講義三 救世のプラン

やめておけ。国家機密だ


 第一研究棟のラボをいくつか見学させてもらったのだが、俺が見知っている魔導士は一人も残っていなかった。バスティアンの言った“異動した”という言葉を疑ったわけではないが、こうもさっぱりと痕跡が無くなるのは味気ない。


 変わらないのは建物と施設だけのようだ。


 まあ、おかげでローザとリリィに過去をほじくり返される心配は無くなったな。


 それぞれのラボが進めている研究の内容はまちまちだった。だが、正直なところどれもパッとしない。こんな言い方はしたくないが、以前の方が活気があったように思える。


 それでもリリィは見学を楽しんでいた。防御魔法を研究しているラボでは、そこの主任を質問責めにして理解を深めていた。


 黒魔法の研究をしているラボは、この第一研究棟には無いのでローザは終始、あくび混じりだった。


 そんなラボ巡りの取りを飾るのは、アオイとバスティアンの教導研究室となった。場所は西館の端――かつて俺のラボだった研究施設だ。


 長い廊下を歩きながら、ローザはつまらなさそうにあくびをもう一つ重ねた。


「ふああぁ……もっとこう、おもしろそうな研究はないわけ? 超最強無敵のすっごいマジックロッドとか、第十階層に分類される極大破壊魔法とか」


 アオイが「これだから黒魔導士って野蛮なんだよね。研究分野で大成できないのもしょうがないかな?」と、皮肉った。


 俺が知る王立研の魔導士の比率は7:3で白魔導士が多い。これは気質の問題で、才能のある黒魔導士ほど前線に出たがるから仕方の無いことだ。


「あんたさっきから、いちいち絡んでこないでくれる?」


「ボクは事実を言っただけじゃないか? 怒りっぽいと小じわが増えるよ、おばさん♪」


「な、なによ! おばさん扱いとは失礼ね! 年齢だって二つしか違わないじゃない?」


「それならなおさらボクに敬服しなよ? たかが学園の生徒じゃないか? 二つ年下のボクは王立研の主任研究員なんだぞ」


 コツン……と、バスティアンの拳がアオイの脳天に落ちた。体罰とはほど遠い、優しい鉄拳制裁だ。


「いい加減にしなさいアオイ。ローザさんと言いましたね。大変失礼いたしました。ほら、謝りなさい」


 バスティアンが小さく頭を下げると、ローザは勝ち誇ったように胸を張った。


「ええ、わかればいいのよ!」


 すかさず俺がローザの後頭部を押さえつけるようにして、頭を下げさせる。同時に俺も謝罪した。


「すまん。ローザはその……ちょっとアレなんだ」


 下を向いたままローザが口を尖らせ、小声で呟く。


「アレとはなによ! 先にふっかけてきたのは向こうなのに!」


「見学態度がなってないんだからイラつきもするさ。まったく学園のレベルの低さに溜め息しか出ないね。入学しなくて正解だったよ」


 アオイもローザも納得していないようだが、バスティアンはローザに諭すように言った。


「今は黒魔導士の主任研究員は第一研究棟にいないんですよ。明日、黒魔導士が多い第三研究棟の見学ができるように、こちらから話を通しておきましょう」


 さすがのローザもバスティアンの厚意には素直な反応だ。


「あ、ありがとう……ございます」


 言い慣れていないとはいえ、お礼を言うのに若干口ごもるのも直さなくちゃな。

 まあ、ローザからまがりなりにもお礼の言葉が出ただけ良しとしよう。


 ゆったりとした歩幅で進みながらバスティアンは続けた。


「そうそう……これは異動した白魔導士の研究員から聞いた噂なんですけどね……かつてこの第一研究棟には、ラボに誰も寄せ付けず、じっと一人で引き籠もっては湯水のように研究費を使う謎の“幽霊主任研究員”がいたそうです。もしかして、カイ先生ならご存知なんじゃありませんか?」


 俺は「あ、ああ。そんな噂はあった……かもな」と、言葉尻を濁した。なにを隠そう俺のことだ。バスティアンは意図のような目を一層細める。


「その主任研究員の研究分野は王立研の上層部によって秘匿隠蔽されているので、なにをしていたかを知る者は、同じ研究員にはいなかったそうなのです。そして……真偽のほどは定かではないんですけどね、十年前の大戦の英雄――シディアンとレイ=ナイトが使用したという、伝説のマジックロッドを作成したのも、その研究員ではないか? と、まことしやかに囁かれていたそうです」


 俺はなんとなく視線を斜め上に外した。

 ローザとリリィが瞳を宝石のようにキラキラと輝かせる。


「え、それ本当なの!?」


「こちらの施設にレイ=ナイト様がいらしたんですか!?」


 バスティアンは「さあ、そこまでは。開発したものを受領に二人の英雄がやってきたという話は……そういえば耳にしませんでしたね」と返した。少女二人ががっくりと肩を落とす。紫色の髪を軽くかくようにして、申し訳なさそうにバスティアンは続けた。


「いや面目ないです。しかし、幽霊主任研究員の手によって生み出され、二人の英雄が使用したそのマジックロッドは、現在ではどういうわけかこの第一研究棟の機密保管庫に保管……いえ、厳重に封印されているのだとか……。まあ、噂ですから本当にあるのかは眉唾ものですよ」


 ローザがもじもじと膝をすりあわせるようにした。


「あ、あ、あのバスティアンさん! そのマジックロッドを一目でいいので拝むことはできませんか? 第三研究棟よりも、そっちの方が……無いなら無いであきらめますから、保管庫の中を見せてくださいお願いします!」


 あのローザが敬語!? しかも隣でリリィも「是非わたくしからもお願いいたします。レイ=ナイトさまの痕跡に触れられる機会なんて、コレを逃せば二度と無いかもしれませんわ!」と、熱の籠もった瞳で懇願した。


 ますます困ったように眉尻を下げてバスティアンは二人に告げる。


「さすがに私の権限ではご要望にお応えできそうにありません。機密保管庫には幾重にも結界が張られています。解錠するには三百人議会の議員――その過半数の承認が必要です。おいそれとはいきませんよ。先日の襲撃以来、キャピタリアも警戒レベルの引き上げがあったりと、何かと浮き足だっています。被害を受けた学園都市復興のために、議会で決めなければならないことは山積みのようですから……すみません。お力にはなれそうになくて」


 機密保管庫と言えば聞こえはいいが、用は現体制の維持に邪魔な技術や魔法を封じ込めたパンドラの箱だ。学園の生徒に公開するようなものじゃない。


 ずっと黙っていたアオイがローザに勝ち誇ったような笑みを浮かべた。なにも言わないが、その表情からして「ミーハーの追っかけ気分で機密に触れようなんて浅慮にもほどがあるよね」と、言わんばかりだ。


「むきー! ぶっ飛ばされたいの? っていうかぶっ飛ばす!」


 猿か! わかりやすい怒りを発露させたローザを諫めつつ、俺は心の中で溜め息を吐く。


「やめておけ。国家機密だ」


 俺の技術と潤沢な研究費をつぎ込んで、アップデートを重ねてきた愛用のマジックロッド「黒獣」と「白夜」が、国家を揺るがす機密の仲間入りをしたなんて、ずいぶん出世したものだな。こうなった以上は、俺の手に戻る可能性は万に一つもなさそうだ。


 先導していたバスティアンが足を止めた。


「さて、こちらがアオイと私の共同研究室になります」


 真っ白な壁の前にネームプレートが下がっている。ノブも取っ手もない自動扉だ。主任研究員か、それに認められた一般研究員が扉に触れることで解錠されるようになっていた。


 アオイが自慢げに笑いながら自動扉に触れる。


「せっかくだから見ていくといいよ。ボクの素晴らしい研究をね」


 扉が開くと中には……いくつもの檻が並んでいた。布をかぶせて中身が隠されているものもある。


 オープンになっている檻の中で蠢くのは、人間の子供くらいの大きさの蟻型異形種ワーカーアントだった。

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