そんなところでカイは誰に魔法を教わったの?
カフェテリアは閑散としていた。どこぞの門下のゼミが休講したのか、飲み物と軽食をお供に自習する生徒がちらほら見受けられる。
セルフサービスのカウンターでローザとリリィは紅茶を、俺はコーヒーを頼むとカフェテリアの隅の席に着いた。
ふと見れば、本を立ててテーブルにつっぷし身を隠しているのだが、先日ローザに試験演習でぶっ飛ばされた黒魔導士の生徒――ペトラ・パーネルの姿もあった。俺が視線を向けるとますます身体が縮こまる。が、立ち去る気配は無い。警戒することも無いか。いくらペトラがローザに恨みを抱いていても、白昼堂々仕掛けてはこないだろう。
改めて、俺は課題について確認した。
「さっきの課題についてだが……そうだな、まずはリリィの事を聞かせてくれ。といっても、お前の家庭の事情については先日自宅を訪問したんで、ある程度は把握してるけどな」
リリィは紅茶で唇を湿らせると、ゆったりとした口振りで語り出した。
その内容は半ば予想の範疇だ。彼女はずっと“篭の中の鳥”だった。
三百人議会に名を連ねる名門名家にはよくある話だ。先日会ったサリバン家の嫡男――アオイも似たような境遇ながら、あの少年には導き手となるバスティアンがいた。最年少主任研究員になれたのも指導の賜物だ。
一方、リリィの家庭教士は、正直彼女を教えられるほどの使い手じゃ無かった。リリィが実家を飛び出して学園にやってきたのは無理も無い。
が、問題らしい問題といえばそれくらいで、リリィの家系は代々名門の白魔導士。源流をたどるまでも無く、リリィも自分が何者か自覚しているようだ。
リリィはこう、締めくくった。
「わたくしのルーツについては以上ですけれど、それがなんだ……と、あえて申し上げたいですわ。過去に一族がなにを成したかよりも、わたくしがこれからなにを成すのか。それが重要ですもの」
力強い意志の籠もった眼差しで、サファイア色の瞳がじっと俺を見つめる。なにか気の利いた言葉を返したいところだが、さっぱり思い浮かばない。
「そうだな。まあその……俺もリリィには期待してる。けど、時々手を抜くぐらいがいいぞ。いつも全力だと疲れるからな……っと、ペース配分の得意なリリィに説くようなことじゃなかったか」
リリィはホッと表情をほころばせた。
「その点、重々承知しておりますわ。ところで……以前から気になっていたのですけれど、カイ先生のご実家はどちらになられますの?」
何のことは無い素朴な疑問に、突然ローザが跳ねるように席から立ち上がった。
「ちょ、ちょっとリリィ! その質問は……その……」
立ったもののすぐさま意気消沈する。俺の故郷についてはまだリリィに話していなかった。同じ境遇なりにローザは気遣ってくれたんだな。
この際だからリリィにも教えておこう。それにローザにも、詳しいところまでは話していなかった。良い機会かも知れない。
「前にローザにはざっくりと説明したんだが……俺の故郷は東方の深い山中、獅子渓谷ってところにあったんだ。なんで過去形なのかと言えば、異形種に滅ぼされて今はもう無いからだ。このご時世、良くある話さ」
リリィの表情が曇る。俺の方が慌てて取りつくろった。
「いやいや、お前が気落ちする事なんてなにもないぞ」
「え、ええ……ですけれど……」
自分が無神経な質問をしてしまったと、すっかりリリィは落ちこんでしまった。今度はローザが俺に訊く。
「ね、ねえカイ! そこはどんなところだったの?」
「超ド田舎だぞ。なんせ竜脈もまともに走ってないような場所だからな。山間で土地も狭いし、住人だって大していなかった。俺が住んでいたのは獅子渓谷の最奥にある、レオルって村なんだ。地図にも載っていない辺境だよ」
ローザがティーカップ片手に促す。
「へー。意外ね。そんなところでカイは誰に魔法を教わったの? 高名な先生がいたとか?」
「誰って訳じゃないんだが……うーん、今でこそ謎なんだけどな……住人もろくにい
ない寒村なのに、バカでかい城みたいな立派な図書館があったんだ」
途端にローザの視線が鋭くなった。
「図書館? なんだか嘘っぽいわね」
「嘘みたいな話だが本当なんだ。なにを隠そう、俺の家系はその図書館の管理人……平たく言えば司書だった」
これはアストレアにも話したことのない事実だ。
ガキの頃は先祖の事なんて、ちっとも興味が無かったんだが……今となっては家系図くらい見ておけば良かったと思う。
幾千、幾万の蔵書とともに、俺の源流を記した書物も異形種の襲撃によって消滅してしまった。
ローザがムムムッとした顔で俺に訊く。
「それで、なんで司書が魔法使いなのよ? しかも白黒、両方使いこなせるなんて……それならうちの学園の司書さんだって、最強魔導士かもしれないじゃない?」
「俺の故郷じゃ魔法は白黒に別れていなかったんだ。俺がどちらも苦手意識を持たずに使えるのは、世間から隔離されたド田舎に生まれ育ったおかげかもな」
リリィが首を傾げた。
「ということは、わたくしたちは成長するうちに“どちらかの魔法を苦手”とすり込まれているということなのでしょうか?」
「おかげで自分に合わない魔法を学ばないで済んでいるって話だ。特化分業化することで魔法使い全体が進化したってことさ」
戦士に至っては魔法力を物理攻撃力に変換している。ある意味、無属性の魔法使いだ。
ローザがさらに険しい顔をした。
「じゃあなんでカイはどっちも一流なのよ? 普通、特化してもそこまでの使い手にはなれないわよ!」
意外とするどくツッコミを入れてくるな。
正直なところ、こればかりは俺にもわからない。ごく希に白黒両属性を使える者はいるらしい。が、どちらも中途半端に終わるのが常識だ。
そうならなかったのも、俺が……いや、俺の家系がたまたま“そういう力”を持っていたとしか……ともあれ、確かめる手段はもう無い。
獅子渓谷を異形種が埋め尽くし、図書館は結晶核の暴走による爆発で消滅し、生き残ったのは俺独りなのだから。
それに心当たりはもう一つある。教育環境の違いだ。
俺は笑顔でローザに返した。
「まあ、読んでいた本の差って奴だ。頭の柔らかいガキの頃から、やることといえば本を読むことばかりだったんでな。俺が引き籠もり体質なのも、持って生まれた資質に加えて環境が育んだんだ。本来の俺はもっとこう……社交的で親切で人当たりも良い人格者の素敵人間だったに違い無い。どこで道を踏み外したんだろうな。はっはっはっは」
乾いた笑い声を上げる俺に、リリィが「カイ先生は充分親切ですわよ」と目を細めた。一方ローザは「環境のせいにする時点でお察しね」と、身も蓋もないことを口にする。
さらにローザは身を乗り出して俺に迫った。
「で、どんな本を読めばカイみたいになれるわけ?」
「そいつはその……」
俺が図書館で読んでいたのは、いつ頃書かれたものかもわからない代物だ。文字も現在使われているものではなかった。さしずめ古代魔法(エンシェント)といったところだな。
残念ながら、それらに類する書籍の類い……いや、あの文字そのものを、俺は学園在学中から今に至るまで、どこにも見た覚えが無い。
「言えないっていうの?」
「それはもう古い本なんだ。が、故郷の図書館ごと全部吹っ飛んじまった。あれから方々当たって同じような本を探したが、見つからなかった」
ローザはじーっと俺の顔をのぞき込んだ。
「本当に……嘘ついてない?」
「本当だって」
「ええ、本当ですわ。カイ先生がわたくしたちを騙すわけありませんもの」
リリィはさらりと言ってのけた。そこまで盲信されると困るが、結果的には俺の助け船になった。ローザもようやく椅子に腰掛け直す。
「まあ、その半分閉じたようなじとーっとした目だけど……嘘をついてる風には見えなかったし……信じてあげるわ」
そりゃどうも。目つきが悪いのも白黒両属性使えるのも、生まれつきだ。
ともあれ、王立研で主任になれたのも、アストレアと共闘できたのも、幼少期から俺を取り巻いていた環境のおかげだな。
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