だから戦友? みたいな


 大会二日目。その日の試合も全て危なげなく勝利して、ローザとリリィのペアは三日目の準決勝に駒を進めた。


 試合を終えるやいなや、客席で見物していた俺の元までやってくるなり、二人は目を輝かせる。


「二人とも今日も良くがんばったな」


 ローザが口を尖らせる。


「これだけ勝ってるのに、応援してくれるのはカイだけって……なんかムカつくんだ

けど」


 リリィが口元を緩ませた。


「仕方ありませんわ。白か黒かで対立しているのですもの。とはいえ、異形種という共通の敵を前に、こうも魔導士同士がいがみ合うのは寂しいことですわね」


 ローザが「ふぅ」と息を吐く。


「っていうか、卒業したら戦士みたいな脳筋連中とも一緒に戦わなきゃいけないのよね……気が重いわ」


 それには俺も同意だぞローザ。戦士の連中は自由闊達だが、いささか奔放すぎるきらいがあるからな。

 そう、言いかけたところで、背後から声を掛けられた。


「あっ! カイじゃんお久しぶりー! 元気してた? あれ? ちょっと痩せたんじゃない? ちゃんとご飯食べなきゃだめだよ?」


 思わず「げっ!?」と声が出る。

 振り返るとそこには、金色の瞳に燃えるような紅い髪の少女が立っていた。

 肩口くらいの長さに切りそろえた髪が、さらさらと風に揺れる。軽鎧に腰の剣と、魔導士とは一線を画す風体だ。


 いや、そもそも少女は言い過ぎなんだ。見た目こそ生徒より少し上か……という感じだが、こいつは立派に二十代のはずである。


 ローザとリリィがキョトンとした顔で、同時に首を傾げた。紅い髪の少女(?)は金色の目をくりくりっと丸く見開く。人なつこい小動物のような仕草だ。


「うあああ! ねえねえカイ? もしかして隠し子?」


「んなわけあるか! こんなデカイ子供がいるような年齢じゃないぞ」


「そっかー。うふふごめんね! まだおじさんって年齢じゃないもんねー」


 明るい口振りで、まるで小鳥が歌うように軽やかにおしゃべりをする彼女は、俺の古い戦友でもあった。


「で、なんで戦士養成機関の教官殿がこんなとこにいるんだ?」


「えっとねー。今度、訓練生のうちからでも合同演習とかしようって話になって、そのための下見に来たんだよ? って、あれ? カイって王立研の研究者だよね?」


 なれなれしい口振りも相変わらずだ。


「あそこをクビにされて、今は学園で非常勤教士だ」


「えええ! 嘘おおおぉ!? じゃあじゃあこの二人って訓練生……じゃないや生徒さん? わあああ! カイってどう? ちゃんと教士できてる? 変なこと教えられてない? 変な人だもんねー?」


 ローザとリリィは俺の旧知を睨みつけた。


「ちょ、ちょっと……あんた誰? カイになれなれしいんだけど」


「そ、そそそそうですわ! カイ先生とはどのようなご関係ですの?」


 彼女は金色の瞳を細めてニッコリと笑う。


「関係ってそれほどでもないんだけどぉ……ずっと前に一緒に戦ってたんだよね。だから戦友? みたいな」


 ローザもリリィも信じられないというような顔だが、二人に向けて俺は頷いた。


「本当だ。紹介するよ。こいつはアストレア・ヴォードウィン。世界を救った勇者様ってやつだ」


 ピースをすると目の縁にあてて、彼女はぺろっと舌を出してみせた。


「よろしくねー! うふふ驚いた? わたしが自己紹介すると、みんなびっくりするんだよねぇ。けど、本当だよ? 本物だよ? こう見えて結構強いんだよ?」


 三英雄が一人と知って、ローザもリリィも背筋がピンとなる。


「う、嘘……でしょ? え……だって……ええええええ!?」


「ではレイ=ナイト様とも共闘されたのですか!?」


 信じられないのも無理は無い。勇者とは思えない外見に態度だからな。

 普段はあまり大きな声を出さないリリィまで声を張る始末だ。


 さらにいえば、今もペア戦がステージ上で繰り広げられているのだが、騒ぎに気付いた生徒たちがこちらに視線を集めて固唾を呑んでいた。試合などそっちのけである。


 アストレアは子供っぽく「うん!」と頷いた。


「そうだよ。えっとねぇ……」


 彼女はちらりと俺に視線を送る。それに目配せして返す。彼女はこちらの事情を知る数少ない人間の一人だ。


「レイさんとは、むか~し一緒に戦ったけど、今はどこで何してるんだろうねぇ?」


 リリィが力の抜けた声で「やはり行方不明なのですね」と、落胆の声を漏らした。

 続けてローザが一歩前に出る。


「それじゃあシディアンは!? 今、どこにいるかご存知ではありませんか!?」


 俺にはため口なのにローザめ……敬語が使えるじゃないか。


「しーらない! あはははは!」


「シディアンってどういう顔なんですか!? 当時の年齢はいくつくらい?」


「うーん。忘れちゃった」


「どんなマジックロッドを使うの!?」


 アストレアの適当さに、あっという間にローザの言葉使いのメッキも剥がれたようだ。


「ええぇ。わたし戦士だからそういうのちんぷんかんぷんなんだぁ。力になれなくてごめんねー!」


 ウインクしながらアストレアはローザに謝罪する。


 ローザは「忘れたって……あり得ないわ」と呟いた。とはいえこれ以上、何を訊い

てもアストレアは「わかんなーい」で通すだろう。


 三英雄の存在は誰もが知っているが、その姿は基本的にあまり広く知らされてはいない。


 プロパガンダに利用されるのを、本人たちが嫌ったからだ。

 とはいえ、どうしても表舞台に立たなければならない場合に限り、その役目を担っていたのが勇者アストレアである。


 俺は改めて門下生二人をそれぞれ、アストレアに紹介した。


「この押しの強い方が黒魔導士で二年生のローザ・ワイルドだ。実に見込みのある奨学生だぞ」


 俺の紹介が気に入らないのか、ローザは「止めてよはずかしい」とうつむいた。


「そして、彼女は白魔導士のリリィ・ヒルトン。家名くらいは耳にしたことあるだろ?」


 家名を出されてリリィは少し不機嫌そうだが、それを聞いたアストレアは「うんうん! 知ってるかも! 偉い人でしょ?」と、あっけらかんと言ってのけた。

 そのまま続ける。


「えっとねー。カイは変な所もあるけど、きっと良い先生になると思うんだ。だから二人とも、お勉強がんばってね! それじゃーねー!」


 最後に指先を口元に当てて、俺に投げキッスをぶつけるとアストレアは去っていった。

 まるで小さな嵐だな。相変わらず場をかき乱すだけ乱していきやがって。

 周囲の生徒たちがざわつきっぱなしだ。


「勇者って……本物か? 嘘だろ」

「じゃあ、勇者と顔見知りあの教士って、大戦の生き残りなのか?」

「だったら混合ペアが強いのも納得だけど……」

「勇者と知り合いって噂を流して有能アピールしてるに違い無いって」

「だよな? 今のも勇者って性格じゃないじゃん? めっちゃ軽いし」

「けど嘘ついたって調べればわかることだろ?」


 だんだんと騒ぎが大きくなってきたな。退散した方がいいかもしれない。


「行くぞ二人とも」


「えっ!? けど、このあとの試合も観ておいた方が……」


 ローザが声をあげた。次の試合に登場するのはマルクス門下の一番手ペアだ。あの紳士風が俺を懐柔しにきた時点で、その実力はお察しである。


「いいんだ。それよりクールダウンをきっちりして、明日の試合に疲れを残さないようにしておかないとな」


 するとリリィが俺の腕を抱くようにくっついてきた。


「でしたら、カイ先生にはマッサージをしていただきたいですわ。最近、特訓続きですっかり肩がこるようになってしまって」


 母猫に甘える仔猫のように、甘ったるい声で鳴きながらリリィはすり寄る。

 ローザが反対側の腕を掴んで強引に俺ごとリリィも引っ張った。


「い、行くわよ二人とも! カイも鼻の下伸ばさないでよ」


「伸ばしてないぞ!」


 周囲の目を気にして立ち去るつもりが、かえって目立ってしまったが……ともあれ、明日の二試合を勝ち抜けば、晴れて二人がペア戦の頂点に立つわけだ。


 それにしても……戦士養成機関で教官をしてるって噂は聞いていたけど、アストレアが学園に来るとは意外だったな。


 あいつが教官というのも、どうにもピンと来ない。


 本来なら人類にとっての橋頭堡とも言える、前線基地の司令長官兼任最終兵器が適任のはずだが。


 っと……王立研を追われて学園の教士をしている俺も似たようなものか。

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