俺の出番はどうやら……ここまでか

 二人は動揺と不安の入り交じった視線を俺に注いだ。


「え……ちょっと……試験って何よ!?」


「卒業というのはどういうことですの?」


 詰め寄る二人に、そっと静かな口振りで返す。


「実は今回、色々あってな。無事に学園に戻れてもクビになりそうなんだ。そうなると二人に教えるのは、これが最後のチャンスだから……無理してでもついてきてもらった」


「クビって……あれだけの数の異形種を殺しまくって、このデカ物の動きを止めて、学園を守って……なんであんたがクビになるわけ!?」


「そ、そうですわ! わたくしも納得できません!」


「大人は色々と面倒なんだよ。クビになるならまだマシで……それよりも先に死ぬことだってあるんだ」


 どれだけ強くても、異形種との戦いでは何が起こるかわからない。だからこそ技術や知識は継承されるべきだ。


 積み重ねてきた過去と、続く未来への希望こそが人類の力なのだから。


 この二人が歩む道の先には、俺がたどり着けない未来がある。


 そう……俺は信じている。


「あんたが死ぬとか、ぜんっぜん考えられないんだけど」


「そのような恐ろしいこと、口になさらないでくださいませ」


 心配してくれているみたいだが、時間もあまり残されてはいない。惜しんだり感傷に浸るのは、後でいくらでもできることだ。


「二人にはこの結晶核を消してもらう。破壊すれば汚染が広がるし、封印では一時しのぎだからな。ローザには一度見せたから大丈夫だろう」


 ローザが声をひっくり返した。


「ええええッ?! 一度見たから大丈夫って……な、何言ってるのよ!?」


「お前のセンスなら問題無い。それに、ここで俺が低出力だが見本を見せる。二人はそれをトレースして再現すればいいんだ。失敗すれば結晶核が爆発して、この一帯が汚染される。そうなれば前線が崩壊することになる……責任重大だぞ」


 もちろん、そうならないようにする保険は掛けてある。俺自身、あまりプレッシャーをかけられたくないのだが、この先、重要なのは二人の同調率だ。


 同じ重圧感を共有することで、二人の波長を合わせる……打ち勝てと、心の中で祈るしかない。


 リリィが不安げに眉尻を下げてうつむいた。肩を震わせる。


「わたくし、大概のことは上手くできると思いますけれど……」


 ……これはプレッシャーを掛けすぎたか?

 小さくせき払いを挟んで告げた。


「なあリリィ。いつかレイ=ナイトに師事するんだよな? 白魔導士の最高峰は、くぐってきた修羅場の数だって一番だ。そのどれもが人類存亡の危機だったかもしれない。そんな人に教えを請うなら、一度くらいは同レベルの重圧感の中で、力を発揮してみてもいいんじゃないか?」


 すると、不安げなリリィの瞳にかすかな光が宿った。


「そう……ですわね。この試練を乗り越えた先に……レイ=ナイト様がいらっしゃるというのなら!」


 思いの外立ち直るのが早くて、正直驚きだ。


 一方ローザは首を激しく左右に振った。不安よりも混乱の方が大きいらしい。


「ちょっと何勝手に決めてるのよ!」


 怒声を上げる少女に俺はニッコリ微笑む。


「いいのかローザ? リリィは自分の夢に向かって一歩進むと決めたのに、置いて行かれるぞ? そうなればますますローザとの距離は広がるし、いつまでたってもシディアンには追いつけないんじゃないか?」


 少し挑発混じりに告げた瞬間、ローザの目の色が変わった。まるで心に火が点いたようだ。マジックロッドを握り直し、噛みしめるように頷く。


「い、言ってくれるじゃない……やるわ。やってやればいいんでしょ!?」


 逆切れ気味だが覚悟は決まったようだ。


 きっと、どちらか一人だけではこうはいかなかったろう。競い合える仲間がいる。お互いの違いを認め、それを合わせて力に変える。


 人類が異形種に打ち勝つには、その力こそが必要だ。


 俺はポンコツクソロッドを手に、二人に実演する。

 基礎も応用もすっ飛ばして、最初から奥義を伝授してやろうじゃないか。


「では始めるぞ。二人とも、俺の構築する魔法公式を再現してくれ……そして、どんな理由でも動機でも構わないから、こいつを消し去るという信念を持つんだ」


 二人は互いに見つめ合うと、俺の方に向き直ってゆっくり頷いた。


 俺を挟んで左右に並ぶ。右にローザ。左にリリィ。

 二人が準備を整えたのを確認して、俺は魔法を発動させた。ポンコツロッドでは力をまともに発揮できないが、それでも構わず魔法公式を構築する。


「消し去ってやる……消し去ってやる……こいつらを一匹残らず!」


「強くなりますわ……そして世界を救いますの……そのためにも消えていただきます!」


 二人の宣言に俺は頷いた。結晶核の中身がどう出るかは、開けて見るまでわからない。


「行くぜ……限り無き灰色の魔法系統アンリミテツド……対消滅理論ラグナロク


 俺の手にしたロッドに光と闇の刃が生まれた。


「我が魔法力を対の刃に!」


 一呼吸置いて、二人の少女、それぞれのロッドとワンドにも魔法力の刃が再現される。


「あたしの力のすべてを漆黒の刃に!」


「わたくしの魔法力を束ね合わせて白き刃に!」


 二人とも俺以上の力で、不安定ながらも、なんとか威力を維持できているようだ。

 まだまだ脆く危うい……だが、その魔法力の純度は高く、美しい刃だ。


 さあ……世界を救う一撃をぶちかましてやろうじゃないか。

 両腕をぐっと引き絞るようにしてから、全身全霊の力を込めて……俺は結晶核にロッドから伸びる左右の刃を打ち込んだ。


 ガギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!


 が、弾かれる。無情にも。あっさりと。さも当然のように。


 しかもあれだけ頑丈だった……というか、それしか取り柄のなかったクソポンコツロッドが、結晶核の外殻を傷つけることもできずに手中で砕け散った。


 俺の肉体から魔法力が拡散し、大気に溶けて消えていく。ちょうどきっかり魔法力切れだ。


 このデカ物を相手に俺一人では、どのみち対処不能だったか。

 残念だったな……結晶核。俺の攻撃を防げたところで、お前に未来は無い。


「ぶちかませローザ! リリィ!」


 俺の両サイドから、白と黒、二つの刃が結晶核に突き立てられた。


「「いけええええええええええええええええええええええええええええええええ!」」


 少女の声がユニゾンを奏でて空間に反響する。

 切っ先を拒む斥力が働いたが、無駄だ。


 火花を散らしながら、二人の少女が踏み込み……刃を突き入れた。


 そのまま切り裂くと……巨大な胎児のような“何か”の姿が露呈した。


 俺は叫ぶ。


「続けろ二人とも!」


 二人の意識は今、限り無き灰色の魔法系統アンリミテツドの発動によって一つになっているはずだ。


 ローザに見せたあの夜の光景を、今やリリィも共有している。

 となればやることはわかっているはずだ。


「「灰に還れええええええええええええええええええええええええええ!」」


 二人はそれぞれの得物を振るい、胎児のような“何か”の反撃が来る前に行動を完了した。


 完全なる消滅。相反する二つの魔法力の融合が起こす奇跡にして、おそらく何人もあらがうことができないであろう力――


 二人の少女は互いの刃を交差させた。


 キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン


 透き通った響きが、閉ざされた世界に響く。


 ローザが呟いた。


限り無き灰色の魔法系統アンリミテツド


 リリィが合わせる。


応用魔法公式アドバンスドロジツク


 二人は声を合わせてユニゾンを奏でた。


「「対消滅理論ラグナロク!!」」


 とどめと言わんばかりに一撃を叩き込む。


 ローザとリリィは同じタイミング、同じ波長、同じ魔法力によって、それぞれの刃を突き入れ、ねじ込み、穿ち、最後に……互いに引き裂くように両腕を振るった。


 アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア…………


 心地よい断末魔を耳にして、俺は見届けながら後ろに倒れ込む。

 俺一人の出力では不可能な威力を、ローザとリリィは生み出したのだ。


 巨大な胎児のような“何か”は、二人が発生させた虚無の空間に呑まれると、ブンッ! と、空気を振るわせるようにして、最初からそこに何も無かったかのように消え去った。


 余韻のようなものが、がらんどうの空間をゆっくり満たす。


 水滴を落として、鏡面のような水面に波紋が広がるように。


 その中心にいるのは、二人の少女。


 黒髪を振り乱し、悲しみと怒りを力に変えて戦う黒魔導士のローザ。

 優雅に金髪を揺らしながら、秘めた慈しみの心で仲間を守る白魔導士のリリィ。

 見届けると、指先から感覚が無くなり、身体の力が抜けていくのがわかった。


 俺の出番はどうやら……ここまでか。


 この数年は研究ばかりで鍛錬を怠ってきたからな。ここまで自分がナマクラになっているとは思わなかった……。


 まあ、それでも二人に継承できたなら……充分だ……。

 遠のく意識の中で、二人の少女の背中がこれまでにないほど凛々しく見えた。


 やっと限り無き灰色の魔法系統アンリミテツドを使える、自分以外の人間が生まれたのだ。

 これで……安らかに……眠れる……はず……。


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