参考人その二
魔術師というのは変わり者が多い。
全ての魔術師がそうだ、とは断言こそしないものの、
良く言えば、常識に縛られない。はっきり言ってしまえば、ただの変態。高名な魔術師にロクなやつはいない。それがこの世界の常識だ。
そういう認識と理解を持っていたルアードでも、さすがに見習いの時点でここまでの上級者を見たのは初めてだった。 将来が色々な意味で有望だ。
「えっ……と、聞き間違いじゃないなら、君はニーナ・アシュトルフォの……ストーカーだった……のか?」
困惑を隠せない様子で、ルアードは目の前の男子生徒に訊く。
既にクルツ・マーベルストンという男子生徒にルアードが抱いていた第一印象は、シャーロットの紹介によって速攻で覆っていた。出来るだけ友好的に接したいが、出来るだけ可及的速やかにお帰り願いたい。
「ちょっ、ちょっと待ってください! 僕はストーカーじゃないですよ!」
本気で次の言葉に詰まっていたルアードとステラを見て、慌ててクルツがシャーロットの言葉を否定するように言った。最初の紹介でいきなりストーカー扱いされたら、誰でも似たような反応をするだろう。
それを否定するように笑う人物が一人。
「あら、ストーカーでなければなんと?」
動揺するクルツを揶揄うようにシャーロットが言う。
「いや、ですから」
「ほぼ毎日のようにニーナ・アシュトルフォの行動を魔術で追跡し……」
「ぐふぅ!」
ぐさりと見えない刃がクルツの胸を容赦なく刺し貫く。
「偶然を装っては合同授業に同席。しかも一学年なのを隠し、自分は二学年だと嘘を吐いて……」
「かはぁッ!」
ぐさぐさと連続して見えない刃が再びクルツの胸を刺し貫いた。
「しかもアシュトルフォ本人はその事に気付いていましたし。貴方はバレてないと、本気で勘違いしてましたけどね」
「あっ……あっ……」
瞳に涙を溜めて膝から崩れ落ちていくクルツを見下ろし、シャーロットは爽やかな笑顔でトドメの言葉を口にする。
「ところで、誰が、誰のストーカーじゃないとか言ってましたわね。是非わたくしに教えてくださりません? そこまでやっておいて、結局一度もロクに会話することができなかったクルツ・マーベルストンさん?」
「うおおぉーん!」
「もうやめて! 彼のライフはとっくにゼロだよ!」
泣き崩れるクルツを庇うようにルアードの叫び声が木霊した。
「失礼しましたわ。つい、遊び過ぎました。悪気は無かったんですのよ」
「輝いてますね、シャーロットさん」
その時、ステラは人知れず察した。
――あ、
しばらくして。
「――すいません。取り乱しました」
瞳を充血させ、鼻水を啜りながら、ようやく復活したクルツはルアードたちに深々と頭を下げた。
「いや、気にするな。この女は性格がどうしようもなく腐っ――てー!」
突然のつま先から来る痛みに悶絶しているルアードの隣には、涼しい表情でホットの紅茶を飲むシャーロットの姿がある。お嬢様気質が相まって、その立ち振る舞いが良く似合う。……何故か右足だけグリグリと踏み付けるような動作をしているのかは気にしないようにするべきだ。例え、自分の尊敬している師匠が痛みに耐えながら、テーブルをバンバンと叩いている姿が見えようとも。
シャーロットは、こほん、と小さく咳を落とした。
「では、そろそろ本題に入りましょうか」
話が脱線した原因は、さも当たり前のようにこの場を仕切り出す。しかし、手早く済ませたいのはこの場所に居る者全員の総意でもある。特に反論もなく、ルアードたちは一度身を正した。ステラは再び何処からか手帳を取り出して身構える。
「そうだな、始めよう。構わないか?」
クルツは緊張気味に頷いた。大きく息を吸い、それからゆっくりと吐き出して、呼吸を整える。
「僕は追跡や探査の魔術を専攻して学んでいました。自分で言うのもあれですが、対象となる人物や物を見つける探査系に関しては、人並み以上の腕はあると思います」
クルツはそこで一度ルアードたちの反応を見た。ルアードは若干引き気味に話しを訊いている。ステラは真剣に、クルツの言葉を一字一句聞き漏らさないように、手帳にペンを走らせていた。シャーロットは無反応だ。
「彼女……ニーナさんは、その、彼女の波長と僕の波長が合っていたみたいで、探査をする対象として最高の相手だったんです」
「だからストーキングしてたと」
「いや、その……それだけじゃなくて……あの……」
次の言葉を詰まらせるクルツを見て、ルアードはなんとなく察する。
「要するに、気になる女の子に声をかける勇気がなかったわけだ」
「…………はい」
顔を真っ赤にして俯くクルツに、ルアードは呆れた。声をかける勇気がなくて、遠くから見ていることしかできないという話なら、まだ共感できる。しかし、それがどうして遠くから気になる女の子を見るが、遠くから気になる女の子を観察するになってしまうのか。それについては、ルアードはまったく共感できなかった。
「ちなみに、アシュトルフォが相手ならどの程度の精度だったんだ?」
「触媒が無くても、学院内に居るなら正確に場所を把握できます! 何時に何処で何をしていたのかも秒単位でばっちりですよ!」
「そ、そうか」
正直なところ、ルアードはクルツの話にドン引きしていた。追跡や探査の魔術に限ったことではないが、魔術の腕を上げたいのならある程度の数をこなすことも必要だ。回数をこなすことで『マナ』の循環を効率化したり、詠唱の短略化が可能になる場合もある。しかし、それらを差し引いても、特定の人物を的確に、しかも当人に由来する触媒を用意しなくとも探査ができるまで精度を高めたとなると、その数は決して少なくはないだろう。ぶっちゃけ、ストーカー判定は満場一致で
だが、今回の件に限れば、その能力は非常にありがたい。
「それなら、ニーナ・アシュトルフォが失踪するまでに彼女が何処で何をしていたか、とかはわかるか」
ルアードの質問にクルツは、当然です、と即答した。何が当然なのか問い詰めたい衝動に駆られながらも、ルアードはその衝動をバレないようにグッと呑み込んだ。
「だけど、失踪した日に彼女がどうしていたのかは知りません」
当然と断言した瞬間に放たれた発言に、ルアードは首をひねる。
「……なぜですか?」
ルアードの隣に居たステラが代弁するように訊く。話の最初からつまずく結果になりそうで不安になる中、クルツはその理由を説明した。
「その日は朝からニーナさんを見つけることができなかったんです。僕は三日に一度は朝から放課後まで追跡と探査の魔術を起動し続ける実験をしていて、彼女が失踪した日はちょうどその実験をする日でもありました」
色々とツッコミたい話だが、要約するとクルツの話はこうなる。
クルツ・マーベルストンはいつからかはわからないが、三日周期でニーナ・アシュトルフォのストーキングに勤しんでいた。そして、試験当日もニーナをストーキングしようとしたものの、結局見つけられなかったという。
それが意味するのは――
「……日付がズレてるのか」
「師匠、ズレているというのは?」
「俺たちはニーナ・アシュトルフォが第三階級の試験を受ける日に失踪したと思っていたが、実際にはその前日に彼女は既に失踪していたってことだ」
「ああ」
ルアードはクルツに向き直る。
「それなら、試験前日に彼女が何をしていたのかはわかるか?」
三日周期で、と言っていたので期待薄だが、訊く価値はある。すると、クルツはあっさりと答えてくれた。
「個人的な理由でその日も何回か魔術実験をしてましたから、ある程度は」
その個人的な理由とやらがストーキングなのではないか、と問い詰めたかったが、それよりも優先しなければならないことがある為、敢えてスルーする。
「わかる範囲でいい。教えてくれ」
「……ニーナさんはその日の午前中、二学年の教室で授業を受けていました。お昼は生徒用の食堂には行かないで、外のベンチで食べてたと思います」
「割と普通だな」
「学院生の一日なんてそんなものですよ。ただ、僕もこの日は午後からどうしても外せない用事があって、ニーナさんのその後はわからないんですよね」
そこまで話してから、クルツは一旦言葉を切った。椅子に深くもたれかかり、一息入れている。
「つまり、ニーナさんは第三階級の試験前日の昼までは学院内に居たってことになりますね」
まとまった情報を確認するように、ステラが声に出して言った。
ルアードはステラの言葉を引き継ぐように、
「ニーナ・アシュトルフォはその三日後、正確には四日後に学院の栽培場で焼死体となって見つかっている。となると、問題は彼女がどのタイミングで殺されたのかってことか」
「まあ、そこ、ですわね」
ルアードに同意するようにシャーロットが頷く。クルツも話の内容を理解しているのか、眉を深く寄せる。
が、そんな中で一人だけ言葉の意味がよくわかっていない人物がいた。必死になって今までの事を手帳に書き写しているステラだ。ステラは申し訳なさそうにペンを走らせていた手を止めて、ルアードを見る。
「あのう。すいません、どのタイミングで殺されたというのは?」
そういえばその辺りを詳しく教えていなかった、とルアードは思い出す。
「今回の件についての謎の一つだよ。ニーナ・アシュトルフォが失踪してから遺体となって発見されるまでの空白があり過ぎるんだ。居なくなってから、その翌日に見つかったのなら調査範囲は絞ることができるが、今回はその期間が三日だ。しかもその三日の間、目撃証言が見つからず、怪しい人物を見たという情報も入ってきていない。ここまではわかるな」
ステラは、はあ、と気の抜けるような返事を返した。
「仮に遺体が発見されたその日に殺されたとしよう。じゃあ、その三日間、彼女が無抵抗だった理由は? ってなる。逆に失踪したその日に殺されたのなら、どうして三日間も遺体が見つからなかった? って話になるんだよ」
ステラから手帳を借りて、空いているスペースに時間軸を書き込んでいく。
第三階級試験当日、ニーナ・アシュトルフォの失踪が発覚。
その三日後に、学院内の栽培場でニーナ・アシュトルフォらしき焼死体が発見。
学院は全寮制で、基本的に生徒たちは学院から出ることは不可能。
学院全域には防犯の為に結界魔術が常時発動していて、外部からの侵入もほぼ不可能。
そして、失踪してから遺体となって発見されるまでの間にニーナ・アシュトルフォ及び、犯人らしき不審者を見たという情報はない。
「つまり、殺害時刻が曖昧なんだ。せめてそれだけでもわかれば、かなり楽になるんだが」
トン、とペン先で手帳を小突く。犯人云々の前に、殺害時刻がわからないのは非常に困る話だ。さすがに三日分の生徒及び教師陣の行動を把握するには骨が折れる。
と、ルアードが頭を悩ましていると、
「それなら有益な情報がありますわよ」
そう言って、シャーロットはクルツを見る。視線の先にいるクルツは、待っていたとばかりに、いそいそと制服のズボンから一枚の紙を取り出した。
「彼は自分なりに今回の事件について調べてますの。まぁ、ほとんど進展はないみたいですが……。それでも、興味深いものが見つかりましたわ」
「これです」
取り出した紙には、生徒の名前が書かれている。クルツに断りを入れてからルアードが中身を確認すると、内容はこの一ヶ月の間に栽培場を利用した生徒のリストだった。
「あれ?」
ルアードの肩越しにリストを覗き見ていたステラが声を漏らす。
「どうした?」
「いえ、その」
そのリストには、栽培場を利用した日付と時間、生徒の名前が記載されている。それを見ると、魔術の触媒として使われている植物などを栽培しているだけあって、かなりの頻度で沢山の生徒が栽培場を利用しているのがわかる。だがステラはそれで声を上げたわけではないらしい。指でなぞって、リストの一番下を示した。
「ここの三日間だけ、栽培場を利用した人がいないんです」
「確かに、ここだけ空欄だな」
「それだけじゃありません」
ステラは日付の部分を指差す。注意してみると、その日付はニーナ・アシュトルフォが失踪した日と同じ日だった。そこから三日間の間、ずっと空欄になっている。
「これって、ニーナさんが失踪した日に亡くなっても遺体が見つからなかった原因になりませんか?」
「まぁ、そうだな」
顔を上げれば、得意げに微笑むシャーロットと目が合った。
「役に立ちそうかしら?」
「ああ。マーベルストン、君はこれを何処で?」
「栽培場です。利用時に記入するリストを許可を貰って、紙に書き写してきたんです」
クルツは空欄の三日間を見て、気になることを言う。
「この三日間、僕は栽培場に行こうともしなかったんです。それで気になって他の人にも確認したら、みんな僕と同じだったんですよ」
「みんな同じだった? それは、誰一人として栽培場に行かなかったという意味か?」
「はい。十人に訊いて、十人がそうでした。少なくとも、一学年の中には一人もいません」
ルアードはシャーロットを見る。
「わたくしもそうですわ。栽培場に行く用事がなかったというのもありますが。……さすがに、二学年全員がそうだと断言はできませんけど」
「ってことは、誰かが学院の生徒たちに暗示系の魔術でも使ったのか。でも、いったい誰が?」
すると、意外にもクルツが即答した。
「僕は教員が怪しいと思います」
即座にステラの詰問が飛ぶ。
「何故ですか」
クルツはシャーロットに視線を一度向けてから、答えた。
「他の人たちはシャーロットさんが犯人だと言ってますが、僕は複数犯の可能性が高いと思ってます。だって、結界魔術と人を丸ごと焼き殺す魔術を一人で同時にできる見習いの魔術師なんて、大陸中を探しても存在しませんよ」
「だから複数犯だと」
「はい。そう考えると、一番怪しいのが教員なんです。教員二人以上なら、今言った高度な魔術も行使できますし、隠蔽もしやすい。なにより、教員の中にはその手の魔術の専門家がたくさんいます」
二人の会話を訊いていたルアードは、一人溜息を吐く。仕事が増えた。生徒を調べるから、教員まで調べ上げないといけないらしい。だが、ベルベットの推理に比べれば、クルツの意見はだいぶ筋は通ってはいるし、子供の想像だと無視するには理論的過ぎる。
「師匠はどう思いますか?」
振り返って、こちらを見つめるステラにルアードは小さく頷いた。それがクルツの推理を肯定したように受け取れたのか、ステラは再び手帳にペンを走らせる。今の推理の内容を忘れないように書き写しているのだろう。
ルアードは氷で薄くなったアイスミルクティーを飲み干してから、 腰を浮かせた。
「貴重な情報提供、感謝するよ。君のおかげで調査が進みそうだ」
ほっ、と安堵の息がクルツの口から漏れた気がした。ルアードの言葉をきっかけに皆立ち上がる。それぞれがそれぞれに挨拶を交わして、喫茶店を出ようとする。
「とりあえず、俺たちは今から栽培場に行ってみるよ」
ルアードがそう提案すると、ステラはピシッと敬礼をした。たぶん、了解しましたと言いたいのだろう。ツッコむ気が失せたので、無視することで対応する。
「すいません、僕は今から午後の授業が……」
「わたくしもこれから用事がありますの」
申し訳なさそうに言う二人に、気にするな、とルアードは手を振った。
そしてシャーロットとクルツと喫茶店を後にして、別れようとした時。ふと、ルアードは首だけをクルツへ向けて、いかにもついでのように訊いた。
「マーベルストン」
「あ、はい。まだ何か?」
「いや、大したことじゃないんだが、君はベルベット・レィンティアという生徒を知っているか?」
「シャーロットさんを犯人だって周りに言いふらしている人ですよね」
「ああ、君はレィンティアがどうしてあそこまで今回の事件にこだわっているのか知ってたりするのかな」
するとクルツは、苦笑して言った。
「確か、ベルベットさんはニーナさんとお友達だったんですよね。友達のニーナさんが亡くなって、彼女の無念を晴らそうとしているのでは?」
それは、ルアードが予想していた通りの答えだった。
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