動きを止めるぞ……アストレア
さらに――
ズン……ズン……ズン……ズン……
と、大地が震え始めた。これに気付いてローザが叫ぶ。
「ちょっと! もしかしてこの振動って……あの夜の!?」
俺は風刃を乱れ飛ばして、近づく異形種を片付ける。そうして二人の門下生が呼吸を整える時間を稼ぎつつ、頷いてみせた。
顔を上げて、遠くに揺れる巨大蜘蛛の影を指差す。
「あの要塞級で学園に直接乗り付けようって腹づもりか。さすがにアレをぶつけられたらひとたまりもないな」
回復したリリィがローザに加速をかけながら、俺に質問した。
「学園は大地の魔法力が集まる気脈の上に……まさか、それが狙いですの!?」
思考と行動を切り離して同時に処理できるあたり、リリィはセンスが良い。
魔法都市の発展には、より魔法力の集まりやすい土地が必要不可欠だ。
どうやら連中は都市を陥落させるのではなく、学園都市そのものを大地の気脈もろとも呑み込んでしまおうというのだろう。二㎞地点はこちらの感知できるぎりぎりの範囲だ。バレるとふんで全力攻撃とは恐れ入る。
が、何にせよ異形種の行動はこちらの予測の域を出ない。
仮説を積み上げるのはこれくらいにして、現実的な対処に移るとしよう。
「動きを止めるぞ……アストレア」
「オッケー! で……どうやんの? 考えるのはいっつもカイの仕事だもんね?」
まったく……戦士養成機関で教官をしているのに、また俺に丸投げか。
さてと……山が動くような巨大さで、要塞級が迫る。その動きは緩慢に見えるが、歩幅の大きさから学園到達まであと十分といったところだろう。
「突き技で一番貫通力のあるやつを頼む」
「あ! わかった! 脚を何本か折っちゃうって感じ?」
「狙うのは根元の部分。向かって右側の脚の付け根八本が、直線上になった瞬間に全部撃ち抜く。当然できるよな?」
雑魚をちらしながら、俺とアストレアはミーティングを進める。ローザとリリィは
「え、ええ!?」と、困惑しっぱなしだが、安心しろ。二人の出番はこのあときっちりとってあるから。
アストレアがマンティス型の首を刎ねながら、珍しく困り顔になった。
「うーん。アノ手の大きなやつって、スカラベ型以上に強力な防御で固めてるし、この距離からだと貫通は無理っぽいかも」
「なんのために俺がいると思ってるんだ?」
雑魚を散らしているうちに、いつの間にか破断した黒魔法ロッドを投げ捨てて、俺は次の1セットを両手に構えた。
「あ! そうだよねー! じゃあフォローは全部よろしくね」
アストレアが突きの構えをとって力を溜める。戦士は魔導士と違い、小難しいことにはこだわらない。
磨き抜いた技を信じて、己の全力をぶつけるのみだ。
俺は門下生二人に告げた。
「二人ともアストレアに近づくなよ。巻き添え喰らうから」
念のために忠告しつつ、俺は魔法公式を構築する。
アストレアの剣の切っ先に超振動を展開した。白の第九界層魔法は、あらゆる防御を無効化する。さらに黒の第九界層――虚無による消滅属性を彼女の剣に付与する。
「いっくよおおおおおおおおおお!」
ぐっと腰を落とすとアストレアは弓を構えるように、利き腕を後ろに引き絞り……突きを放つ。
そのタイミングに合わせて、二つの魔法を融合させた。
先ほど放った
火線は巨大な脚を貫いた。一撃で八本の脚を貫通すると、アストレアは勢い良く剣を斬り上げる。
巨大蜘蛛の脚は本体から分断された。
片側の脚を一斉に失い、山のような巨体が斜めに崩れ落ちる。
ズウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン
砂煙を巻き上げて要塞級は大地に横たわった。が、その巨体が消え去ることはない。脚を破壊した程度では、完全に活動停止とはいかないようだ。
光景の一部始終を見届けながら、ローザがぽかんと口を開けて呟いた。
「やった……の?」
同じく、人間技とは思えない威力を目の当たりにしたまま、リリィが首を左右に振る。
「消滅していないということは、目標は以前健在。活動中ですわね」
攻撃を放って一息つくアストレアに、大蛇のようなワーム型異形種が襲いかかる。それをめざとく察知して、リリィが光弾ではねのけ、吹き飛ばしたところにローザがすかさず雷槍で止めをさした。
アストレアの一撃に圧倒されてはいるものの、二人の集中は途切れていない。むしろ、先ほどまでよりも増していた。
「あっ……ありがとね二人とも! 助かったよ!」
ワーム型くらい眠っていても切り払えるだろうに。アストレアは二人に礼を言いつつ、再び雑魚を散らし始める。
「ど、どういたしまして」
「お役に立てて嬉しいですわ」
ローザもリリィもまんざらでは無さそうだ。
要塞級の動きが止まり、通信機から全体の戦況が俺の耳にも伝わった。
学園都市は街並みが破壊され、竜巻に巻き込まれたかのような蹂躙を受けたが、学園本体は守り切れているようだ。一般人に死傷者無し。教士数名に負傷者が出ているものの、良く持ちこたえている。
俺は再び、自重で潰れた海洋生物のように、ぐったりと動かなくなった要塞級に向き直る。合わせて看破の魔法で確認すると、要塞級が全体に張り巡らせた防御魔法も消えたようだ。
というか、防御魔法を一部に集中していた。後部のいわゆる腹の部分だ。そこに結晶核があるらしい。教えてくれるとは親切なヤツだ。
「仕上げだな。ローザ……リリィ……一緒に来てくれ」
先ほどからずっとアストレアの援護で手一杯だったが、今度こそ二人の出番だ。
世界を救う一歩目を踏み出すには、この上ない舞台が整っている。
ローザが首を大きく左右に振った。
「一緒にって……まさかアレに乗り込むの?」
「怖じ気づいたのか? 異形種は全部殺し尽くすって意気込んでただろ?」
「も、もちろんよ! や、や、やってやろうじゃない! 別に異形種が怖いんじゃな
くて、ちょっと勇者アストレアのすごさに、び、び、びびったってわけじゃないけど、驚いてるだけよ!」
喋るほどびびってる感が出まくりだぞ。出会った当初の闇の住人っぷりはどこに行ったのやら。
リリィはといえば。
「んぐ……わたくしの方は問題ありませんわ! どこまでもカイ先生のお供をする覚悟がありますもの」
今、吐血を呑み込んだぞ!?
強がってみせるところがいじらしい。が、怖いのでこれからは呑むのはやめような。
俺はアストレアに告げる。
「というわけだから、しばらくこの場を頼む。ついでに道を切り開いてもらえると助かるんだが」
「しょうがないなー。いいよ! そおれえええええええええええええええええ!」
振り上げた剣を唐竹割に振り下ろすと、まるで海が割れるように異形種の群が吹き飛んでいった。要塞級までの道が生まれる。
「着いてこい! 全速力だぞ!」
互いに頷き合った二人を引き連れて、俺は最終決戦場に向けて駆け出した。
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