プロローグ 契約延長

では本日から職務復帰ですね

「以上が貴方の不在時にあった諸々の経過報告となります。今後も我が学園のため、尽力してくださいね。カイ・アッシュフォード先生」


 もろもろの状況説明を終えたところで、学園長――ルーファス・ホワイトハウスは背もたれに体重をかけて溜め息を吐いた。頷きつつ返す。


「ああ。ただあまり過度な期待はしないでくれ。こっちは非常勤教士なんだし」


 先日の超大型異形種強襲を水際で防いだおかげで、学園本体の被害は外壁の一部が損壊した程度の軽傷だ。あと数日で修繕完了とのことである。周囲の都市部分の復興はこれからだが、短期間のうちに人もモノも戻りつつある。


 元通りといえば、俺の腰ベルトには、またしても頑丈なだけで性能の低い白黒一対のマジックロッドが下がっていた。


「なあ学園長。できればもう少しマシなロッドは無いのか?」


「学園都市復興のため議会の支援を取り付けたといっても、全体の予算は限られていますからね。もちろん貴方の“実質的な”活躍と功績もかんがみて、特例として申請はしているのですが……どうにも貴方の名前を出すと予算が通りづらいんですよ。不思議ですね。議会の重鎮に嫌われるようなことでもしましたか?」


 有力者である教え子の実家で一発かました程度では、こうも目の敵にはされないだろう。


 三百人議会で俺の正体を知る者は限られる。彼らは議会の中でも選ばれた家柄で、王立研とも通じていた。俺から愛用の「黒獣」と「白夜」を取り上げたのも、きっと彼らのうちの誰かだろう。


 学園長は続ける。


「戦果報告をきちんとしていただければ、こちらもそれを材料に交渉できるのですが……おっと、そんなに怖い顔をしないでください」


 戦果のすべてを勇者に託してしまった俺に、学園長が眉尻を下げる。


「私の私財があれば個人的に融通してあげられなくもないのですが、この通りの状態でして。ご存じないかも知れませんが、先日、非常にたちの悪い賊に火事場泥棒的にもっていかれてしまったんですよ」


 学園長室のガラスケースは空っぽだ。


「そりゃあ災難だったな」


 俺とて好きで借りを作ったわけではない。気の毒だとは思うが、学園を守るための必要経費だ。


 しかしまあ、この期に及んで学園長にたかってやろうという、俺の計画は水泡に帰した。ただ頑丈なだけのオンボロマジックロッドでも、配給されるだけマシ……か。


 教え子二人のペア戦優勝のボーナスも吹っ飛んじまったな。

 俺の返答にルーファスは目を細めながら続ける。


「では本日から職務復帰ですね。心より歓迎いたします。愛をもって生徒に接してあげてください」


「愛って……俺はやれることをやるだけだ」


 ルーファスが差し出した青いファイルを受け取って、俺は退室した。


 出てすぐにそれを開く。


 ローザ・ワイルド。リリィ・ヒルトン。更新された二人の少女のプロフィールに視線を落とした。そこには先日のペア戦優勝に加えて、勇者との共闘という新情報が追記されている。


 さて、困ったな。


 教えることは山ほどあるのだが――


 思索にふける暇も無く、俺の名を呼ぶ声が廊下に響いた。


「あら、奇遇ですわねカイ先生。こんな所で出会うなんて、きっとわたくしたちは深い師弟の絆で固く結ばれているのですわ」


 艶のある長い金髪を指でたくし上げるようにして少女が笑う。その隣で、黒髪少女がムッとした表情で不満そうに口を開いた。


「奇遇も何も、ずっと尾行して学園長室前に貼り付いてたんじゃない。ストーカーよ!」


「そういうローザこそ、わたくしの後ろにくっついてきて、ストーカーじゃありませんこと?」


「べ、別にあんたのことを追いかけてたわけじゃないわ! たまたま行く先が一緒だったっていうか……」


「では一緒にカイ先生をストーキングしていたと認めますのね。うふふ♪ 本当に素直じゃないのだから。黒魔導士ってひねくれ者しかいないのかしら?」


「普段より性格悪くなってるんだけど! ちょっとカイ! あんた先生でしょ? この白豚をなんとかしてちょうだい! あんたが戻ってから、ずっとウキウキしっぱなしでテンションもあがりっぱなしみたいなのよ!」


 金髪少女が大ぶりな胸を張る。ゆっさたゆんと豊満に揺れるそれは、彼女の性格と同じくらいにグイグイと主張した。


「わたくしはいつもどおりですわ。まったく……胸に真っ平らな黒板をぶら下げてなにを仰いますの?」


「黒板なんて下げてないわよ! 刮目しなさい!」


 ローザも負けずに胸を張った。何一つ震撼することのない凪いだ海のようだ。


 しかしまあ、相変わらず仲の良いことで。出会った時よりもずいぶんと打ち解けたな。

 ファイルを閉じて視線を上げると、俺の顔をのぞき込むようにして二人の少女が笑顔を浮かべた。


「「というわけで、おかえりなさいカイ!」」


 示し合わせていたように、二人の呼吸はぴったり揃っていた。


 金髪ロングのお嬢様がリリィ・ヒルトン。

 この国を牛耳る三百人議会にも名を連ねる名門ヒルトン家の令嬢だ。学園の二年生で白魔法専攻。才能実力ともに学園屈指。その優秀さと出自から、白魔導士の教士たちから引く手あまたのはずなのだが、ある理由でずっと誰の門下にも加わらずにいた。そんな彼女を、ひょんな事から俺があずかることになったのだ。


 隣に立つ黒髪ショートのちびっ子はローザ・ワイルド。

 異形種によって滅ぼされた僻地の村の出身で、身寄りも後ろ盾も無い中、自分の才能一つでのし上がってきた黒魔法の使い手だ。第七界層に属する高等な攻撃魔法すらも操る“選ばれし才能”の持ち主である。が、二年生になるまで良い指導者にも学友にも恵まれず孤独な一匹狼で、伸び悩んでいたのが俺の元に転がり込んできた。目下の目標は打倒“俺”という物騒な少女だ。


 ローザがかかとを浮かせるように背伸びしながら俺に訴える。


「やっとまた学園生活が楽しくなりそうね! ここしばらく、午後の授業はずーっと退屈してたんだから。さあ、今すぐぶっとばしてあげるわ!」


 その隣でリリィも頷いた。


「ええ。カイ先生と手合わせできなくて、すっかり腕がなまってしまいましたわ」


 さっそく実戦形式の訓練を希望する二人。

 が、俺は青いファイルで二人の頭を軽くパンパンと叩いた。


「この前は試験演習のために実戦形式で訓練をしたが、あれはあくまで緊急措置だ。しばらくは座学や個別の基礎訓練だぞ」


「「ええー!?」」


 二人同時に抗議の声を上げる。息ぴったりなのは限り無き灰色の魔法系統アンリミテツドの完成に必須だが、それ以前に二人の弱点を補強していきたい。


「文句を言うな。二人とも得意分野に特化しすぎて、苦手を放置してきたからな。そのツケをこの前みたいな実戦で払わせるのはリスクが大きいんだ」


 その分の見返りも大きいということは、黙っておこう。


「いいか? ローザはまだ感覚で構築を誤魔化している部分がある。だから今日からは座学を中心に魔法理論の補強だ。リリィはわかっていると思うが、魔法力の負荷に肉体が耐えきれるように、基礎体力訓練だぞ」


 ローザが黒髪を振り乱して吠えた。


「い、いいじゃない感覚でやっても! 魔法で大事なのはライブ感よ!」


 お前はそのライブ感で無駄に魔法力を消耗しすぎだっての。

 リリィも不満があるらしく、ほっぺたをぷくーっと膨らませた。


「基礎体力訓練なんて、カイ先生の門下でなくともできることですわ!」


 まあ、ぶっちゃけそうなのだが……いくら文句を言ったところで基礎は避けて通れないぞ。


 それに……恐らく今の俺では、二人を同時に相手することができない。

 先日の戦いで俺の力はそれほどまでに消耗しきっていた。




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