エピローグ
それは墓までもっていくつもりだ
俺は医療棟のベッドの上にいた。全身包帯やらギプスでがんじがらめだ。
戦いから三日が過ぎていた。
学園都市は破壊されたが、中核となる学園は健在だ。
あのあと要塞級は消滅し、俺は地面に打ち付けられたらしい。
あわや墜落死というところだ。
ちなみに教え子二人はというと、消耗したものの無傷の生還を果たしていた。
が、ローザとリリィは精神が高潮しすぎて一種のトランス状態にあったらしく、途中から記憶を失っていたというのだから……いろいろな意味で頭が痛い。
マグレの可能性もあるからな。
ベッドの隣のスツールに腰掛けて、アストレアが林檎を剥いてくれていた。
皮の方が食べ応えのありそうな、実に不器用な林檎を彼女は……自分で食べた。
「んー! これおいしいよ? 食べる?」
「あのなぁ……そいつは俺への見舞いなんだろ?」
「買ってきたのはわたしだし、いーじゃんケチー」
林檎のほか、色とりどりの果物が入った見舞いの品を自分で食べつつ、勇者はニッコリ微笑んだ。
「でねー、また勲章増えちゃったって感じ?」
「そいつは良かったな」
今回の要塞級を倒したのは、表向きはアストレアということで決着している。俺には英雄として担がれている暇は無かった。栄光はすべて彼女が引き受けてくれるのだ。
「けどさーいいの? いっつもわたしばっかり英雄扱いで」
「大した金にもならない栄誉なんざ、必要無いからな。それより悪いな。表に出るのはお前だって苦手だろ?」
「別に大丈夫だよ。っていうか、カイがすごいってみんな解れば、研究資金だってじゃんじゃん使えるし王立研にも戻れるでしょ? そろそろ表舞台に戻ってもいいんじゃない?」
「どうせなら王立研に出戻りするよりも、民間の三百人議会の議員の方が金払いがいいかもな。資金繰りに困ることもなくなるだろうし」
軽口っぽく返すと、アストレアはぷくーっと頬を膨らませた。
「そしたら研究成果をみんなで使えないから意味ないって、むか~しカイが言ってたじゃん? プロパガンダっていうのになっちゃうんでしょ?」
プロパガンダの意味もイマイチ彼女はわかっていないようだが、仰る通りだ。
議員連中が金を出せば、それを元手に生まれた新しい技術を独占して、政治の道具にしかねない。
新技術が死蔵されるどころか、大人の理由で禁じられるなんてことになるのは論外
だ。
「大人になるって色々面倒だよな。いつまでも昔と変わらないお前がうらやましいよ」
ぷくっとふくれっ面をしたままアストレアは俺を睨みつけた。
「もう……そうやってすぐ意地悪言うし。ふっふーん♪ バラしちゃおっかなぁ? ローザとリリィに、憧れの人はすぐ目の前にいるよーって」
心の中で俺は溜息をついた。
「やめてくれ。二人にとってシディアンもレイ=ナイトも俺なんか比べものにならない、本物の英雄なんだ。現実を知って理想を壊される方が悪影響だろ」
「そっかなー? あ! そうそう、カイっていうのも偽名なんでしょ? そろそろ本
名を教えてくれても良くない?」
「それは墓までもっていくつもりだ」
「やっぱりケチー」
冗談交じりでアストレアは俺に告げる。
大戦の英雄は三人。あれは嘘だ。かつて世界を救ったのは、勇者アストレアと名も無き魔導士の二人だった。
その魔導士は生まれながらに、白と黒、両系統の魔法を使うことができたのである。
それぞれの噂が一人歩きして、語り継がれる英雄の虚像が生まれた。
勇者の進撃に人々は熱狂し、それを支える二人の魔導士という影は、ますます大きなものへと膨らんでいった。
それが白と黒、両方の魔導士の希望にもなった。が、双方が競い合い最強論議が巻き起こる火種にもなってしまった。
「んじゃあ、そろそろ列車の出る時刻だし、帰るね。お大事にー」
「ああ、またな」
俺が意識を失っている間の、もろもろをすべて片付けてアストレアは帰っていった。
少し間を置いてから、今度は二人の少女が病室に入ってくる。
部屋に入ってくるなりローザが口を尖らせた。
「ちょっと……治癒魔法で怪我なんてすぐに治るんでしょ?」
リリィがニッコリ笑う。
「ではさっそく治癒しますわ。治ったところで特訓をお願いいたしますね」
「おいおい、入って来てそうそう、いきなり怪我人にむち打つなよ」
実際、外傷はすべてふさがっているのだが……力そのものは先日の戦闘で出し切ってしまって回復していない。
今の俺は空っぽの器のようなものだ。回復には何よりも休息が必要で、それは治癒魔法ですぐにどうこうできる類いのものではない。
そう、説明すると、リリィは残念そうにうつむいた。
「そうでしたのね。あの、カイ先生……早くもどってきてくださいませ」
ローザも頷く。
「そうよ。街の復旧作業もあるけど、学園の授業はもう再開してるんだから……あんたがいなかったら、午後からが暇でしょうがないじゃない」
リリィがうんうんと頷いた。
「試験演習でトップの成績をとったことで、実家ももう文句を言っては来ませんし、わたくしが言わせませんわ。ですから、次のレッスンを早く受けたくて……ウッ……想像しただけで」
口から血の筋をツーっとたらして、リリィは微笑んだ。おいおい、何を想像してるんだお前は。イメージトレーニングの過酷さだけで吐血をするんじゃない。
ローザが真面目な顔つきで俺に告げる。
「というわけだから、早く治って戻ってきてよね」
「なら寝かせてくれ」
俺は目を閉じた。
「なによ! もう……けど、本当に……戻ってきてよ」
「学園にいる間は、ずっとご指導のほどお願いいたします」
二人の気配が静かに去る。目を閉じた途端、意識が眠りの闇に吸い寄せられた。疲労は隠せないな……それに昔より回復が遅い。
歳は取りたくないものだ。
「いやはや、カイ先生。今し方、貴方の門下生とすれ違いましたが、待遇改善を依頼されてしまいましたよ。はっはっは」
俺はビクついて目を開いた。
どうやら眠ってしまったらしい。そして、門下生二人に代わって三番目の見舞客が来ていたようだ。
学園長――ルーファス・ホワイトハウスである。
「え、えーと、どなたですか?」
「私ですよ。学園長のルーファスです」
「俺は誰? ここはどこ?」
「記憶喪失のふりをしても、貴方が無くした私のコレクションへの請求額は変わりませんよ」
「チッ……」
つい、舌打ちすると「よかった。記憶はあるんですね」とルーファスは目を細めた。
「で、何のようだ? 見舞いなら解雇通告と請求書以外だと嬉しいんだが。告訴状なんてもってのほかだぞ」
「おやおや、気が合いますね。もともと解雇するつもりはありませんよ。これからも貴方には学園で自由にやってもらいたいと思います。はぐれ者……もとい、原石を磨き上げたその手腕を、私は大いに評価しているのですから」
「それじゃあ請求はチャラなのか!?」
ルーファスは中指で眼鏡のフレームを軽く押し上げた。
「何を言っているのですか? 試験演習ペア部門の優勝を差し引いても、余裕でマイナス査定ですから。この借金を完済するまでは、学園から逃げられるとは思わないでくださいね。仮に逃亡したとしても、私の持つ権限と権力と情報網を駆使して、地の果てまでも貴方を追いかけてさしあげますので。復帰を心よりお待ちしております」
通信用の小型端末を手にしてニッコリ笑う。
最悪の上司だ。ルーファスは言うだけ言って俺に背を向けると呟いた。
「ああ、最後にもう一つ。勘が鈍ったと言いましたが、どうやら私の勘は鈍るどころか研ぎ澄まされていたようですね。では失礼」
言い残してルーファスは病室を去っていった。
ああ、まったく……俺の正体を知っているとは思わないが、アストレア一人で要塞級を潰したとは、ルーファスは考えていないだろうな。
やっかいな男に目を付けられはしたが……これでもうしばらくは学園で教士を続けることができそうだ。
目を閉じるとすぐに意識が遠のきだした。が、悪い気はしない。次に目覚めた時に全快していることを祈ると、俺は安息に身を委ねる。
ローザとリリィに教えたいことは山ほどあるからな。そのためにも今はもう少しだけ休ませてもらうとしよう。
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