしい。
「当たり前だろ。馬鹿みたいに食いやがって」
食べ過ぎでお腹を押さえて苦しそうにしているステラを呆れ顔で眺めて、ルアードが言う。この華奢な身体の何処にあれだけの量が入るのか、不思議でならない。出会った当初は、丸一日食べていなかったことによる食欲だと思っていたが、どうやらステラはデフォルトでこの食欲のようだ。
「師匠、知らないんですか?」
「は? 何がだよ」
「ご飯は残したらバチが当たるんですよ。だから、出されたご飯はちゃんと全部食べるのが、私の信条なんです!」
「それは立派な信条なことで――あれ、リーズ? こんな時間に出掛けてるのか?」
夕飯の後片付けを終えたリーズが、部屋着に外出用の上着を羽織っていた。肩に掛けたバックを見て、ルアードは今からリーズが外出するのだと判断する。
「ちょっと夕飯に食材を使い過ぎてしまって。明日の朝ご飯のパンとか、ミルクとかを買いに行こうかと」
いやはや、と恥ずかしそうにリーズが答えた。作り過ぎだとは思ってはいたが、どうやら家にあった食材の殆どを使い切ったようだ。
ルアードは
「なら俺が行くよ。何を買ってきたらいい?」
「え、でも悪いですよ」
「いいから、いいから。リーズも今日は疲れてるだろ? 偶には休め」
流石に申し訳ないと感じたルアードが、リーズからバックを受け取る。ありがとうございます、と礼を言うリーズに、気にするな、と返事を返してから、ルアードはソファーを勢いよく蹴り飛ばした。
「ふぎゃあ!」
蹴り飛ばした反動で、ソファーに寝転がっていたステラが派手に転げ落ちる。お尻を強く打ち、トドメに頭も打ったらしく、変な奇声を上げて悶絶していた。
「ぐおぅ……! 頭がァ……! お尻がァ……!」
「早く支度しろ。荷物持ちくらいはできるだろ」
「あ、あい……」
いそいそとマントを羽織り、三角帽子を被ったステラを連れて外へ出る。リーズに見送られて外に出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。
「それで、どこに行くんですか?」
愛用の杖を握ったままステラが訊いてくる。ルアードは、そうだなー、と呟いて、
「こっから歩いて少し先に、日持ちするパンが売ってる店があるから、先ずはそこに行くかな」
「私、パンは焼きたてが好きです」
「そうか……おまえは、よっぽど俺に殴られたいようだな」
「や、やだなー。ジョークですよ、弟子の可愛いジョークですって――だから、その拳に付加した魔方陣を早く消してくださいお願いします!」
「単純な肉体強化と属性付与。どっちがいいか選ばせてやる――なに? 両方か。はは、こやつめ」
「言ってないです! 言ってないですから!」
ポキポキと拳を鳴らし、ついでに魔術の付加をするルアードに、ステラは本気で懇願する。肉体の一部だけを限定的に高密度な魔力で強化するという、割と高度な技術を弟子の制裁に使う師匠は、おそらくはルアードくらいだろう。
「ところで、おまえ今日は何処で寝るつもりなんだ?」
「ああ、大丈夫ですよ。ちゃんと考えてますから」
「なんだ、金がないとか言っておきながら、ちゃっかり寝床は確保してたのか――」
「はい。ほら、あそこの路地裏とか丁度いい感じに雨風が凌げそうですよ!」
ステラが得意げに路地裏の一角を指差した。なるほど、確かにあそこなら雨風も大丈夫――
「って、アホか!」
「あ痛ッ!」
ペシン! と小気味良い音が鳴る。頭を叩かれて悶絶するステラ。
「なにすんですか! 私の頭が悪くなったらどうするんです!」
「元々おまえの頭は悪いだろうが……って、そういう話じゃなくてだな」
「え、なにか問題でも?」
ステラが細い首を傾げてルアードを見返す。本気でわかっていない様子だった。
「問題大有りだ! なに、さらっと野宿します宣言してんだよ!」
「大丈夫ですって。私、何処でも寝れますし」
「……頼むからやめてくれ、師匠命令だ」
そう言って、ルアードは脱力した。近隣の住民に若い女が野宿しているとかの理由で通報されたら、また身元引き受け人として自分が自警団まで行かないといけない。
何故こんなにも多方面で苦労しないといけないのか、とルアードは嘆息し、
「とりあえず帰ったらリーズに部屋を用意させるから、今日は泊まっていけ」
「駄目ですよ。リーズ様にこれ以上ご迷惑をおかけするわけには……」
「なんで様付け? というか、その気遣いを少しは俺にもしてくれ」
「それはほら、やっぱり師匠って人間的にアレな人ですし」
「どうやら本気で死にたいらしいな……」
そんな話をしているうちに、二人は目的地の店に到着する。
既に夜の時間なのもあって、辺りの店はそろそろ店仕舞いを始めていた。それでも目的地の店は、まだ営業を続けている。
店内に入り、ルアードは真っ直ぐ店主がいるカウンターへ向かう。
「あっ! 師匠、私この限定フルーツサンドが食べたいです!」
「すいません。そこのやつと、あとそのパンをください」
「師匠!」
「あ、はい。三人前で大丈夫っす」
「しーしょーう!」
「――喧しい! さっきあんだけ食ったろうが!」
服の袖を引っ張って、駄々をこねるステラを一喝して、ルアードは店を出た。なんだか厚かましさに磨きがかかっている気がする。或いは、元の性格がこうなのだろうか。親の顔が見てみたい、と心底思ったルアードは、
「つーか、今更だけど親は『エルギア』に来るのに反対しなかったのか?」
「あー……その辺は問題ないです。私、小さい頃に両親が死んじゃって、ずっと一人暮らしだったんですよね」
ステラは、何気ない口調で告げた。
「そうか」
「はい」
訊いたルアードもさしたる感傷や同情の色を見せずにステラの横顔を見つめる。この時代、親無しの子というのは珍しい話ではない。
「やっぱり、その、『聖戦』でか?」
「そうみたいです。小さい頃のことで、私はあんまりその事を覚えてないんですけどね」
「そうなのか……?」
今でこそ『エルトリア』は平和そのものだが、その実、十年前までは多い時は一日で数十の命が散っていた。その為、兵士の補充は軍組織では到底足りず、一般市民から補充せざるをえない状況だった。
きっと、ステラの両親もそうだったのだろう。徴兵令や志願兵。或いは偶々戦場に巻き込まれたのか。その当時を知るルアードは、苦虫を噛み潰したような表情になる。
「じゃあ、もしかしておまえが魔術師を目指してる理由って……?」
「あ、別に両親は魔術とは一切関係ないです」
「ないんかい!?」
シリアスを返してくれ、とルアードは叫んだ。
てっきり親が魔術師だったから、自分も魔術師を目指しているとかの理由を期待していたのに、ステラはあっさりとそれを否定した。あの重い空気はなんだったのかと問い質したくなる。
ステラの話はこの時代に生きる子供たちにとって、掃いて捨てるほどにはよくある話だ。実際、ルアードの世代も親無しは多い。
「や、だって私親の顔とか覚えてませんし。そもそも魔術師を目指すようになったのも、『聖戦』が終わってからですもん」
「なんつーかもう……逞しいなぁ、ほんと」
「えへへ、それほどでも」
「褒めてねぇよ」
だからこそ、今の子供たちは強い。
悲しみを悲しみのままにしない意志。それこそが、今の世代だけが持つ強さなのだろう。
「……強いな、おまえは」
「へ? 師匠、何か言いました?」
「なんでもない。それよりも、早く買い物終わらせて帰るぞ。次はミルクだ」
「了解です、師匠!」
ステラが元気の良い返事と共に後ろを着いて来る。黒い瞳がルアードを見つめ、その足でルアードの後を追いかける。それを、不覚にもルアードはほんの少し、ほんの一瞬だが、悪くないと思ってしまう。
正直、ルアードはステラという少女についてよくわかっていない。ただ、それでも一つわかったことがある。それは――
「あっ! 師匠、私あそこの蜂蜜漬けのお菓子食べたいです! 買ってください!」
「だから、買わないって言ってるだろ! このバカ弟子が!」
この悪魔的な食欲は、早急に対策をする必要があるということだ。
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