はぐれ魔導教士の無限英雄方程式
ファミ通文庫
プロローグ
この腐りかけた世界の救い方の研究
王立魔導研究所をクビになった理由は「金遣いが天文学的に荒いうえに、その使い方があまりにも頭が悪そうに見えるから」だそうだ。
「なあ、ヒドイだろ? 退職金も出ないなんて。再就職先を斡旋しただけでも感謝しろ……だってよ? 何が王立魔導研究所だ。恩知らずにもほどがあるだろマジで」
眼鏡のレンズ越しに学園長がじっと俺を見据える。「それは災難でしたね」と、笑っているのは口だけだ。
綺麗な薄茶色の長髪に、まるでおとぎ話に出てくる騎士のような整った容貌の持ち主は、甘いマスクを間の抜けた丸いフレームの眼鏡で、茶化すように隠している。
年齢不詳の優男。
こんなうさんくさい奴――ルーファス・ホワイトハウスが新しい上司になるのかと思うと、溜息しか出ない。
「で、よりにもよって再就職先が
「ノックもせず入ってくるなり、自己紹介どころか意味不明な愚痴を始める新任教士の方が、よっぽど嫌がらせですよ。カイ・アッシューフォード先生」
「そりゃご愁傷様だな。ルーファス学園長」
彼はさきほどからこちらには見向きもしない。
「当学園が受け皿になると申し出なければ、貴方は危うく無職ですよ?」
小型の端末を手に、通信内容を確認しながら学園長は告げる。従来型が扱える情報は音声や電文くらいなものだが、この男が手にしている最新型になると、加えて画像や動画撮影までできる。通信機器や情報端末は、ここ数年で急速に発展した魔導文明の結晶だ。
とはいえ、相手が同じスペックのものを持っていなければ、そういった情報のやり
とりができないので宝の持ち腐れだな。
つまりは金持ち専用端末である。現在、電文通信している相手はどこぞの高官だろう。
人と話している最中に、相手の目の前でいじくり回すのはどうかと思う。
それもそれとして――男の成金趣味丸出しな性格が、部屋の一角に集約されていた。
備え付けられた大きなガラス棚に、高額で実に美しいマジックロッドが二十八本、
自慢げにディスプレイされていた。
ルーファスが「ただの
人間の魔法力を魔法に変換するマジックロッドは、一部例外もあるのだが魔導士にとって生死さえ供にする相棒であり、身体の一部といっても過言ではない魔導文明の最たる技術だ。決して指紋を綺麗に拭き取って飾っておくトロフィーなどではない。
成金趣味め――そんなイライラが、言葉にトゲを作った。
「無職の方がマシだったかもな。というか……どうしてはみ出しモノの俺を雇うことにしたんだ? 魔導士のランクだって低いのに」
「王立研に籍を置いていた魔導士が、最低レベルのFランクというところに浪漫を感じるじゃありませんか。資料によると貴方は、白黒どちらの系統魔法も“それなり”に扱える特異体質だそうですね。本来、魔法の才能は生まれ持った性別のように、どちらかと決まっているもののはずですが……その点もまた大変興味深いです。非常勤での雇用になるのが申し訳ないくらいですよ。なんなら生徒全員に教えていただきたいくらいだ」
常勤教士なんて面倒は、こちらから願い下げだ。学園長は冗談っぽく笑いながら続けた。
「そんな才能溢れる貴方には自由にやっていただきたいと思いますが……とはいえ、大人の事情もありまして。貴方もここの卒業生なのですから、当然、門下生制度のことはご存じでしょう?」
「ああ、エコヒイキなアレか。まだあったんだな」
門下とは平たく言えば、教士が気に入った生徒を加えるゼミナールだ。
十数年前――俺が生徒だった頃と、学園の状況はさほど変わらないらしい。
選抜されたエリート集団と言えば聞こえは良いが、お気に入りの生徒を集めてデカイ面をしたい教士と、それに取り入りたい生徒たちが共依存するための制度だ。
「エコヒイキとは手厳しい。しかし非常勤の貴方にも、そのエコヒイキだけはしてもらおうかと思います。才能に溢れるものの……少々問題を抱えた生徒を、貴方の門下に加えていただきたいのです」
引っかかる言い方だな。愉快げなルーファスに訊く。
「手に負えない問題児でも押しつけようっていうのか?」
「いえいえ。凡人には触れることさえ許されない、大粒の原石というやつですよ」
「そこまで言うなら学園長が直接指導すればいいんじゃないか? 立派なマジックロッドのコレクションが、使われもせず泣いてるぜ?」
ルーファスはちらりと部屋のガラス棚に視線を向けた。磨かれてトロフィーのように飾られたマジックロッドに目を細める。
「あれらはあくまで観賞用です。私自身は魔導士としては凡人以下ですから。もっぱら運営や経営が専門です。ハッタリと政治力と謀略とスキャンダルを駆使して、やっとこの地位を手に入れたんですよ? いやあ、ここまで来るのに苦労しました」
「そりゃすごい。聖職者の鏡だな」
俺の皮肉を意に介さずルーファスは続けた。
「学園の生徒たちをこの部屋にあるコレクションのように磨き上げ、価値を高めて出荷するのが私の仕事です。より高い値が付くようにね」
ある意味すがすがしいクズっぷりを隠そうともしない。ルーファスが軽くせき払いを挟んだ。
「えー……雇用形態と基本給については事前にお伝えした通りです。肝心の特別報賞ですが、定期的に行われる試験演習で門下生が良い成績を修めれば、それに見合う額を支給することになっています……ところで」
眼鏡のフレームを中指でクイッと押し上げながら、ルーファスは俺を見据えた。
「王立魔導研究所ではどのような成果を上げられたのですか? ひとかどの研究者だったと伺っていますが、情報がそれくらいしかなくて……」
たとえ辞めさせられたあとでも、俺の個人情報は王立研の極秘扱いか。
「蒸し返すようで悪いが、よくもまあ、名前と前の職場と、ちょっとした得意分野くらいしか情報の無い奴を雇おうと思ったな」
「私は他人よりも直感が働くようで、掘り出し物を見つけるのが得意なんです。それで……王立魔導研究所を追い出されるまで、いったいどのような研究をなされていたんですか?」
「聞いてどうする?」
「他の教士や生徒にカイ先生の存在感をアピールするには、専門分野を推すのが一番手っ取り早いでしょう? 王立研出身という箔を付けるお手伝いをしようかと思いまして」
とてもじゃないが「この腐りかけた世界の救い方の研究」なんて言えないな。
「
「おっと、そうでしたか。どことなく“本物”の気配がしたのですが……では、時は金なりと言いますし、そろそろ門下候補の生徒に会ってもらいましょう。二階の面談室に待たせてありますから、さっそく向かってください。後のことはすべてお任せします」
「春休みなのに生徒が来てるのか? 顔合わせは新学期からだと思ったぞ」
「門下を持っていただくのが貴方を雇用するための大前提ですから、学園の規則で新年度の始業までに門下生が一人はいないと困るんですよ。王立研のエリートなら勧誘するくらい簡単でしょう?」
学園長が青いファイルを俺に手渡した。
受け取って俺は学園長室を後にする。これから会う生徒を門下に加えられなきゃクビってことだよな。きっと。
はぁ……面倒くせぇ。どこか他に行く当てがあれば、速攻でクビになってやるのに……全部、手厚い住宅手当が悪いんだ。
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