試験演習

このまま続ける?

 試験演習期間が開幕した。試合数が多いことから、日程は五日間。ローザとリリィが参加する二年のペア戦は、初日から三日目までに行われる予定である。


 学園内にある各演習場で試合が進められる中、客席も備え付けられた第一演習場がペア戦の舞台となった。


 今も、ステージで二組のペアが互いの技を競い合っている。

 最前列の客席で俺も観戦中だ。


 ローザ&リリィ組VSマルクス門下の三番手ペアの女子二名という対戦カードである。


 俺の門下生二人は戦闘開始から終始、マルクス門下生の二人を圧倒し続けた。


 相手の強化魔法は妨害し、常にこちらが主導権を握り続ける。攻撃準備が整うまで攻めてすらこない白魔導士コンビを相手に、一度も有効打を撃たせることはない。

 試合開始から三分。早くも決着の気配だ。


 ローザの組み上げた黒の第七界層――雷帝が、遮蔽物のないまっさらな仮想戦場で、のたうつように暴れ回った。


 威力も精度もこれまでにないレベルだ。まあ、ここまで強力な魔法でなくてもいいのだが、華々しい初戦快勝を飾るには、派手なのも良いかもしれない。


 これだけの火力があると、全生徒に見せつけるのも戦略のうちだ。

 禍々しいほどに強大な雷撃のほとばしりに、対戦者の二人が青ざめる。


「嘘でしょ!? こんなに早く、ここまで完璧な七階層の魔法公式が組めるわけないわ!」


「驚いてないで防御に専念して!」


 焦るマルクス門下生の二人だが、それも当然だろう。戦闘開始の時点で、リリィがローザに白の第六階層――加速の魔法をかけたのだ。ただでさえ高速なローザの構築速度が上がっている。


 ローザが吠えた。


「いっけえええええええええええええええええ!」


 激しい雷撃が収束して一匹の巨龍のように迫り、敵を呑み込まんとする。


 対戦相手の白魔導士ペアは輝盾でそれを防ごうとするのだが……甘い。


 ローザの放った雷撃の嵐をかろうじて防ぎきったまでは良かったのだが、それで相手の防御は完全に瓦解した。


 立て直しに最速でも五秒はかかる。が、ローザも渾身の一撃を放ったため、追撃には移れない。


 その穴を埋めるように、すかさずリリィが光弾を連続発射した。間髪入れないリリィの攻撃に、光弾の連打を浴びて対戦者の一人が戦闘不能判定となる。


 残る一人にローザとリリィはぴったり同じタイミングで、マジックロッドとワンドの先端を突きつけた。


「「このまま続ける?」」


 対戦者の女子生徒はふるふると首を左右に振ると、審判に敗北を宣言したのだった。




 初戦を圧勝で終えた二人に会場内はざわついていた。

 参加したマルクス門下の三ペアの中では、一番下っ端ではあったが、それでもマルクスが送り込むだけあって、実力はなかなかのものだ。


 でなければローザの雷帝の余剰威力だけで吹っ飛ばされて、二人まとめてステージ場外に落ちていただろう。


 勝者に拍手は無い。白魔導士が勝てば白魔導士が賞賛し、黒魔導士が勝てばその逆のことが起こるのだが、白と黒、二人の勝利にどちらの陣営も息を呑むばかりだ。


 俺は独り、二人に向けて拍手を送った。


 ステージ上でそれに気付いてこちらに視線を向けると、ローザは「は、恥ずかしいからやめてよ!」と声を上げ、リリィも眉尻を下げて困り顔だ。


 続く第二試合のため、二人がステージを降りたところで、俺の隣に紳士風がやってきて告げた。


「いや、困りましたねカイ先生。まさか私の元門下生に黒星をつけるなんて……」


 お互いに肩を貸すようにして身を寄せながら、敗戦した白魔導士ペアもステージを離れていく。それをマルクス・アルテベリは忌々しげに見つめていた。


「元って……あの二人はあんたのところの門下生だろ? たかだか一敗したくらいで破門とは狭量なこったな」


「口の利き方が相変わらずなっていませんよ。あのような無様な試合運びしかできないとは、思ってもいませんでした。無能は我が門下には不要です」


「無能って……ローザの雷帝を防ぎきったんだから、それだけでも大したものだろ?」


「アレを撃たせた時点で負けだというのに……まったく、ただ門下に所属するだけで、何も学んでこなかった証拠ですね」


「何も教えなかった……の間違いじゃないのか?」


 紳士風の表情が途端に苦々しくなった。


「才能のある者は手取り足取りせずとも、自ずと頭角を現すものですよ?」


「実力主義を振りかざすなら、なんで組織ぐるみでトーナメントに臨むんだ? ローザとリリィに負けたあの二人も、順当に勝ち進んでいけば、そちらの一番手ペアと当たるよな? 同門対決になった場合は、一番手ペアに三番手が道を譲る手はずになってるんだろ?」


「誤解しているようですねカイ先生。私が指示しなくとも、絆を尊ぶ白魔導士の結束がそうさせるのですよ。黒魔導士のような個人主義の凶暴な連中に、ペア戦の優勝などさせるわけにはいかない……とね。彼ら彼女らの自由意志によって、より強いペアを残すことの何が悪いというのです?」


 徒党を組めない相手が悪いと言わんばかりだ。


 しかもたちが悪いことに、それらはすべて生徒自身の考えという“てい”である。

 俺は溜息混じりに返した。


「そこまでして勝つ意味はあるのか?」


「勝てない人間ほど、勝つ意味があるのか? などという愚問を振りかざす。勝利を知らない負け犬の常套句です。はぁ……嘆かわしい」


「他に用件が無いなら消えてくれ」


 マルクスは肩を軽く上下に揺らした。やれやれという顔で続ける。


「まだまだ若いですね貴方は。私は敵対するためにやってきたのではありません。実は近々、私の専用研究室が完成予定でしてね。これも学園に奉仕してきた長年の功績が、認められた証でしょう。そこで、現在使っている研究室が空くことになるのですが……もしよろしければカイ先生。貴方にお譲りしようかと思いまして。広くて快適ですよ? 機材も私の使い古しですが、物置のゴミと比べるまでもなく高性能かつ良質です。それらをまとめて進呈しようじゃありませんか? そして門下の垣根を越えて、我々で研究提携をするのです。必要とあれば資金も提供しましょう。元研究畑の貴方には悪い話ではないでしょう?」


 だから今回は負けろ……と、いうつもりらしい。

 露骨な買収工作だ。それだけローザとリリィの力に脅威を感じている証拠だった。


 もう隠そうとも思わない。こちらも我慢の限界だ。最後通告のつもりで返す。


「試験演習で戦っているのはローザとリリィだからな。説得したきゃ二人に直接言えばいいだろ? 二人が強すぎてうちの門下じゃ歯が立ちません負けてください……ってな」


 マルクスの表情が引きつった笑みになる。


「確かに強いですね。まるで何か不正でもしているかのような強さは、正直なところ想定外です……実際、試合で使う機器の不正を働いた黒魔導教士が、過去に解雇されていますからね。黒魔導士という人種は信用なりません」


 そんなことがあったと言われても、それはやった個人の問題だろうに。黒魔導士全部をひっくりめるようなレッテル貼りだ。


 マルクスは不機嫌そうに続けた。


「貴方が教えている黒魔導士には興味がありませんが、もともと才能に溢れるリリィ・ヒルトンなら、指導を受ければ開花することは明白でした。できれば私の手で……と、思っていたのですが、そんな彼女の力を引き出した貴方のことも、私は評価しているんです」


 この期に及んで手を差し出し、マルクスは握手を求めてくる。

 俺は手の甲でそれを叩くように退けた。


「失せろ」


 これ以上、この男に言葉を選ぶことさえ面倒だ。そもそも俺という人間は、興味の持てないものに対して、この上ないほどに怠惰なのである。

 マルクスは自分の右手を左手でさするようにしながら頷いた。


「いいでしょう。これが最後のチャンスだったというのに、それを拒んだ貴方が悪いのですよ。せいぜい覚悟してくれたまえ……カイ先生」


 皮肉混じりの呼び方をして、くるりと背を向けてマルクスは去っていった。




 初戦で圧倒したローザとリリィは順当に勝ち進んだ。その間、二人は何度も客席にやってきては俺にアドバイスを求めるため、試合ごとの総評をする。

 正直なところ、試合を重ねるごとに連携が取れていっているので、特にはないんだが……。

 俺は二人にこう言い含めた。


「相手は異形種ではなく人間だ。その弱点を突く攻撃をするのは有効だが、もちろん相手もそれを狙ってくることを念頭におくように」


 二人はぽかんとした顔で、いまいちピンと来ていないようだった。まあ、二年生になったばかりの試験演習くらいじゃ、俺の言葉の真意まではわからないだろう。


 特にローザは「訳がわかんないんだけど」と不服そうにしていた。

 リリィはというと――


「異形種ではなく……人間……弱点を狙うということは……」


 まだ正解には届かないまでも、彼女なりに正解を模索しているような雰囲気だった。

 それから、今度は具体的な動き方やフォーメーションについてレクチャーする。実際の動きに照らし合わせた指導は解りやすいらしく、ローザもリリィも見る間に吸収していった。

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