白と黒の奇跡

それじゃあ……少し早いが卒業試験だな

 群がる異形種を各個撃破しつつ、敵の増援があれば限り無き灰色の魔法系統アンリミテツド――虚蝕ヘカントケイルによって、展開する前に消滅させた。


 撃つ度にロッドを一本ずつ消費するのだが、背に腹は変えられない。

 ローザが俺の背中に悲鳴をぶつけた。


「ちょっと! ペースが早すぎるわ! リリィが持たないから!」


 自分もギリギリだというのに、リリィの心配をするなんて……変わったなローザ。


「ハァ……ハァ……これくらい、どうってことはありませんわ」


 二人がついてこられるペースに落としてはいるのだが、少しきつそうだ。

 充分に雑魚もちらしたことだし、そろそろ射程圏内だろう。


「飛ぶぞ……二人とも舌を噛まないように口を閉じておけよ」


 限り無き灰色の魔法系統アンリミテツド――飛翔を二人に掛けて浮かせると、要塞級めがけて飛ばしてから、それを追う。


「「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」


 口を閉じていろといったのに、二人は悲鳴を上げて吹っ飛んでいった。合わせて俺も追いかけるように空を駆け抜けた。


 足下を埋め尽くす異形種の群。その頭上遙か高くを越えて行く。

 巨大な蜘蛛の背中の辺りまでくると、飛翔の効果が途切れだした。二人までならこの手は良く使っていたんだが、三人まとめてだと安定しないものだ。


「着地は自力でなんとかしろよ」


 ほぼ、自然落下する形になった。要塞級の背中には、守備兵のようにソルジャーアント型が集まっている。


 俺たちの襲来を察知して殺到したようだ。ローザが魔法公式を構築、展開した。


「風刃ッ!」


 風の刃ではなく、風を放出してクッションのように地面……というか、要塞級の背

にぶつける。


 甲板のような背に集まったソルジャーアントを突風が吹き飛ばし、ローザは反動でなんとか着地した。


 一方リリィはというと、自身に防壁をかけつつ墜落と同時に治癒で負傷を回復するという、ある意味ローザ以上の荒技で着地を決める。


「ふう……なんとかなりましたわね」


 口元の血をぬぐって微笑む彼女の隣に、俺は重圧の魔法による重力と慣性制御をしてスッと降り立った。

 二人の無事を確認しつつ告げる。


「この先、要塞級の腹の内部に侵攻する。おそらく魔晶石はそこだ。回収できればそれにこしたことはないが、すでに結晶核化している可能性が高い。今回は状況が状況だからな。破壊を優先する」


 ローザが頷いた。


「わかったわ。けど……あたしたち……カイの足手まといにならない?」


「そんな心配するなって。らしくないぞ」


 軽口で返したところで、リリィから「前方に敵影。こちらに向かって来ますわ!」と報告が入った。


「二人は援護を頼む」


 俺が想定していたよりも敵の数は多い。力を抑えて戦うのは苦手だが、マジックロッドを温存して連中の防御を突破できなければ元も子もない。

 最悪の場合でも、二人に飛翔を掛けてアストレアがいるあたりまで飛ばせばいい……って、こんな雑魚どもに殺されるつもりはさらさら無いけどな。


 教育の機会を実戦の現場で二人に与えつつ、敵を殲滅しなきゃならんとは。


 教士の仕事は研究よりも遙かに難しい……が、それだけやり甲斐があると言えるかも知れない。




 要塞級の背を渡り、三百メートルほど行軍した。その間に俺たちに向けられた異形種の数は覚えていない。


 地上に吐き出していた戦力が引き戻され、そいつらからの集中砲火を受ける。が、すべての脅威を俺は排除していった。


 一歩一歩、着実に結晶核のある要塞級の後部デッキ――腹へと進む。

 ローザもリリィも逐次、俺の討ち漏らした敵を攻撃するなり、回復や援護でフォローを欠かさない。互いにケアすることも忘れず、攻撃と防御の呼吸はぴったりだ。


「あと十秒ちょうだい!」


「でしたら輝盾を再展開いたしますわ。それで持たせられまして?」


「充分すぎるわね!」


 やるべき事、目標がきちんと定まっていると、二人は互いに必要なことを補い合うことができた。


 まあ、それもこれも、彼女たちでは手に負えないレベルの異形種の群に囲まれていてこそか。恐怖や緊張を乗り越えようと、二人の集中力は最高潮に達しつつある。


 そして……ついに俺たちは到達した。

 足下に向けて俺は限り無き灰色の魔法系統アンリミテツド――虚蝕ヘカントケイルを放つ。


 ローザが吠えた。


「ちょ、ちょっといきなりッ!?」

「あらあら、また落下ですのね」


 崩れるというよりも、足下の感覚が消え去って、俺と少女二人は要塞級の体内に潜り込んだ。


 落下しながら空けた穴に白の第五界層――遮蔽で蓋をする。これで追っ手も防げるだろう。


 降り立った腹の中はがらんどうだ。やはり生物を模しているだけで、異形種というのは何者かわからない。

 そんな薄暗く広い空間の中心部に柱のようなものが建っていた。


 ローザがそっと指差す。


「もしかして……あれって」


 柱の大きさもさることながら、根元の肥大化した結晶核は先日、俺が消し去ったものとはサイズが大人と子供ほども違っていた。

 五倍近くある。こいつは……やっかいだ。封印するなら学園の教士を総動員しなければならないレベルだが、あちらはあちらで現在、手一杯だろう。


 ここで俺たちが決めるしかない。


「まあ! 異形種の中で結晶核が巣を構築していたのですわね? これは大変興味深いですわ」


 今にもリリィは柱に駆け寄っていきそうな雰囲気だ。


「こらこら。観察ならこれからいくらでもできるんだから、後にしてくれよ」


 手の中で崩れた高価なマジックロッドの代わりに、俺は学園から支給されたクソロッドに手を掛けた。ここにたどり着くまでに敵勢力を削げるだけ削いだため、クソロッドを除けば使えるのは残り一セットだ。


 クソロッドで光球の魔法を発動させた。相変わらず、負荷ばかりかかって光量が稼げない。


 俺は二人を引き連れて柱に近づいた。しかしリリィが言った通り、まさか要塞級に結晶核が巣を根付かせているとはな。


 道理で積載量を超えて敵の軍勢が湧いて出たわけだ。要塞級は単なる運び屋だと思っていたんだが、輸送だけでなく兵力の生産も可能になったらしい。


 次元解析法リグ・ヴェーダシステムを欺くだけじゃ飽き足らず、本当に悩ませてくれる連中だ。


「それじゃあ……少し早いが卒業試験だな」

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