強襲

よろしくねローザ、リリィ!


 試験演習は中断を余儀なくされた。場合によっては中止どころか、学園都市そのものが存亡の危機である。


 教士を集めた緊急会議の席で、学園長ルーファス・ホワイトハウスが公表した情報は以下の通りだ。


 まず、異形種の軍勢二十万が前線基地に押し寄せようとしていた。


 この動きはすでに次元解析法リグ・ヴェーダシステムによって、その規模だけでなく構成まで予測されていた。かつてないほどに大規模かつ個体強度の高い精鋭であり、予備戦力として戦士養成機関から、選抜クラスの訓練生と教官部隊が前線基地に赴いたとのことだ。


 迎撃戦力としては充分だろう。問題は、魔導士育成機関ウィザードガーデンを有する学園都市から二㎞の位置に、突然発生した巣の存在だ。


 次元解析法リグ・ヴェーダシステムは、この巣の兆候を発見できなかった。

 おそらく巣ごと運んできたのだ。ローザに限り無き灰色の魔法系統アンリミテツドを見せたあの日の夜。どこからか現れて、どこかへと消えた感知不能の要塞級の仕業と考えるのが妥当なところだ。


 どうやら異形種側も、人類が先手を打って迎撃する矛盾に気付いたらしい。


 学園都市を中心とした警戒網を構築する探索魔法に反応が出たのは、隠蔽を解除して活動状態に入ったためと予測できた。


 それとほぼ同時に、襲来が予想される前線基地への大規模侵攻。まるで狙い澄ましていたかのようにできすぎている。


 前線基地への攻撃は戦力分散を狙った囮……というわけか。本命は学園の目と鼻の先に密かに運び込んだ巣を根付かせることに違い無い。


 正直なところ、開発者としてはシステムを破られたことがショックでならない。三日ほど引き籠もって寝込んでやりたいところだが、人類にとって危急の案件だ。

 会議の席で議長を務める学園長は、眼鏡のフレームを指で軽く押し上げながら締めくくった。


「では、順次生徒たちは列車にて疎開させ、巣への対応は教士を中心に現有戦力で当たります。手一杯なようで、前線基地からの援軍は今の所見込めません。最悪のケースは巣の封印に失敗すること。そうなれば地図を大きく書き換えることになるでしょう」


 それから負傷や死亡についての手当や、遺族に残すメッセージなどの説明が行われた。


 若い教士はこれが初の実戦という者もいる。が、悲壮感は無い。


 俺の隣の席で腕組みをしながら胸を張る勇者アストレア。彼女に学園の試験演習視察を勧めたルーファスが、この事態を見越していたとも思えないが、理由はどうあれ、今、この状況で彼女が学園にいるということが重要だ。


 勝利の女神は人類を見放したわけではないらしい。


 アストレアは挙手をしながら立ち上がった。


「はいはいはーい! えっとぉ……あのね、わたしと一緒に先陣に出てくれる人いる? 白と黒が一人ずついればいいかな。あんまり人数が多いと進みが遅くなるからね。実力は問わないけど自衛できるくらいは強いといいかも」


 真っ先に、白魔導士の自称教授が目をそらした。よっぽどのことが無い限り、むしろアストレアの近くにいる方が安全なんだけどな。


 それくらい彼女は強い。伝説になるのも伊達じゃ無いんだ。


 会議の席がざわついた。白と黒、どちらの陣営の教士も互いに視線で牽制しあっている。

 空気を読んだのか、アストレアは着席した。


「ふーん。じゃあいいや。わたし一人で」


 決して俺の名前を挙げない。律儀に十年前からの約束をアストレアは守ってくれていた。が、今回ばかりは、突然現れた巣の規模が不明すぎる。アストレアなら、この場の俺を除いた教士全員が束になってもかなわないだろうが、より彼女の戦闘効率を高めるなら、随伴する魔導士がいた方が良いことも確かだ。


 俺は軽く肘で彼女を小突いた。小声で聞く。


「久しぶりに組んでやろうか?」


「ちょっと魅力的だけど……カイはもう充分戦ったじゃん。だいじょぶだいじょぶ! わたしだけで、なんとかなるなる」


「相変わらず楽観的だな」


「それしか取り柄がないもんね。それに、カイにはずっと守ってもらったから……これからはわたしがみんなを守るよ……カイの分まで」


 しおらしくされても調子が狂うな。


 そんなやりとりの間に、各魔導士の編成が完了した。学園都市で働く民間人は学園の敷地内に避難させ、学園の建物を中心に白魔導士が防衛を担当。黒魔導士が砲台の役割を担うという籠城戦である。都市への被害はこの際目をつぶることとなった。


 アストレアが連れてきた戦士養成機関の訓練生たちは遊撃任務を担う。


 連携というよりも、役割分担だな。まあ、呼吸も合わない状態でチームプレイを強行して、混乱を来すよりはマシな配置だろう。


 敵戦力を有利な防衛戦で充分に削いでから、反攻に打って出るという算段だ。それとは別に、アストレアが単騎で進軍。威力偵察を行う。除去可能であれば敵軍を巣の種となる結晶核ごと撃退。結晶核が設置されていた場合、チームを編成して巣が根付く前に封印という流れだろう。


 会議は解散となり、教士たちはそれぞれ持ち場に向かい始めた。

 アストレアは耳に装着したピアス型の通信用魔導機の感度を調整する。終わればすぐにも出撃という雰囲気だ。


「さてと……どうしたもんかな」


 俺の配置についてはわざとだろうか、防衛にも迎撃にも遊撃にも割り振られていない。

 会議室の出入り口近くで、俺は学園長を捕まえた。


「俺には役割分担をふらないのか?」


「おや、カイ先生もいらしたのですね。存在感が薄すぎて気付きませんでした。ええと……才能溢れる貴方には自由にやっていただぎたいと思います」


 学園に俺を迎え入れた時と同じ言葉だ。この窮地にも落ち着いた口振りでルーファスは続ける。


「ただ、今回の布陣で貴方を歓迎する部署というのは無いかも知れませんから……まあ、こうして勇者アストレア様もいらっしゃることですし、なんとかなるでしょう。私は学園長室でゆっくりコレクションでも磨いて吉報を待つとしますね」


 アストレアへの信頼がそうさせるのか、学園の責任者として逃げるつもりは無いというのか……ルーファスは資料の詰まったファイルを手に会議室を後にした。


 いまいち腹の内が読めない男だ。まあ、それもお互い様か。

 アストレアが軽いストレッチ運動をしながら俺に微笑みかけた。


「そうそう。なんとかなるし、なんとかするのが勇者のお仕事だから」


 俺とアストレアを残して、がらんと広くなった会議室に……突然、黒髪の少女が飛

び込んできた。


「ちょっと! 疎開ってどういうことよ!」


 ローザが柳眉を上げて俺に詰め寄る。まだ逃げていなかったのか。


「学園都市に異形種が大挙して襲ってくるから避難しろって話だろ」


 三百人議会の親類縁者を中心に、先行して避難が進む中、天涯孤独のローザは後回しにされたのかもしれない。


 リリィ・ヒルトンやペトラ・パーネルといった家名持ちは中でも最優先だ。

 と思ったところで、金髪の縦巻きロールを揺らして、ゆったりとした足取りでもう一人の少女が会議室に姿を現した。


「あん、ローザったらカイ先生が心配だからって、焦りすぎですわね」


 リリィがあくび混じりに呟いた。

 揃ったところで二人は俺をじっと見つめる。


「あいつらが攻めてくるっていうなら、あたしも一緒に戦うわ」


「わたくしにできることがあれば、なんなりとお申し付けくださいませ」


 俺は溜息混じりで返す。


「なら、次の列車で疎開してくれ」


 ローザもリリィも、しゅんと肩を落として悲しげに眉尻を下げた。

 二人の実力は実戦に通用するレベルだ。それに訓練などではなく、命を賭けた戦いこそが何よりも成長を促す……が、今はまだ早すぎる。


 すると……


「あー! ねえねえ、それじゃあ二人ともわたしを手伝ってよ!」


 準備体操を終えたアストレアが、二人の少女にニッコリ微笑みかけた。


 まったく同じタイミングで、ローザとリリィがぎょっとした顔になる。


 都市壊滅の危機でなければ、アストレアとの共闘は実り多い経験になるだうが……。


 俺は二人に告げた。


「今回は俺たちに任せて、大人しく避難してくれ」


「お、大人しくなんてしてられないわ。ここはあたしたちの学園なのよ!」


 リリィも「わたくしもカイ先生と戦いたいのですわ」と不服げだ。

 アストレアが俺の門下生二人を誘惑する。


「二人の試合は見てたけど、才能はもちろん実力も充分だし、今日はわたしのシディアンとレイ=ナイトになってほしいなぁ」


 言いながら勇者様は俺にウインクしてみせた。まったく、殺し文句としては二人に刺さりすぎるだろう。


 ローザとリリィは互いに顔を見合わせた。


「ど、どう思う? リリィが無理なら……あたしも今回は我慢してあげるけど」


「あらあら、ローザが無理と仰っても、わたくしだけでも行きますわよ。憧れのレイ=ナイト様に近づくチャンスですもの」


「い、行かないなんて言うわけないでしょ! リリィ一人じゃ負担がかかりすぎて、すぐにブラッディーモードになっちゃうし」


「そういうローザも張り切りすぎて、ぶっ倒れてしまわないでほしいですわね」


 キッ! と、お互いにらみ合ってから、頷いてアストレアに向き直った。


「行きます! 連れて行ってください!」


「微力ながらお力添えをさせていただきますわ」


 一礼する二人にアストレアは、うんと頷いた。


「それじゃあすぐに出発だね。よろしくねローザ、リリィ!」


「「はい!」」


 名前を呼ばれて二人は背筋をピンと張った。


 アストレアも俺にニッコリ微笑む。「安心して」と言わんばかりだ。まあ、仮に学園都市が滅んでも、アストレアに預けておけば二人は生き残るだろう。


 ローザとリリィを連れて勇者も会議場を後にした。

 それに軽く手を振って見送ると、俺はついに一人きりだ。


「準備が整うまでアストレアたちには露払いをしてもらうとして……問題はコイツらだな」


 たまには本気を出すのもいいだろう。今回の一件は俺の作ったシステムがもたらした油断の産物だ。それに学園の教士たちは籠城戦に備えるようだし、戦場で少しばかり目立っても問題はない。そもそも、学園長のルーファスには好きにしろと言われているのだ。


 手元に黒獣と白夜が無い以上、昔のやり方で戦うしかないだろうな。

 俺は一度、倉庫のような自室に戻ると……もう十年近く使っていなかった連装ベルトを身体に巻き付けるように装着した。こんなものを未練がましく捨てずに持っていた自分に半分うんざりする。が、こんなことがあるかもと、心のどこかで思い続けていた。


 さらにベルトが無数についたコートを羽織る。耳につけるタイプの通信機も装着し、向かうは学園長室だった。

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