三章『エルギア』魔術学院殺人事件

調査開始

 そもそもな話で、今回の事件は何をもって解決とするのだろう。カインツから事件の調査と解決を依頼されてはいるが、その具体的な解決としての定義をルアードは何一つ聞いていない。

 理想的なのは、ニーナ・アシュトルフォを殺害した魔術師を捕まえることだが、それは難しい問題だとルアードは考えている。事件発生から時間が経ち過ぎているし、なによりこの数日間の調査で犯人らしき人物の影すら踏めていない現状だ。この状況で犯人を探すのは不可能に近いだろうし、殺人に使用された魔術を細かく解析したところで、結局は犯人を見つける手掛かりにはならないのだから意味がない。

 では、事件を解決とする条件はなんなのか。それはつまり、これ以上の被害者が出ないことが確約された時だろう。その為にも、先ずは手掛かりが欲しい。

 そういう結論から、ルアードたちがベルベット・レィンティアに事件の話を訊きに行くことは、ある意味では必然的だった。


「殺す気ですか!」


 学院長室を出て直ぐの廊下にて。拘束から解放されたステラの怒声が響き渡った。


「学院長室に到着したと思ったら、いきなり猿轡と手錠プレイとか……確実に誤解されましたよ!」


 学院長室を出る時に引き摺られた所為でボサボサになった黒髪をイライラとかきあげ、ステラは実行犯のルアードに向けて怒りの叫び声を上げる。

 あの時のアメリアのなんとも言えない哀れみの視線と乾いた笑みが、ステラの人間としての大切なナニカをゴリゴリと削った。正直、次にアメリアと顔を合わせたら、どんな顔をすれば良いのかわからない。

 ルアードは面倒くさそうにポリポリと耳を掻いてから、ポツリと呟いた。


「仕方ないだろ。おまえ、物理的に黙らせておかないと余計なこと言うし」

「言いませんよ! なんですか、その根拠のない理由!」

「根拠くらいあるっての」

「む……なんですか、その根拠は?」

「俺が心配してるのは、おまえが俺との関係についてポロっと言わないかってことだよ」


 ルアードの言葉に、ステラは一瞬だけ首を傾げた後、


「師匠との関係? ……はッ! まさか、私と師匠のイケないアバンチュール的な関係のことですか!」

「マジで一回死んでくれないかなぁ……」

「声がマジトーンなんですけどォ!」


 二人の会話を聞いていたシャーロットが、やれやれと頭をかかえた。

 出会ってからまだ一、二時間程度の付き合いだが、シャーロットはこの二人が色恋関係とは無縁な関係だと察している。

 なので、この場合のルアードが言う関係とは、魔術師としての師弟関係だろうとシャーロットは予想した。


「そういえば、彼女は貴方に弟子入りしてますのね」


 そう言って、シャーロットは何処か不機嫌そうな態度でルアードを問い詰める。


「わたくしの時は首を縦に振らなかったのに……」

「あっ……いや、それは……」


 小さく呟いた言葉に、ルアードは息を詰まらせた。


「学院を退学した者が見習いを弟子に取る。確かに、うっかりバレでもしたら大変ですものね」

「あはは……そうなんだよなぁ……はぁ」


 過去の罪悪感から、ルアードは歯切れの悪い返答で口を濁す。

 その様子を見たステラが、不思議そうに質問する。


「私が師匠に弟子入りしてるのが問題なんですか?」

「まぁ、問題と言えば問題だな」


 実際、ルアードがステラを物理的に黙らせた理由は、シャーロットが予想した通りの内容だ。

 戦争をしていた時代ならともかく、今日こんにちの時代で学院未卒業生の見習い魔術師が弟子入りするというのはかなり珍しい。しかも師のルアードは学院を退学した落第者。法的に駄目というわけではないが、世間的な目から見れば、二人の魔術師としての関係は非常によろしくないと言えるだろう。


「俺は学院を退学してるだろ? そんなやつが見習いの師匠やってるってバレたら、世間的に色々と面倒なんだよ」

「え、でも師匠は『賢――」

「そんなことよりもだ!」


 うっかりルアードの正体をバラそうとするステラの言葉を被せるように、ルアードが少し大きめの声量で言う。

 これ以上ステラが口を滑らすとロクなことにならない。ルアードは無理矢理に話題を変えた。


「あの子が素直に事件の話をしてくれると思うか?」

「あの子?」


首を捻るステラに変わって、シャーロットが答えた。


「ベルベット・レィンティアですわね」


先ほどの赤毛の女生徒を思い出し、ステラは腕を組んで考える。


「あー……正直、かなり難しいと思います」

「だよなぁ……」


 実際のところどうしたものか、とルアードは頭を悩ませる。ルアードとステラは、この学院では完全な異物だ。最悪の第一印象を与えた二人が乗り込んで行っても、事がスムーズにいくとも思えない。なによりも問題なのは、話を訊きたいベルベット本人がシャーロットのことを嫌悪している点だ。シャーロットと昔馴染みのルアードを間接的に嫌う理由としては、十分だろう。

 さてどうしたものかとルアードが考えていると、シャーロットが全てを察したような表情で言った。


「それなら大丈夫ですわ」

「ほう。なにか案が?」


 ルアードが訊くと、シャーロットはこくりと頷いた。


「案も何も、わたくしがその場に居なければいいだけですわよね。わたくしが居合わせてなければ、彼女もある程度は話をしてくれると思いますわ」

「……一理あるな」


 というよりも、たぶんそれが一番確実だろう。なにせベルベットが最も嫌っているのはシャーロットだ。必然的に、シャーロットがその場に居合わせないだけで事件についての話を聞ける期待値は格段に高まる。

 だが、しかしだ。


「いいのか?」


 シャーロットは、仕方ないと首を横に振った。


「本当はもう少し貴方と一緒に居たかったですけど、わたくしの我儘で迷惑をかけるわけにはいきませんもの」


 随分としおらしい表情で言うシャーロットに、ルアードは眉をひそめる。


「シャロが良いなら、俺は何も言わないが……」

「駄目ですよ! 誤解されたままなんて良くないですって!」


 ステラが猛然と抗議してくるが、ルアードは華麗に無視する。


「それに、わたくしにしか出来ないこともありますわ」

「シャロにしか出来ないこと?」

「言いましたわよね? いい加減、犯人扱いにはウンザリしてると」

「だったら、尚更のこと一緒に行くべきです!」


 驚くべきことに、シャーロットも華麗にステラを無視した。


「ルアードがベルベット・レィンティアから話を訊いている間、わたくしは事件の解決に協力的な生徒から話を伺えるように取り計らいますわ。こんな学校ですから、好奇心や正義感で事件の事を嗅ぎ回っている生徒は多いですし、そんな生徒にいくつか心当たりがありますの」

「シャロ……おまえ、学院でハブられてるんじゃないのか?」

「しばき倒しますわよ」


 ゴキリ、と鈍く重い音がシャーロットの細い指から鳴る。果物程度なら簡単に握り潰しそうな迫力に、ルアードは一人恐怖した。

 シャーロットは一つの教室を指差した。つられて見れば、第五研究室と書かれたプレートが目につく。


「彼女はここの研究生でもありますわ。きっとここで待てば、そのうち会えるでしょう」


 そう言った後、シャーロットは来た道を戻って行く。


「……行くか」

「はい!」


 昼に一度落ち合うことを約束し、その後ろ姿を見送ったルアードとステラは、教室の扉を静かに開けた。

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