な、なんでアンタがいるわけ!?


 ――翌日。


 雲一つ無い快晴のもと、準決勝の舞台となった訓練場のステージの上で、ローザとリリィは軽やかにハイタッチを交わした。


 敗者となった二人は場外でひっくり返ってのびている。

 開始から決着まできっかり三分。文句なしの快勝である。


 序盤から完全に主導権を握り、自己強化に固執するあまり立ち上がりの遅い白魔導士ペアの弱点を巧みに突いたコンビネーションで封殺する。


 ローザとリリィの実力が日増しに上がっているのは間違い無い。

 が、それだけではなかった。対戦相手のマルクス門下一番手ペアが、緊張で実力を出せていなかったのも明白だ。細かなミスが積み重なって半分は自爆という印象だった。


 負ければ破門と脅されたに違い無い。追い詰められて実力を発揮する人間も中にはいるが、徒党を組んで準決勝まで負担も少なく上がって来たような温い輩に、今のローザとリリィを倒すことなど不可能だ。


 目をこらすと会場の対岸の客席で、絶叫しながら自身の得物であるマジックロッドを床にたたき付ける、紳士風の愉快な姿が見て取れた。


 しかし、マルクス門下の生徒というのはあまり好奇心や向学心が無いらしい。

 学園のカリキュラムでは対異形種に有効な魔法を学ぶのだが、白であれ黒であれ、魔法というのは異形種を倒すためのものばかりではない。


 まあ、学園で評価の対象にならない魔法を覚えても成績に反映はされないからな。

 そんな環境にあっても学ぶ意志……というか、復讐心と執念を持っているであろうペトラ・パーネルがローザとリリィの最後の壁になりそうだ。



 昼の休憩を挟んで、午後一で決勝戦という運びである。

 ローザとリリィの対戦相手は前評判通り、ペトラとその相棒という黒魔導士ペアに決まった。


 今し方、試合を終えた門下生二人が俺の元にやってくる。


 普段はローザが先に話すのを待ってから、あとで補足するなり自分の意見を述べることの多いリリィが、いの一番に口を開いた。


「あっけなさすぎて物足りませんわ。元々わたくし、マルクス先生のことはあまり好きではありませんでしたし、家の言いつけがあったとはいえ門下に入らなくて良かったと心底思いますの」


 どこかホッとしたような表情のリリィとは裏腹に、ローザは勝利したにもかかわらず渋い表情だ。こういうとき、ちゃんと話を聞いてやるのも教士の仕事だよな。


「どうしたんだローザ? 眉間にしわがよってるぞ」


 ハッとしながら、彼女は黒髪をぶんぶんと荒っぽく左右に振った。

「別にどうもしないわよ! ただ……決勝の相手が相手だから……」


 個人的に因縁のある人間……しかも実力というか家名でリリィと同格のペトラだ。

 決勝にいたる道のりで、黒魔導士ペアとの対戦もしてきた二人だが、格下ばかりで今までの戦いは、決勝戦の参考にならないだろう。


「まあ、そんなに緊張することはないぞ。せっかく決勝に残ったんだ。二人で頂点を掴んでこい」


 リリィが「あら、わたくしは緊張なんてしていませんわ」と不敵な笑みを浮かべた。

 ローザはますます深い溜息を吐く。


「もちろん、あたしだって試合で負けるつもりは無いわよ。ただ……うまく言えないけど嫌な予感がして」


 不安の種が萌芽しつつあるローザに、俺はニッコリ微笑んだ。


「心配しなくていいぞ。そういうのは杞憂って言うんだ。軽めに昼食を済ませて、試

合までにしっかり休んでおくように」


 二人は俺の顔をのぞき込むように見つめた。


「せっかくなんだし、お昼くらいおごりなさいよ!」


「今日くらいはお昼をご一緒しませんか?」


 詰め寄る二人から半歩後ろに下がって、俺は「すまない。ちょっと行くところがあるんでな」と告げると、背を向けて歩きだした。


「あ! さては勇者と一緒に食べるつもりね!」


「それはひどいですわ! 今は門下生であるわたくしたちを優先すべきでしてよ!」

 背を向けたまま俺は二人に告げる。


「そんなんじゃねーよ」


 そういえば、今日も客席の一部には戦士養成機関の訓練生たちの姿が見えた。引率のアストレアはどこに行ってるんだか。相変わらずの自由人にして変人っぷりだな。

 まあ、俺も俺で門下生を放置してるわけだし、彼女と同じ穴の狢ってやつだ。



 そんなことを考えながら、決勝で使う腕輪型魔導器の保管庫前までやって来た。


 見張りがいるわけではない。代わりに魔導式の監視システムがあちこちに張り巡らされていた。


 扉も魔法鍵と呼ばれる紋様型の封印によって、きっちり施錠されているのだが、そこで案の定というか……いや、ある意味意外な人物と出くわした。


 保管庫の扉にかかった施錠魔法の紋様を解析していたのは、ペトラ・パーネルだ。

マジックロッドを構えて、扉に刻まれた紋様と対峙している。


「俺はてっきりマルクスの野郎が細工に来ると思ったんだが……」


 声を掛けると少女の小さな身体がビクンと跳ねるように動いた。こちらに振り向きながらマジックロッドを構え直す。


「な、なんでアンタがいるわけ!?」


「別にどこにいたっていいだろ? それより、この保管庫に近づくには隠蔽や気配遮断系の魔法をうまく使わなきゃいけないよな? 知らなかったじゃ済まないぜ?」


 俺自身がそうして侵入したように、ペトラもここまで不正を侵してやってきたことは間違い無い。


「チクるつもりぃ? けど、アタシはなにもしてないし。試合のために気配を無くす魔法の練習をしてたら、迷い込んじゃったの。むしろ教士のアンタの方が怪しいじゃん! だいたい黒と白の混成ペアでここまで勝ち上がれるわけないのに……アンタがこうやって、試合前に対戦相手の魔導器に何か仕込んでたんでしょぉ?」


 粘り着くような口調で俺を糾弾するペトラだが、自白していることに気付いていない。


 “自分がやろうとすることなら、相手がしていてもおかしくない”


 人間は追い詰められて視野が狭くなるほど、そういった考えに染まりやすいものだ。


「そんな証拠はどこにもないだろ……お互いにな?」


 少女はマジックロッドをこちらに向けたまま、キッと上目遣い気味に俺を睨みつけた。


「じゃあこうね。アンタに呼び出されたって証言して、負けるよう強要されたって……」


「それで満足なら試してみるんだな。まあ、どのみちお前はローザから逃げることしかできないようだし、騒ぎを起こして決勝戦を中止させたいっていうなら好きにしろ」


 ペトラの表情が更に険しくなった。


「に、逃げてないし。あのボッチなローザちゃんが上がってこれない高みにいるってだけで……」


 まさか白魔導士と組んで追ってくるなんて思わなかった……とでも言いたげだ。

 別にお前を追うためにペア戦に参加しているんじゃないんだが、ローザも困った奴に粘着されたものだ。


「個人戦でもう一度負けるのがいやでペア戦に転向したんだろ? 安心していたところに、リリィと組んだローザが乗り込んできたんだから、穏やかではいられないよな?」


「う、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい……」


 うつむくと呪詛のように少女は言葉を繰り返す。


「結局、小細工してまで勝ってもお前の今の気持ちは晴れやしないぜ」


「アンタに言われる筋合いないし! べ、別に……アタシの力があればローザちゃんなんて余裕で倒せるんだから!」


 そう言うとペトラは自身に気配遮断や隠蔽の魔法をかけて、保管庫前から立ち去った。


 やれやれ。勝つために手段を選ばない連中があまりに多すぎる……。

 そういうのは異形種相手にやってほしいというのに、人間同士があまりにいがみ合いすぎだ。白だの黒だの戦士だのと言っている場合じゃないだろうに。


 ともあれ、これでローザとリリィが不利な条件で戦うようなことにはならなさそうだ。


 あとは……ペトラがどんな戦術でローザを狙うかという話だが、すでにある程度予想はついていた。


 何もかも教えてしまっては二人の糧にならない……が、さてとどうしたものか。

 実力ではおそらくローザとリリィが上だろう。だが、必ずしも実力者が勝つというわけではない。戦いとは常に、何が起こるかわからないのだ。


 対人戦だけでなく、異形種との戦闘においても同じ事が言えた。

 今でこそ次元解析法リグ・ヴェーダシステムによって、敵の総数やタイプが事前にわかるようになったとはいえ、不測の事態に対応できるようでなければ、実戦は務まらない。


 それができずに死んでいった連中を嫌になるくらい、見てきたのだから……。


「訓練できる生徒のうちに、ピンチは経験しておくべきだよなぁ……」


 つい、本音が口を衝いて出ていた。

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