陰陽双極

世界を救うんだ


 翌朝――

 学園長室のドアを右手でノックする。肩の傷は昨晩のうちに治療を受けて、すっかり元通りだ。

 入室して顔を合わせるなり、学園長が首を傾げた。


「おはようございますカイ先生。おや、新調したばかりのマジックロッドはどうしたんですか?」


「ああ、あれなら……ちょっと手違いで折れちまってさ」


 机に両肘をついて手を組むと、ルーファスはにっこり笑った。


「中古店に流して飲み代に消えたりしていませんよね?」


「そんなことするかよ」


 眼鏡のレンズ越しの瞳はちっとも笑っていない。が、素直に巣の除去に消費したとも言いづらかった。


 限り無き灰色の魔法系統アンリミテツドは未完成だ。俺でなくとも使えるようにしなければならない。


 とはいえ、あまり派手に動くと決まって邪魔が入る。


 利権や派閥はどこにも渦巻いているが、中でも三百人議会が最右翼だ。連中が権勢を振るえるのも、異形種という敵があってのことだからな。


 学園長様も例に漏れず野心家でいらっしゃるようで、協力を仰げるほど信用していない。


 眼鏡をクイッとあげて「まあ、どうしたところで請求書がただの紙切れになるようなことはありませんから」と、ルーファスは俺に念押しした。


 軽くせき払いを挟んで訊く。


「わかってる。いやそれに小言を頂戴に来たんじゃないんだが……学園長なら耳に入ってるだろ? 昨晩、超大型の異形種が壁付近に出たって話」


「はい? そのような連絡は受けていませんよ?」


 ルーファスはキョトンとした顔をしていた。

 初耳を装ったのだとすれば、よっぽどの役者振りだ。


「いやそんなはずは……じゃあ前線基地から討伐隊が出たって話は?」


「何かあれば次元解析法リグ・ヴェーダシステムの管理者から連絡が入ります。緊急避難が必要な状況になるとしても、二十四時間前には通達される手はずですから」


 人類側の監視網は未来にまで張り巡らされている。何か起こると判明すれば、関係各所に連絡が行き渡る仕組みになっていた。


 先制迎撃という矛盾だらけの戦術を人類が選択できるからこそ、異形種を食い止めてこられたわけだ。

 黙り込む俺を見かねたようにルーファスが訊く。


「どうしましたカイ先生?」


「い、いや……なんでもない。俺の思い過ごしだったみたいだ」


 なにやらきな臭いが、次元解析法リグ・ヴェーダの網にかからなかったというなら、昨晩遭遇したアレは直近で人類の脅威にはならないということになる。


 吐息混じりにルーファスが告げる。


「では今日も一日、生徒たちの手本となるよう振る舞ってください。まあ、何らかの異形種の侵入があったか確認のため、前線基地や戦士養成機関ソードテンプルに問い合わせておきますから。安心して授業を行ってくださいね」


 その言葉を最後に学園長室から追い出された。


 ともあれ昨晩目撃した要塞級の超巨大異形種は、あれからさらに進路を変えて東にでも転進したのかもしれない。

 かもしれないが……奇妙な胸騒ぎと後味の悪さが残った。



 午後になり、リリィとローザを連れて俺は面談室に向かった。

 並んで座ったとたん、二人は互いに肘で突き合うように牽制しあう。


「ちょっと、こっち狭いんだけど」


「あら、これは失礼いたしましたわ。どうもわたくし、胸元が窮屈になりがちで広いスペースが必要になってしまいますの。小柄なあなたがうらやましいですわね」


 青いファイルを手に席につくと、俺は二人をたしなめた。


「はいはいそこまで。まったく、どうしてそんなにお前たちは仲がいいんだ」


「べ、別に良くないわよ! もう少し気の利いた皮肉の一つも言えないわけ」


 ローザの批難の矛先は、リリィだけでなく俺にまで向けられた。


 リリィが「ふふ」っと笑う。


「ええ、悪いとまでは言いませんが、良いというと語弊がありますわね。ところでカイ先生。今日は訓練はしないのですか?」


 どことなくリリィはつまらなそうな口振りで言う。長い髪を指先に絡めるようにしながら、ひどく退屈そうだ。


「ああ、今週から二人の特訓メニューも試験演習にしぼって変えていくからな」


 リリィがキランと目を光らせた。


「では個人戦用にカイ先生自ら、わたくしの相手をしてくださいますのね!?」


 すぐさまローザが噛みついた。


「ちょ! 抜け駆けなんて許さないわよ! カイはあたしと特訓するわよね?」


 二人ともすっかり意識は個人戦に向いているな。

 試験演習にはそれぞれ一人で出るつもりでいるらしい。が、俺は青いファイルを開いて二人に見せる。


「安心しろ。ペア部門でエントリーしておいたから」


「はあああああああああああああああああああ!?」

「ええええええええええええええええええええ!?」


 ローザとリリィが同時に悲鳴を上げる。絶叫に近かった。

 特にローザの動揺は激しい。


「ちょ、ちょっとバカなの!? だってペア戦って……」


「何か問題があるのか?」


 リリィも眉尻を下げる。


「カイ先生が生徒だった頃はどうだったか存じ上げませんが、ペア戦では同じ属性の魔導士が組むのが一般的ですわ」


 今回の試験演習は学年ごとの個人戦が白黒二部門、用意されていた。


 それに加えてペア戦が行われる。


 ペアを組むのは同じ色の魔導士同士だ。それが常識と言ってしまえばそれっきりだが、ペア戦では特にコミュニケーションや連携が重要になるため、協調できる仲間と組むのが一般的であり、同色で組むのが“最適解”とされていた。


 その結果“白黒双方の魔導士が直接対決する”ことがペア戦最大の特色である。

 自然とどちらの魔導士ペアが優勝するかも注目された。ちなみに近年は白魔導士ペアの勝率が七割と優勢らしい。


 俺は二人に告げた。


「せっかくペアが組めるのに、なんで黒黒とか白白で組む必要があるのか、ずっと疑問だったんだよな。これって白魔導士と黒魔導士がお互いにわかり合うための、良い機会なんじゃないか?」


 ローザがテーブルの上に身を乗り出して俺に迫った。


「無理よ! そもそも白と黒じゃ戦闘のテンポが違うわ。あたしは速攻で、リリィはじっくり構築していくタイプなんだし、呼吸が合わないもの!」


 おお、ただ嫌うのではなく、きちんとリリィの事も把握した上で反対してくれるなんて、成長してくれて嬉しく思うぞローザ。


「な、なにニヤニヤしてるのよ!」


「いや、ローザがリリィのことを理解しようとしてるってだけで、成長してくれたんだなぁって思ってな」


 リリィはといえば「珍しく意見が合いましたわね」と、ローザに微笑んでみせた。


「ほら、リリィだってあたしと組むのは嫌みたいだし」


 すると、リリィはそっと首を左右に振る。


「いいえ。カイ先生の指示でしたら、わたくしは受けることもやぶさかではありませんわ」


「じゃあ、なんであたしと一緒に驚いてるのよ」


「想定外だったというだけですわ……ただ……」


 リリィの表情にかすかに影が差す。俺は訊ねた。


「何か条件があるのか?」


 ふるふるとボリューミーな金髪を左右に振ってから、リリィは憂うように呟く。


「個人戦と違って、ペア戦は白黒双方の威信を賭けた戦い……負けられない戦いということもあって、各学年の代表というのは裏で決まっていますから。そこに乗り込む以上は厳しい戦いになると言わざるをえませんわね」


 代表が決まってる? どういうことだと俺が首を傾げると、ローザがうんと頷いた。


「そういえば……そうね……黒魔導士も最近は白魔導士みたいになってきてるし」


 ローザにも心当たりがあるらしい。


「ええと、どういうことか詳しく教えてくれないか?」


 俺に質問されたのが嬉しいのか、二人とも顔を見合わせてニヤッと笑った。


「ええ、いいわよ」

「わかりましたわ」


 同時に話し出そうとする。まったく、こういう時はどこかで通じ合っているように、タイミングがぴたりと合うんだからな。


 ローザが眉尻を下げつつそっぽを向いた。


「え、えっと、あんたが言い出したことだから、あんたが説明して」


 ローザが譲って、リリィが俺に説明してくれた。内容をまとめると以下の通りだ。


 組織的談合――純粋に実力者が勝利する個人戦と違い、ペア戦にエントリーするのは、白黒、各派閥の中でも特に有力な門下のペアである。


 白魔導士はここ数年、ペア戦の優勝を一つの門下が独占していた。

 マルクス・アルテベリ。あの老害教士の一門だ。都合良くマルクス門下の生徒が勝ち上がることが多々あるらしい。


 同門対決になればマルクス門下において序列が上のペアを勝たせる。試合もほぼ、形式的に行うというのだ。


 そして黒魔導士の有力ペアにマルクス門下のペアが当たった時は、次戦への温存など考えず全力でそれを潰しにかかる。


 それが連中のやり方らしい。リリィが危惧するのも無理はないか。


 語り終えたリリィが、視線をちらりとローザに向けた。


「え、えっと、じゃあ黒魔導士の方は、あたしが説明するわね」


 俺は頷くと「よろしく頼む」と、小さく頭を下げた。


「黒魔導士側は大したことないわよ。ただ……」


 憂鬱そうにローザは続けた。問題となるのはペトラ・パーネルの存在だ。

 対戦相手が不可解な事故に巻き込まれるなど、黒い噂が絶えない。一年時にローザに負けてからというもの、ペトラは有力な教士の門下に加わって、ペア戦で勝ち続けてきた。どうしても組織力でマルクス門下には劣るのだが、成績は常に上位だ。


 ローザが溜息混じりに続ける。


「ペトラはあたしのことを『ペアを組む相手もいないなんて、可哀想』って……実際、いなかったけど……それはそれとしても、あの子にとってペア戦で入賞し続けることが、あたしへの報復みたいなものなのよ」


 俺は小さく頷いた。


「まあ、同学年でローザと一対一の勝負で勝てる黒魔導士ってのは、そうそういないだろうしな」


 途端にローザの顔が耳まで真っ赤になる。


「ほ、褒め殺しなんてやめてよ! 恥ずかしいでしょ。それにカイに言われると、なんか……むかつくし」


 肩を狭めてローザはうつむいた。

「いやまあ、隠れた実力者ってのはどこに潜んでいるかわからないから、油断は禁物だが……二人とも資料によると、個人戦の成績は上位に食い込めるレベルみたいだな」


 青いファイルの中身に再び目を通す。リリィは座学も優秀だが、一年生時の個人戦も三位以内入賞の回数が多い。平均的に高い成績を維持していた。


 ローザは初戦敗退か決勝進出かの二択という感じだが、強豪門下の生徒を相手に優勝の経験もある。


 が、一年の後期の試験演習は落としっぱなしだ。ローザの戦術に対策が練られたんだろう。こういったところでも、門下生と一般生の差が生じてしまう。


 リリィも優勝に手が届かないのは、門下の影響が大といったところか。

 マルクスのことだから、個人戦でもペア戦同様に、送り込んだ門下生に序列をつけて、勝たせたい生徒が決勝に駒を進められるよう、工作に余念が無さそうだ。


「そういえば……リリィは個人戦で優勝経験が無いんだな」


「ええ。どうしてもトーナメントの終盤になると……疲れが溜まってしまって」


 彼女はそっと口元を手で押さえた。


 吐血というのは、ある意味解りやすい魔法力切れのバロメーターだ。

 流血の(ブラツディー)リリィという呼び名も困りものだな。


 だがともに欠点があるならば、補い合うこともできるはずだ。

 俺は改めて二人の少女を交互に見る。


「じゃあ、ますます二人にはペア戦に出てもらうしかないな」


 二人とも互いに顔を見合わせてから、複雑そうな表情を浮かべた。

 ローザが上目遣い気味に俺を見据える。


「ねえカイ。えっと……教士の評価って門下生の試験演習の成績が関係するんでしょ? 一回戦負けが続いてるあたしはともかく、リリィは個人戦に出れば三位以内に入賞するんだし……」


 リリィが小さく頷いた。


「ええ。優勝は無理でも、三位まででしたら充分に射程圏内といえますわ。ただマルクス先生には睨まれているでしょうけれど」


 リリィ入賞の報賞があれば、先日前借りした中級ロッドの請求書は、のしを付けて学園長に突っ返してもおつりがくるな。


 ローザが席から立ち上がった。


「それに、あたしだってがんばるから! 試合になったらきちんとペース配分もするし、四回戦突破を目指せば……」


 小さな胸に手を当ててローザは涙混じりの瞳で俺に訴える。


「志が低いぞ二人とも。目指すはペア戦の優勝だ。それくらいしてもらわなきゃ俺が困る」


 ローザは食い下がるように身を乗り出した。


「けど、うまくいかなかったら一回戦負けよ!」


 ローザのように表立って口にはしないが、リリィもどことなく不安げだ。白と黒のペアで優勝なんて、実現すれば学園創立以来、前代未聞の珍事だろう。

 俺は笑顔で二人に告げた。


「二人を信じているし、うまくやれる。そうできるよう指導するのが俺の役目だ。それに……優勝はあくまで足がかりでしかない。その先を二人には歩いていってほしいからな……」


 ローザがハッと息を呑む。


「その先って……まさか……」


 口にせずともわかるだろう。


 二人の力を一つにする――限り無き灰色の魔法系統アンリミテツドの完成だ。

 王立研から放逐された時には、何年先になるかと絶望さえしていたんだが……学園に流れ着いたおかげで完成に近づけそうだ。


 金運にだけは見放されたが、それでも幸運だな……俺は。才能に溢れる二つの原石を磨く機会を得たのだから。


 ローザとリリィが完成された魔導士だったなら、俺の理論をすんなりとは受け入れてくれなかっただろうし。


 リリィは不思議そうに首を傾げた。


「カイ先生? その先とはいったいなんですの?」


「世界を救うんだ」


「はい?」


 ピンと来ないリリィの隣で、ローザは「もっと説明の仕方ってものがあるでしょ!」と、鼻息を荒くした。


「じゃあ、少し長いが聞いてくれ」


 そう前置きしてから、俺は昨日、ローザと何を行ったのかをリリィに説明した。

 先日、封印した巣の結晶核を滅した……と、そこまで話すとリリィは驚きすぎて惚けたような顔をした。


 ローザに向き直りリリィは確認する。


「それは本当ですの?」


「え、ええ。間違い無いわ。カイは、まだあたしたちが知らない第三の系統の魔法を使えるの。その力が広まれば異形種の巣だって……」


 リリィは大きく首を左右に振る。


「そうではありませんわ! そ、その……カイ先生のような殿方と……ドライブデートをなさったと仰りますの? 抜け駆けですわ許せませんわね!」


「で、でで、デートじゃないわよ! そうでしょカイ!?」


 俺は溜息混じりにリリィに説明を続けた。


「ローザは頭が固いからな。説明するより見せた方が早いと思ってさ」


 ムッとするローザの隣で、リリィも不満そうに口を尖らせた。


「わたくしもご一緒させてくださればよかったのに。結晶核の中身なんて、そうそう見られるものではありませんもの。ローザがうらやましいですわ」


「まあそう言うなって。もし二人が俺の教える魔法を使えるようになれば、この先いくらでも結晶核の中身と対面できるぞ」


 ローザは「アレを殺すのはいいけど、別に見たいなんて思ってないわよ」と溜息混じりだ。


 一方、リリィはといえば……目を輝かせた。


「ほ、本当ですの!? それは楽しみですわね!」


 やや天然気味なお嬢様は、席に着いたまま小さく跳ねた。胸元がたわんと大きく揺れる。


 いかんいかん。何を見ているんだ俺は。


 ともあれ、好奇心と向学心のあるリリィをうまく乗せることができたようだ。

 ローザには復讐心を。リリィには好奇心を。それぞれ刺激しつつ、目指すはペア戦のトーナメント優勝である。


「じゃあ二人とも、今日から大会まで特訓だな」


 ローザが不機嫌そうに「しょうがないわね。けど、うまく行かなくても知らないわよ」と、小声で呟く。


 リリィは立ち上がると自信満々に胸を張った。


「では早速、訓練場に参りましょう」


 手を差し伸べられてローザは「あたしはあんたと違って、興味本位でカイの魔法を使ってみたいとか……そういうのじゃないから」と、突っぱねるような口振りで言いつつも、立ち上がってリリィの手を取り握手を交わした。


 そのままローザは続ける。


「それに、リリィに順位を引っ張り上げてもらおうなんて思わないわ」


 リリィも頷いて返した。

「ええ、そうですわね。わたくしたちはカイ先生門下の同門にして、対等ですものね」


 打ち解けたというよりも、互いの実力を認め合ったライバルという雰囲気だが、どうあれ競い合える相手がいるということはうらやましい。


 俺の場合、競うというより世話というか介護というか援護というか援助というか……現役時代はずいぶんと、天然モノを相手に苦労をさせられてきたからな。


「どうしたのカイ? ぼーっとしちゃって、早くしてよね。特訓」


「試験演習まで一刻も無駄にはできませんわ」


 二人の少女の熱心な視線に、俺はふと思い出した現役時代の記憶をしまいこんだ。

 今は昔を懐かしんでいる場合じゃないか。

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