爆ぜろ……虚蝕
「なあ、ヒドイだろ? いくら頑丈なマジックロッドっていったって、こんなんじゃろくに力が発揮できないんだ。壊れないだけ感謝しろ……ってか? というわけで、マジでやらせてもらうために拝借しに来た」
「ノックもせず入ってくるなり、私のコレクションを持ちだそうとするなんて、嫌がらせどころか犯罪ですよ。カイ・アッシュフォード先生」
部屋の奥の椅子に浅く掛けて、机の上に肘をつき手を組んだままルーファスは溜息をついた。俺はガラスケースにかけられた魔法鍵を解除して、手当たり次第に高級なマジックロッドを全身にマウントしていく。
白と黒、十一本ずつ装着して、さらに両手に三本ずつまとめて握り込んだ。
学園長のコレクションを無理矢理全部攫う格好だ。
「部屋から一歩でも外に出れば、貴方の刑事責任は免れませんよ?」
「訴えたければ好きにしろ。今回の事態がヤバイことくらいはわかってるんだろ? 俺の要求通り、きっちり保険をかけやがって」
ルーファスは首を傾げる。
「さて、なんのことやら」
アストレアに学園視察を要請したのはこの男だ。偶然で片付けられなくもないが、魔法の才能が無いにもかかわらず、学園長の椅子を射止めたこの男ならば……と、つい勘ぐってしまいたくなる。
俺はルーファスに背を向けた。
「時間が惜しい。好きにやらせてもらうぜ」
「はぁ……そうですね。この部屋にはこの時間、私はいなかった。緊急対応に追われていたんでしょう。しかし、火事場泥棒に遭ってしまった……残念なことです」
遠回しの承諾に「礼は言わないからな」と返すと「泥棒に感謝される言われはありませんよ。ただ……我が学園は成果主義ですからきちんと結果を残してください。それに品物さえ戻していただければ、火事場泥棒も無かったことになりますから」と、ルーファスは俺の背中に憎まれ口を叩く。
返せるような使い方なら、こんなおびただしい本数のマジックロッドは必要ないだろう。それはルーファス学園長も解っているはずだ。
この分だと無事に戻ってきても、クビは免れないだろうな。次の就職先も考えておいたほうが良さそうだ。なにせ、ルーファスの誇る高価なコレクションでさえ、俺の全力に応じられるスペックには、到底届いていないのだから。
異形種の群れが学園都市の蹂躙を開始した。都市防衛用の壁はソルジャーアント型の酸に溶かされ、そこから蟻どもが堤防を破った黒い汚水のように侵入してくる。
個体強度が低い先兵ばかりなのは、ローザとリリィをお供に敵陣につっこんだアストレアのおかげだ。優先的に危険の芽を摘む戦いをしてくれているのだろう。
そんなアストレアたちから遅れて、学園の防衛戦も開幕した。
白魔導教士たちが学園を囲むように張った結界に、敵陣の第一波が押し寄せる。
壁に阻まれた異形種を、黒魔導教士が、各々の得意とする魔法で焼き払い、撃ち抜き、切り裂き、氷漬けにし、感電させる。
次々と砕けて消える蟻の群だが、その数は増える一方だ。時折、防御魔法を突破されるが、そこには素早く戦士養成機関の訓練生からなる遊撃隊が駆けつけていた。
近接戦闘で異形種を圧倒する間に防壁が張り直され、蟻の群の頭上から火の雨が降り注ぐ。それぞれができることをしているだけだが、配置の妙から連携になっていた。
これも学園長の手腕というわけか。
正直、観ていて気持ちがいい。普段からこれくらい連携できればいいのだが……。
と、思いつつ、俺は限り無き灰色の魔法系統(アンリミテツド)の魔法公式を完成させた。
黒の第九界層――重圧と、白の第九界層――大気だ。ともに単体では別々の効果を持つ魔法だが、組み合わせることで新たな力を発揮する。
俺の身体がふわりと浮き上がった。そのまま空を駆ける。
飛翔魔法だ。重力と大気を意のままに操ることで、一定時間、自在に空を飛ぶこと
ができた。
が、同時に手にしていた白と黒のマジックロッドが砕けて、砂のように手の中で崩れ去る。高級品だけあって魔法力の増幅係数は高いが、耐久性が一般的な魔導士のそれに合わせてあるだけに、あまりに脆い。
地上数百メートルの高さまで飛翔すると、白の第一階層――看破の魔法で視覚を強化し、敵軍の配置をざっと確認した。
やはり先日見逃した要塞級が結晶核のキャリアーだったか。あの夜は光学的な迷彩に包まれており、その巨体から全容も把握しきれなかったが、上からみれば多脚を誇る蜘蛛のような形状だ。
その蜘蛛の背中から、ソルジャーアント型だけでなく、次々とビートル型やマンティス型が学園に向けて侵攻を開始している。およそ一群につき二千といったところか。
学園都市と移動要塞型の中点となる荒野では、アストレアが獅子奮迅の働きをしていた。勇者の動きは機敏だ。こうして俯瞰していても、追い切れないほど速い。
今頃リリィは援護に手を焼いているだろう。なにせ強化しようにも対象が常に動き続けているのだから、照準が定まらないことこの上ない。
天衣無縫の剣士アストレアは、閃きで動きを変える天才肌だ。それ故に、パターンでしか攻撃できない異形種には、その動きを捉えることは不可能と言えた。
そしてローザはといえば、アストレアが放つ大技のタメ動作に入ったところで、彼女に群がるマンティス型やビートル型に攻撃魔法の連続投射を余儀なくされている。
アストレアのための時間稼ぎだ。それが功を奏して勇者の必殺剣が、異形種群を水平方向になぎ払った。空間を切り裂くような閃光が地の果てまで走り、一振りで数百体を屠る。
これでは異形種も正面突破を諦めざるを得ないだろうな。
都市と要塞級を結ぶ最短距離のある一点で、戦力を大幅に削がれていると理解したらしく、要塞級から放出された異形種の群は左右に分かれるように展開した。
そうはいくかよ。
俺は手にしている二本ずつ、合計四本のマジックロッドに魔法力を込める。
飛翔したままさらなる魔法公式を展開するのは骨が折れるが、アストレアのいる迎撃地点を迂回されて学園を狙われるのは、あまりうまくない。
白の第九界層――超振動。黒の第九界層――虚無。ともに伝説の魔導士たちが得意とする秘術。
その二つを合わせた広範囲破壊魔法で、迂回する異形種の群それぞれを狙う。
理論と公式は大戦後に完成していたが、試射が実戦になるとは皮肉なものだ。
「爆ぜろ……
仮の名を与えて撃ち出した黒いプラズマが、右翼と左翼に展開したそれぞれの群の中心で爆発を起こした。
荒野に巨大な双子のクレーターが完成し、巻き込まれた異形種は影も残さず消え去る。
異形種に学習能力があるなら、迂回のリスクも織り込んでくるはずだ。もう一段、時間を稼ぐことができた。
その代償はマジックロッド四本だ。砂よりも細かい、燃え尽きた灰のように崩れさり風に消えた。
上着のベルトから新たに一本ずつ抜き払う。
俺は宙を駆け、アストレアと二人の門下生の戦う地上へと降り立った。
「うまくやれてるか二人とも?」
着陸と同時に百の炎矢と百の光弾を、敵の第三波あたりにぶち込んだ。とはいえ、構築精度は低く威力も弱い。あくまで蟻やカマキリの手足を吹き飛ばす程度の牽制だ。あえて倒すだけの威力を持たせないのは、こちらのルートに連中を誘導するためだった。
この程度の反撃しかこないと異形種が寄ってくれば成功だ。
ローザとリリィは同時に起こった二つの爆発に、動揺したのか挙動不審である。
「い、今の何!? っていうか、どこから出て来たのよ!」
「カイ先生! 勇者様のペースが早すぎて援護が追いつきませんわ!」
二人とも、なにやら俺に言いたいことがたくさんあるようだな。アストレアに連れ回されて、息を吐く暇さえ無かったのだろう。ローザは呼吸も荒く、リリィは口元から血を垂らしっぱなしだ。
「こりゃあ二人とも、基礎体力訓練がもっと必要そうだな」
適当な攻撃魔法でビートル型をあしらいながら、俺は溜息混じりで二人に告げる。
ローザが吠えた。
「あたしはシディアンじゃないし、リリィだってレイ=ナイトじゃないんだから、まともに支援できなくて当たり前でしょ!」
リリィも眉尻を下げて頷いた。
「少しは自分の力に自信をもっていましたけれど……心が折れてしまいそうですわ」
剣を振るい舞うように異形種を切り刻みながら、アストレアが微笑む。
「えー!? 二人とも全然イケてるよ? 落ちこむことないない! これからぐんぐん伸びるってわかるから!」
ローザが悔しそうに呟いた。
「つまり、今のままじゃ全然話にならないってことよね」
リリィも口にはしないが、手の甲で口元の血をぬぐいながら頷いた。
アストレアとの共闘は、試験演習ペア部門の優勝の喜びなど軽々と吹き飛ばしたようだ。
俺は勇者に白の第六界層――加速に加えて、輝盾や鉄壁、自浄に循環といった、思いつく限りの強化魔法をかけた。
白魔法用のロッドが破断する。さすがに基本的な魔法だけ使っていれば灰のようにはならないが、それにしたって折れてしまえば使い物にならない。
装飾こそ立派だが、金持ち向けの高級ロッドってやつはヤワすぎるな。
俺の支援魔法を受けてアストレアは笑った。
「あっ……この感じ……久しぶりかも。カイの魔法って温かいんだよね」
「温かい? 別に体温調整の魔法は使ってないぞ」
「そういうんじゃないの。もう! わかってくれないなー。ぷんぷんなんだから!」
ぷくっとほっぺたを膨らませて、頬袋がパンパンのリスみたいな顔をしつつ、アストレアは自分の身長の三倍ほどはある、中型サイズのスカラベ型を十文字に切り裂いた。
防御力の高いスカラベ型が、水に濡れた紙切れのようだ。苦戦する素振りが一切無いため雑魚と勘違いしがちだが、スカラベ型は鉄壁と輝盾が常時かかっているようなもので、今のローザの火力に換算すると、きっちり構築した雷帝あたりでなければ通用しない相手だった。
見れば敵の第四波は、個体強度の高いタイプが増え始めている。向こうもそろそろ本気というわけだ。
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