こりゃあ、一本取られたな
こうして俺と門下生二人の特訓の日々が幕を上げた。
白黒魔導士ペアの参戦は、すぐに学園内で噂となった。が、誰も俺たちの特訓を偵察に来るようなことはない。
どちらかといえば「身の程と常識を知らない新米教士の馬鹿げた行い」として、伝聞が広まっているようだ。
やってみるまでもなく失敗が約束されているという評価だろう。
戦士と白黒、双方の魔導士が組んだスリーマンセルが最もバランスが取れているってのに、縦割り社会で横の繋がりができにくい現状は問題ありありだ。
が、今はただ、二人の――ローザとリリィの戦術を強化するだけである。
特訓方法もしごくシンプルだった。基礎から教え込もうにも、一週間足らずでは短すぎる。よって実戦形式を選択した。
試験演習で使うのと同じ仕様の腕輪型魔導器を装着し、魔法公式は仮想魔法に設定する。
ステージの真ん中に立ち、二対一で二人の攻撃魔法を弾き返しながら、その都度俺はアドバイスを重ねていった。
「ローザは無駄打ちが多いぞ。リリィは攻撃に移るまでが遅い。戦術プランを前倒しして、あと三秒早くローザに強化系の魔法をかけるように。この先、練度があがってくればもっとサイクルが早くなるから、それも計算にいれておけよ?」
まだ模擬戦を開始して十試合もこなしていないというのに、ローザは肩で息をしていた。
リリィも口元をハンカチで押さえている。
身体的な強化を魔法に頼りすぎて、基礎体力がなっちゃいない。が、流血のリリィへの対応は、やはりスケジュール的に演習開けになってしまいそうだ。
「ハァ……ハァ……なんで一発も……こっちの攻撃が決まらないのよ! あんた化け物なの!?」
「さすがカイ先生ですわね。どうやら、わたくしたちが個々で攻撃のアプローチをしても通じないみたいですわ」
「あ! ちょっと作戦タイムね!」
二人の少女は演習場のステージの端に移動して、なにやらコソコソと相談を始めた。
俺を攻略する算段を立てているのだろう。
存分に論議してくれ……と、見守っていたところ、だんだんと二人の声が大きくなってきた。
「違うわよ! 絶対に炎系が効くわ!」
「わたくしは、氷結系で動きを止める方が良いと思いますけれど?」
「足止めなんてしてもカイならすぐに拘束を解くに決まってるでしょ? ここは一撃で仕留める方法で行くべきよ」
「でしたら、わたくしの魔法でローザの火力を底上げすべきですわね」
「そんなことしてたら、強力な一撃が来るってカイに知らせるようなものじゃない。ガードを固められるわ!」
「では一度、カイ先生に先に攻めさせるのはいかがかしら?」
「さっきから、あんたの防御魔法……ほぼ一撃で割られてるわよね。わざと攻めさせても受けきれなきゃ元の木阿弥よ?」
作戦が筒抜けなので企てが水の泡だぞ二人とも。
不意にリリィがローザの耳元に顔を近づけた。
「ですから……ちょっとお耳を拝借しますわね」
「キャッ! ちょっと、いきなり吐息を吹きかけないでよ!」
「あら、ごめんあそばせ」
これではケンカしているんだか仲が良いんだかわからない。しばらくして、二人はお互いにうんうんと頷き合った。どうやら作戦会議が終わったようだ。
「行くわよカイ!」
「お手合わせ願いますわ!」
二人が腕輪型魔導器に蓄積されたダメージをリセットする。こちらは装着から一度もダメージを受けていないのでそのままだ。
「よし。こっちの準備はできてるから、いつでもいいぞ」
二人は顔を見合わせ、目配せすると左右に散った。まずローザが軽めの雷槍を連発して、こちらの注意を引く。
俺は輝盾でそれを防ぎながら、光弾を放ってリリィの詠唱を妨害する。ここまでは先ほどの試合のリプレイだ。
俺の攻撃を牽制と読み切り、リリィは光弾を防御せずに直撃を受ける。
軽く後ろに弾かれたが、リリィはこらえてみせた。次に放つべき白魔法の構築を維持している。
牽制されて中断しなかっただけでも上出来だ。一方、攻撃一辺倒だったローザは俺の周囲に暗霧を発生させた。
黒い霧がドーム状に俺を包む。
視界を奪われたか。この程度なら気配で位置も特定できるが、攻撃ではなく間接的な魔法に切り替えたローザの工夫を、見切ってしまうのはさすがに忍びない。
暗霧を白の第五界層魔法――解呪で薄める。マジックロッドの性能が足らず、こちらの有効視界は半径五メートルほどまでしか回復しなかった。
二人はその外で次の攻撃を練っているのだろう。
先ほどから必要が無かったので一歩も動いていなかったが、さすがにこのままアウトレンジから撃たれっぱなしはよろしくない。
石床を蹴って二人がいた方向に距離を詰める。俺にかけられた暗霧もこちらの動きにあわせて追従してきた。
「ちょ、ちょっと! 動くなんて卑怯よ!」
「誰が動かないと言った!」
まっすぐに駆け抜けると、ちょうど俺の正面でローザが炎矢を多重展開し、今まさに放とうとしているところだった。
白黒両方のマジックロッドに魔法力を込める。魔法公式を構築する時間は無い。
そういう時は、魔法力を込めて殴るのみだ。インファイトの距離でも、つい魔法を使おうとしがちな魔導士が多いが、戦士と付き合うようになると「場合によっては殴った方が手っ取り早い」ことに気付く。
「穿て! 炎矢!」
不完全な状態にも関わらず、ローザは無理矢理魔法を発動させると、炎矢を四連射してきた。それを魔法力を込めたマジックロッドですべて叩き落とし、空いている左手のロッドでローザに一撃を見舞う。
腕輪型魔導器の防御機構が働いたが、威力の余波でローザは苦しげな声を上げた。
手加減はしているんだが、少し力が入りすぎたか。
「クッ……けど、あたしたちの勝ちね!」
どさりと後ろに倒れるローザ。と、その真後ろに、光弾の魔法公式を連続展開したリリィの姿があった。
こいつは意外だな。てっきり輝盾を使って、こちらの攻撃をどうにか一度受けきり、攻撃の隙をついての反撃狙いと思っていたんだが……。
二人はほぼ、同じような構成の攻撃魔法を準備して、縦列待機していたというわけだ。
「光弾連続発射ですわ!」
ローザが時間を稼いだ分だけ、リリィは完璧な形で魔法を仕上げてきた。
放たれた光弾は小さい。が、魔法力がより凝縮され、その発射速度も炎矢ほどではないが高速だ。
拳ほどの大きさの光弾が八連射される。最初の二発まではマジックロッドで弾いたが、残りは……しょうがない喰らってやろう。
六発の光弾を受けて、俺の装着している腕輪型魔導器は、許容ダメージ上限を突破した。
「こりゃあ、一本取られたな」
口元から赤い雫を垂らしながらリリィがニッコリ微笑む。
「いいえ。もしこれが試合でしたら、光弾を放って隙だらけになったわたくしを、もう一人の対戦相手が倒していましたわ」
俺は足下で大の字になったままのローザに手を差し伸べた。
ムッとした顔でローザは頷く。
「悔しいけどリリィの言う通りね」
俺の手を取って立ち上がると、ローザはゆっくり深呼吸をしてから続けた。
「それに……コンビネーションは上手くいったけど、カイが目指してる第三系統の魔法って、実戦で使うにはあたしとリリィ、どっちが欠けてもいけないんでしょ? 今みたいにどちらかが囮になる戦法じゃ、まだまだよね」
「そうですわね。もっと工夫が必要ですわ」
二人のやりとりに思わず笑みがこぼれそうになるのを、俺は我慢する。
言わずともわかっているじゃないか。ある意味指導のしがいがないな。
「……まあ、二人の懸念は確かにその通りなんだが、俺から一本取ったんだから、もっと誇ってもいいんだぞ?」
ローザが「べー」っと舌を出した。
「カイがロッドの性能のせいで、力が出せてないことくらいわかってるわよ。っていうか……そんなロッドであたしたち二人を同時に相手して、さっきまで一歩も動いてなかったんだから……イヤミにしか聞こえないわ」
リリィは嬉しそうに「教えてくださる先生が優秀すぎて、悪いことなんて何もありませんわ」と笑顔を見せた。
こうしたやりとりを連日続け、試験演習の前日の午後は休養にした。
一週間、二人は俺を相手に様々な戦術をためし、考えては新戦術を構築する。
とはいえ明日から二人が相手にするのは、白白、及び黒黒という組み合わせのペアだ。
もう少し良質なマジックロッドがあれば、高速詠唱や並列同時詠唱(パラライゼーシヨン)を駆使して、同色ペアのエミュレーションもできたのだが……。
俺自身が単体で白黒ペアみたいなものだから、同系統ペアを相手にするのはぶっつけ本番になってしまった。
しかしながら、二人の仕上がりは短期間にしては上出来といえるだろう。
それでも談合大好きなマルクス一門や、ローザを目の敵にしているペトラが何か仕掛けてくるかもしれないので、油断は禁物だな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます