2月28日文庫発売記念SS
Extra Edition 01
ある日の事――
俺の部屋にリリィ・ヒルトンが押しかけて来た。
彼女は俺の門下生で、白魔法の英才だ。実家は名家で、異形種との戦いの最前線にもなりかねない学園で学ぶのを、父親に反対されていたのだが……。
そんな反対も押し切って、彼女は憧れの白魔導士レイ=ナイトを目標に、学園での修練の日々を送っている。
「カイ先生? なにをそんなにボーッとしていらっしゃるの? いつも眠そうでまぶたが半分閉じていますわよね」
長い金髪を揺らしてリリィは小さく首を傾げる。
「別にボーッとはしてもいないし、眠くもないぞ。俺の目付きは普段からこんなもんだ。それよりわざわざ尋ねて来るなんて、どうしたんだ?」
「ふふっ♪ 今日は白魔法の座学の講義が休講になってしまって、暇をもてあましていたので遊びに来ましたの」
言われて部屋の時計を見ると、三時間目の授業が始まる頃だった。
「休講って……教室で自習してなくていいのか?」
「学園内のどこで自習しても一緒ですわ。ちゃんと出欠だけは顔を出しましたし、他の生徒も、それぞれ図書館に行ったり開いている訓練施設に行ったりしてますし」
俺が在学していた頃とは、ルールが変わったんだな。まあ、教室に閉じ込められているよりは、図書館で本でも読んでいた方がよっぽど有意義だろう。
「で、俺の所に来たのか?」
「ええ! カイ先生と遊びたいと思いまして」
目を細めて無邪気な笑顔で俺に告げると、リリィは人差し指を立てて自分の口元に添えた。
「けど、困りましたわ。いったいどんな遊びをすればいいのかしら?」
「こらこら。自習なんだから遊ぶのはまずいだろう。というかだな、成人男性とお前みたいな未成年が遊ぶというのが、そもそもおかしいだろうに」
リリィはずいっと俺に歩み寄った。勢い余って胸がゆっさたゆんと揺れる。
溢れんばかりの二つの果実に……つい、視線を誘導されそうになる。
というか学園の制服のデザインなんだが、肌の露出が増えすぎだろうに。
学園の制服には防御魔法がかかっているのだが、その防御効率を考えるとこういったデザインに自然となる……と、耳にしたことがある。
男子の制服が普通なのだから、うさんくさいことこの上ない。
「遊びましょう! カイ先生!」
「いやだから……というか、お前、友達はいないのか?」
瞬間――
リリィの表情から感情が消えた。死んだ魚のような目で虚空を見上げると、口をパクパクとさせる。
「お、おい……リリィ? どうしたんだ?」
「友達? なんですの? それって美味しいのかしら?」
ぼっちか。
まあ、リリィの素性を考えれば仕方ない。名家の出身者というだけでも目立つ存在で、白魔法を教える教士たちで争奪戦が起こりそうな逸材だ。
とある理由で、彼女はそういった誘いを断り続けてきたのである。エリート生徒専門の教士の門下も袖に振った。
他の生徒からすれば、リリィの態度は鼻持ちならないのかもしれない。
リリィもそんな他の生徒と、距離を置いていたんだろうな。
生徒の中にはヒルトン家の家名に引き寄せられるようなのも、いたに違い無い。
学園に入学する前から、彼女は彼女が将来受け継ぐであろう権力の匂いを放ち続けて来た。自分の意志とは無関係に、
「現実をしっかり見ろリリィ。ええと、友達っていうのはだな……放課後に一緒に飯を食いに行ったり、同じ趣味の話をしたり、学校行事でつるんだりする連中の事だ」
まさか友達の定義を俺のような
「それでしたら、わたくしの頭の中に108人ほどいますわ! 実体はありませんけど!」
「妄想かよ! っつうか多いな」
「今度紹介しますわね。エリナにリカにレミーにブリュンヒルデ……」
女子ばっかりだな。まあ、男の名前がずらっと並ぶよりは良い……か?
いや、良くない。マシとかそういうレベルで語るべき事案じゃないぞ。108人の妄想友人は。
「紹介してくれるなら実在する友人にしてくれ」
リリィはがっくりと肩を落とした。
「ハァ……現実にそんな方がいれば、わざわざ暇つぶしにカイ先生を選びませんわよ」
こ、こいつ……俺をなんだと思っているんだ。前言撤回。こいつに友達ができない理由は、その奔放な性格が原因だ。
「年下の小娘に暇つぶしの相手をさせられる大人の身にもなってくれ」
「そんなにつれないことを仰らないで。わたくしは真剣に、このもてあましている暇をどうにかしたいのですわ。先生も講義を持っていないから午前中はお暇でしょう?」
「俺は忙しいぞ。色々と研究もしているからな」
リリィの視線が、部屋の中をぐるりと見回す。この春から、俺の部屋になりはしたものの、元は機材倉庫だった部屋である。いくら換気をしてもかび臭い、校内の僻地の小部屋だ。
リリィは室内に踏みいると、ドアを閉めた。
「旧式の実験器具ばかりで、どれも埃をかぶっているように見えますけど?」
「これはいいんだ。俺の場合、実験は頭の中でシミュレートできるから、実際にやらなくても問題無い。機材や資材や魔法力を使わない、高効率な理論実験だからな」
「わたくしの脳内フレンズと同じですわね」
「いや、違うから」
「そうですわ! この実験器具を使って何か遊びを生み出すというのはどうかしら?」
丸底のフラスコを手に取ってリリィがフッと息を吹きかけた。フラスコだけでなく、テーブルの上に積もっていた埃がぶわっと舞い上がる。
俺は腰に提げたポンコツマジックロッドに魔法力を込めて、気流を制御し埃を一カ所にかき集めると、そのままダストボックスに直行させた。
「あら! カイ先生、今のは黒魔法ですわね」
白魔導士のリリィだが、自分の専門ではない系統の黒魔法にも精通していた。今のは黒の第二階層魔法――風刃をベースにした魔法である。
小型の竜巻を複数同時に発生させて、ミクロン単位の塵も埃もかき集めるというものだ。
理論実験によって先日、暇な時間に頭の中で生み出したもので、仮の名は「Dランクから扱える意外と便利な清掃及び猫とかペットの毛を集める魔法」コードネームDAI-SONだ。
瞳をキラキラさせてリリィがフラスコを手にしたまま俺に詰め寄った。
「基本となったのは風刃のようですけど、空気が渦を巻いているようでしたわ!」
「あ、ああ。今のは風刃の変化系だ」
リリィは興味の対象となると、善悪の区別も無く純粋に理解したがる傾向にある。
白魔導士は白魔法を、黒魔導士は黒魔法を極めるものなのだが、自分が使えない魔法系統であっても、知識として学ぶことは重要なのだ。
特に白魔導士はそうである。黒魔導士がどんな魔法を使うかを、把握することでそれに合わせた援護が可能になるのだが……。
最近は白も黒も、双方いがみ合っていて協力できなくなって久しかった。そういう意味では、リリィには一流の白魔導士になる素養が備わっている。
「その魔法でお部屋を綺麗にすればいいのに」
「掃除をしたところで、ここの実験器具は使わないいんだからすぐに埃をかぶることになるだろ」
「あらあら、面倒くさがり屋さんですのね。そんなことでは、カイ先生は女の子にもてませんわよ?」
フラスコを口元に持っていって、ふーふーと吹くようにしながらリリィは悪戯っぽく笑う。
「別にモテたくて魔導士をしているわけでも、教士になったわけでもないぞ」
経済的な問題が解消されるなら、いっそ何もせず図書館でごろごろと本だけ読んで暮らしたいくらいだ。
「それではわたくしが困りますわ」
口を尖らせてすねたようにリリィは言う。どうしてお前に迷惑が掛かるんだ。俺はただ、自由にだらけていたいだけなのに。
「ハァ……もう諦めて教室に戻ってくれ。ここにいてもおもしろいことは何も起こらないぞ」
リリィはぶんぶんと大きく首を振った。金髪が舞うように広がる。密閉された狭い部屋で、ダイナミックに風を起こして。
「DAI-SON」
俺は再び舞い上がった埃を集めてダストシュートに誘導した。集塵率が落ちないのもこの魔法の良いところだ。
「嫌ですわ! 友達のいない門下生と遊ぶのも教士の務めでしてよ?」
「そんな務めはない。これ以上、埃を舞い上げないでくれ」
「わ、わかりましたわ! カイ先生は面倒くさがりですものね。わたくし、たった今、反省しました」
おお、やっと帰ってくれるのか。読みかけの本を手にした俺に、リリィはニッコリ微笑んだ。
「何をして遊ぶのか、こちらから提案すれば一緒に遊んでくださるのでしょう?」
「……は?」
「ですから、ただ漠然と何をして遊ぶかも決めずに、遊んで欲しいとお願いするばかりだったわたくしサイドに問題があったということですものね」
フラスコと俺を交互に見つめると、何か「閃いた!」というような顔をして、リリィは俺に提案した。
ぐいっと胸を張って彼女は声高らかに宣言する。
「このフラスコを手足を使わないで、何秒保持できるかゲーム!」
聞き返すのもちょっと嫌だが、一応、どんなゲームなのか確認しておこう。
「なあリリィ。もう少しこう……あるだろ。なんでもゲームってつければ成立すると思うのは、ゲームクリエイターに失礼だぞ」
「あら? ちゃんとゲーム的な要素はありますわよ? 体感系ですわ!」
「なにがどう体感系かは知らないが、もう少し詳しく教えてくれ」
やるかどうかの最終判断はそこで決めよう。恐らく却下だろうけど、門下生の提案に対して具体的かつ、相手がある程度納得できる理由を説明せずに、一方的にノーを突きつけるのはかわいそうだ。
「ですから、このフラスコを手足を使わないで、長く持ち上げ続けた方の勝ちですわ! 勝者は敗者に一つ、お願いができるというスリリングなルールも追加しますわね」
そいつは危険な提案だ。しかし、俺が勝てばリリィに「真面目に自習しろ」とお願いできるわけか。
「いいだろう。つまり、浮かせて保持するってことだな」
俺は彼女の手からフラスコを取り上げると、実験器具を洗うための流しに持っていって、水道の蛇口をひねった。
フラスコを水で満たす。そこが丸いため、このまま机の上に置いても倒れて水がこぼれるのは自明だ。
「この水を溢した方の負けだ」
「あら、カイ先生、ルールを追加するなんてノリノリですわね」
「やる気はないが勝利者賞が魅力的だったからな」
「わたくしに勝って何を命じるつもりですの? ば、場合によってはその……お引き受けできかねるというか……ほ、ほっぺたくらいまででしたら、やぶさかでもありませんけれど」
リリィは急にもじもじと膝をすりあわせながらうつむいた。
いや、何を想像してるんだお前は。
「それじゃあ先行はそっちでいいぞ」
リリィの挑戦タイムより、一秒でも長く保持すれば俺の勝ちだ。俺にはこんな時のために、理論実験で生み出しておいた「魔法力場で水を満たしたフラスコ一個分くらいの物体を、宙に浮かべて固定する魔法」略してFLY-COがある。
まさか、実際に日の目を見るとは思わなかったな。ちなみに、この魔法は用途を限定しているため、非常に燃費が良く、一昼夜は浮かせ続けられるだろう。
リリィは俺から水の入ったフラスコを受け取った。まあ、彼女がこの日のために練習などしていない限り、もって一分ってところか。
「では、先生がルールを追加したので、わたくしもルールを追加しますわ」
「な、なんだそりゃ。俺はルールを追加したんじゃなく、正否の判定を水がこぼれるかどうかということで明確にしただけだぞ?」
「殿方が言い訳とは見苦しいですわ。それに、カイ先生でしたら魔法で一昼夜浮かせるくらいできてしまいますものね。ですから……フラスコを保持するのに魔法禁止ですわ!」
なん……だと!?
「それじゃあ、どうやってこのフラスコを浮かせるっていうんだ?」
直接手や足で持ち上げるのは無しである。まあ、足で持ち上げる様っていうのは滑稽だが、それもできないとなると……。
リリィは大きく空いた胸元にフラスコを押しつけるようにした。
「えいっ! ひゃん! ひんやりしていて……ブルッとしてしまいますわ」
彼女は胸の谷間にフラスコを挟んでいた。腕組みをするようにして保持している。
「お、おい! それはその……ずるいぞ!」
俺には真似の出来ない芸当だ。というか、こんなことができるのは、学園の女子の中でも限られるだろうに。
くそッ! まさかこんな方法があったとは。というか、解せぬ。
「これなら何分でも保持できますわね。降参するなら今のうちですわよ?」
自慢げに胸を張ってリリィは俺に勧告する。
「反則だろ。その……胸で挟んでいるようには見えるが、その胸を腕でぎゅっと押さえて保持してるじゃないか?」
「間接的ですわよ? 直接手に持っているわけではありませんし」
フラスコの口から水がぎりぎりこぼれない。どうすればいいんだ? 脇に挟んで保持……いや、そんな情けない姿を門下生にさらすのもアレだが、おそらくリリィの保持法ほどの安定感は得られないぞ。
頬を赤らめ微妙に息づかいまで早くなるリリィ。
「カイ先生? 降参してくださいませ。ええと、その……フラスコの長い管状の部分を、胸で挟むようにしていると……なんだかとっても不思議な気持ちになってきますの。これ以上は……はうぅん……こ、こぼれてしまいますわ! いっぱいいっぱいのが溢れて、こぼれてびしょびしょになってしまいますわ!」
いや、知らんがな。どれだけ彼女が不思議な気持ちになろうとも、俺としてはリリィの記録がこれ以上伸びるより、一秒でも早く失敗してくれるのを祈るばかりだ。
「カイ先生……は、早く……わたくしより先に(降参と)いってくださいませ」
途中で言葉を略すな。というか、しぶといな。
「ええと、それじゃあ俺もルール追加だ。フラスコを浮かせるのに魔法は禁止なんだろ。だったら……妨害に魔法を使っても良しだ」
「そ、そんな殺生ですわ!」
俺はフラスコの球体の中にDAI-SONを発生させた。空気ではなく水が渦を巻き、フラスコの口から噴水のように吹き上がる。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアバババゴポポポッ!」
顔面に水の直撃を受けて、リリィはびしょ濡れになりながらその場にぺたんとアヒル座りになった。
水浸しで、ただでさえ薄手の制服が彼女の肌にぴったりとくっついてしまっている。
「やってくれましたわねカイ先生! 今度はカイ先生の番ですわよ!」
ざっくりとしか見ていなかったが、リリィが保持できたのは一分程度だ。
「よし。いいだろう」
俺は午後の訓練用に用意しておいたタオルを彼女に渡すと、空のフラスコを受け取って水を汲んだ。
それを実験用のフラスコ置きの上に設置する。
「道具を使うなというルールは無いよな」
「そ、それは……そうですけれど! わたくしの魔法による妨害はどうしますの?」
リリィはワンドを手にした。俺も白と黒、両方のマジックロッドを手にして笑う。
「全力で守るだけだ。フラスコを浮かせるために魔法を使わなければいいわけだからな」
「そんなのへりくつですわ!」
怯えたようにリリィがブルリと震える。ふっはっはっは。勝った! 大人げなかろうと勝負に負けるわけにはいかない。
「さあかかってこ……」
い?
マジックロッドを構えてリリィに突きつけた瞬間――
ノックも無しに部屋のドアが開かれた。
「ちょっとカイ! 魔法実技の授業が休講になっちゃったから、遊びに来てあげたわ……な、なにしてんのよあんたたち!?」
びしょ濡れのリリィにマジックロッドを構えた俺が、今にも襲いかからんという光景だ。
「ええと……雷帝でいいかしら?」
リリィが「ち、違いますわ。これはレクリエーションですの!」と、俺の代わりに弁明したのもつかの間――
小さな部屋は雷撃の嵐に包まれたのだった。
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