まさに一石二鳥ね!

 咄嗟にローザがマジックロッドを抜く。


「なんでこんな所に異形種がいるわけ!?」


 ローザの瞳に黒い炎のような殺気が宿る。

 そんなローザの手首を軽く掴んで制止しながら俺は首を左右に振った。


「待てローザ。よく見ろ。異形種は檻に閉じ込められている」


 これにはリリィも目を丸くする。


「おかしいですわ! 異形種は捕獲するとしばらくののちに、自壊してしまうと……だから今まで、その生態の研究がうまくいかなかったはずですのに!?」


 学園の授業で習う教科書通りの反応だ。

 異形種は捕獲された場合、その場で自壊してしまう。そのタイミングは数百秒。個体によってまちまちだ。


 この特性を利用して、結界に閉じ込め続けることで自壊を待つ戦法をかつて試したこともあったが、そうなるよりも前に攻撃魔法をぶち込む方が早かったので、あえなくボツったのが懐かしい。


 どうやったのかはわからないが、異形種を自壊させずに捕獲するというのは俺が知らない技術だった。


 アオイは得意げに続ける。


「教科書が書き換わる日が近いね。異形種の捕獲は可能……なんて小さなことは言わないよ。ボクの研究と実験が成功すれば、世界は救われるんだ」


 その瞳は純粋に純真で、年齢相応の夢に溢れていた。


 リリィが興味深そうに研究室内に入ると、明かりに吸い寄せられる羽虫のように、ふらふらと檻に近づいた。檻の目前でしゃがみこむ。今にも手を伸ばして、檻や中の異形種に触れたい……ところを、じっとこらえているようだ。


「不思議ですわ。どういった技術ですの? それに、どのような実験をしますの?」


 アオイは両腕をがばっと広げた。


「凡人たちは異形種をただの恐ろしい敵としか思っていないのに、リリィさんはとっても素晴らしいね。凡人ほど自分から檻に近づいたりしないし、ましてや攻撃しようなんて、脳みそが硬化してる証拠だね。その点、リリィさんは柔軟で、先入観っていう鎖から思考が解放されているようだ」


 もったいぶりつつ、敵対行動を取ったローザを凡人扱いしながら、リリィを持ち上げるアオイ。バスティアンもここは好きにさせるつもりなのか、静観の構えだ。


 皮肉を返すまでにリリィはアオイの言葉にハッとした顔になった。


「異形種を敵としか思えない……味方にするということかしら? 話し合いは通じなさそうですけれど、なにか意思疎通の手段があるなら……」


 この戦いを終結に導けるかもしれない……か。それができたなら確かに世界の救世主だ。


 アオイは人差し指を立てて「チッチッチ」と振る。


「味方にはならないよ。だけど……もっとすごい利用法があるんだ。ボクが研究で取り組んでいる課題は魔法力問題さ。魔法力が集まる土地は限られているでしょ? そのほかの魔法力発生装置も、風力なら風が止めばおしまいだし、地熱や波力や水力にも限界がある。けど、無限の如く湧き続ける異形種の活動エネルギーを利用できたとしたら?」


 なるほど。俺はつい、口を挟んでしまった。


「異形種の魔法力化か」


 眉間にしわを刻んでアオイが俺の顔を指さす。


「ちょっとカイ君さぁ。これからが良いところなのに空気読んでよ……」


 どうやら正解だったらしい。そのアイディアをアオイ自身が考えついたというなら、たいしたものだ。アオイは溜め息混じりに続けた。


「ハァ……まったくもう……当てずっぽうって怖いね。けどまあ正解。おめでとうカイ君。バスティアン先生と共同研究中なんだけど、もし異形種を魔法力にできたとしたら……その魔法力で人類はなんだってできるようになるんだ。例えば……異形種から取り出した魔法力を人体に直接注入して、魔法力を回復させる……とかね。魔晶石を落とすまで延々戦うなんてナンセンスさ。異形種は人類の脅威じゃない。恩恵にして福音なんだよ」


 その言葉にローザのハネっ毛がピンと立った。


「なにそれずるいわよ! けど……すごいじゃない! 魔法打ち放題になるの?」


「やっと凡人にもボクの凄さが理解できたみたいだね」


 魔法力切れに悩まされっぱなしのローザには、もしその技術が確立できたなら朗報だな。


 まあ、憎むべき相手である異形種から力を得るというのは、複雑な心境かもしれないが。


 ローザはぎゅっと拳を握った。


「異形種をもって異形種を倒す……まさに一石二鳥ね!」


 複雑な心境ではなかったか。意外にシンプルだなローザ。

 リリィはというと、俺をじっと見つめていた。


「あの、カイ先生……もしその技術があれば……治療にも役に立つのではありませんかしら?」


 俺の魔法力を回復するには、莫大な魔法力が必要になる。が、誰の魔法力でも良いというわけではなかった。魔法力の絶対量で俺を上回り、かつ波長が合わなければならない。


 魔晶石で代用も不可だった。高出力には違い無いが、人間の波動と相容れないのだ。


 そもそも、魔導装置が作られるようになったのも、人間がそのままでは活用できない竜脈や魔晶石の持つ莫大な魔法力を利用するためである。もし、竜脈の魔法力や魔晶石の魔法力を直接使えるような人間がいたら、間違い無く世界最強だ。


 俺は小声でリリィの質問に返した。


「難しいだろうな。異形種の魔法力化って着眼点は素晴らしいんだが……まだ実験は一度も成功してないだろうし」


 俺の言葉にアオイの顔から血の気が引いた。


「な、なにを根拠にそんなことを言うんだ?」


「どういった理論かも大体、見当はついているんだ」


 なにせ以前に同じ事に挑戦したのだから。まあ、俺の場合は理論だけだったし、こうして異形種を捕獲する術も無かったから実験段階にも進めなかったわけだが……。


 アオイが俺を憎らしげに見据える。


「デタラメ言うなよ旧式!」


 過去の人扱いはむしろ歓迎だが、枯れた技術の旧式だってまだまだやれるんだぜ。不安定な新型より動作が安定しているからな。


 せき払いを挟んで俺はアオイに返した。


「……それじゃあ訊かせてくれ。異形種から魔法力を抽出した際に、その波長は人間のそれとはまったく違うものになる。無理に取り込めば、人間側が拒絶反応を起こして、最悪死に至るはずだ。その解決案は見つかったのか?」


 過去に自分がぶち当たった壁を投げつけた途端、アオイは金魚のように口をパクパクとさせた。


「な、なんで……なんでなんでなんでなんで!? まだバスティアン先生しか知らな

いのに、なんでそのことを知ってる!? そうか……どうやったかわからないけど、ボクの研究を盗み見たんだな! この泥棒!」


「昔、同じような課題に取り組んだことがあったんだ。異形種を資源にするっていう思考に行き着いたのは立派だぞアオイ後輩」


 アオイは悔しそうに瞳に涙までため込んだ。


「うっ……うう……そうか……わかった。旧式のポンコツロートルだと思って見くびってたよ」


 俺に対する警戒レベルを一段引き上げた。そんな印象だ。

 ちなみにローザとリリィはというと――


「さすがですわカイ先生! 元王立研の主任研究員にして、わたくしの先生ですわね。とても誇らしい気持ちで胸がいっぱいです」


 嬉しそうにぷるんぷるんと上下に揺れる二つの丘から、俺は視線をゆっくり外した。


 ローザも「まあ当然よね。カイの場合、誰かさんとはくぐってきた修羅場の数が違うもの。カイは十年前の大戦でシディアンと共闘したことがあるのよ! すごいでしょ!」と、こちらもこちらで自分の事でもないのに得意げだ。


 シディアンとレイ=ナイト。二人と共闘した……ということにはしているが、ローザにもリリィにも「同じ戦場にいたかも」程度の伝え方しかしていない。

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