ここに来るまでの自分が……わからないの
ローザは紅茶をぐいっと飲み干した。
「けど、本当に意味がわかんないわよね。異形種の侵攻する標的って。うちの村はきっと、とばっちりだったんだと思うけど……カイの故郷も同じだったの?」
俺も頷く。異形種の行動は未だに謎に包まれている部分が多い。
「確かに妙だな。レオルどころか獅子渓谷には竜脈が無いんだが……」
先日の学園都市襲撃は竜脈狙いの意図も感じられた。
異形種が何らかの方法で通信しているという事実を鑑みるに、連中は竜脈を目指す以外の目的で、組織だって動くこともあるようだ。
まあ、その目的をいくら予想したところでどうしようもないのだが……。
俺は二人が不安になる前に話を切り上げた。
「ま、俺の過去についてはこれくらいにしよう。リリィも俺も話したんだし、次はローザの番だな」
ローザは「あはは……えーと、あたしはいいから」と及び腰だ。リリィが席を立つとローザの席の後ろに回り込んで、ローザの頭に大きな双丘をゆっさり乗せた。
「逃がしませんわよ。カイ先生に相談したいとおっしゃったのはあなたでしょう?」
途端にローザの顔が真っ赤になる。
「あっ! ちょっとなんで言うのよ本人がいる前で!」
「あらあら、わたくしとしたことがうっかりしていましたわ。さあ、恥は掻き捨てですわよ」
みれば視線の隅っこで、ローザを一方的にライバル視しているペトラ・パーネルが読んでいた本の背表紙に噛みついていた。なにをやってるんだあいつは。
冷めたコーヒーを飲み干して、俺はローザと向き合った。
「まあ、言えないことや言いたく無いことも多いだろうから、無理にとは言わないが」
脳天から重圧を感じながらローザは首を窮屈そうに左右に振る。
「べ、別に……言いたく無いわけじゃないの。ただ記憶がおぼろげなのよ」
「おぼろげってどの程度だ?」
「この前、ペトラに恐怖の魔法を撃たれた時に思い出した……ような気がするんだけど……実はね……」
こちらの声に聞き耳を立てているのか、自分の名前が出た途端にペトラの表情がキ
ラキラと輝いた。が、ローザとリリィの背後側なので気づいているのは俺だけだ。
ローザは小さくうつむいた。
「保護された時からずっと、記憶にもやがかかっているみたいで……村を襲われた事実はちゃんと把握してるし、異形種への怒りだって今も胸の中で燃え続けてる。けど……村での思い出や……家族の事や……ここに来るまでの自分が……わからないの」
あまりのショックに心に負った傷が記憶を封じてしまっているのかもしれない。
ローザの頭頂部に胸を押しつけるようにしながら、リリィが首を傾げた。
「あら、それではローザ・ワイルドというお名前も、本名ではなかったりするのかしら?」
こうやって質問から逃げられないようにしているつもりらしいが、もう少し他の方法はなかったのだろうか。
ローザは上を向こうとしてつっかえながら返す。
「それは間違い無くあたしの名前……っていうか、さっきからなに乗せてんのよ!」
「こうすると逃げられませんし、なにより楽ですの。あっ……ローザにはちょっとわからないことですわね」
「死にたいの?」
「わたくしを殺してしまえるほど、ローザは冷酷でも残忍でもありませんわ。とっても優しい女の子ですものね……胸以外」
最後にボソっと宣戦布告を
マジックロッドに伸びる。止めた方が良さそうだ。
「とりあえずリリィは席に戻れ。ローザは記憶が曖昧でルーツを調べるのは難しいみたいだから、俺から学年主任に事情を説明しておく。かといって課題の未提出というわけにもいかないから……」
リリィがそっとローザを解放してニッコリ微笑んだ。
「わたくしと一緒に、源流云々ではなく現状とこれからの自分についてレポートをまとめましょう? それでいかがかしらカイ先生?」
ローザがムッとした顔になりながら「な、なによ! 勝手に決めないでくれる!」と抗議する。
「そうだな。それで問題無いよう、こっちもそれぞれの学年主任に話をつけておくよ」
と、言ったものの白、黒、双方の二年生学年主任教士の顔を、俺は知らなかった。あまり顔を合わせたくない
※ ※ ※
――翌日。さっそく二人の学年主任を訪ねると、俺のような非常勤教士に二人はそれぞれきちんと対応してくれた。
無事、ローザとリリィの課題は受理されて、俺もようやく教士らしいことが出来たような気がする。
学園に戻って一つ問題も解決し、これからは平常通りできそうだ。
しばらくは基礎体力訓練に充てよう。ローザもリリィも今のまま、俺に挑み続けるのは愚の骨頂と理解しているようだった。
基礎訓練だけにやることはシンプルだ。学園の外周を走るのだが、ローザは常にマジックロッドで炎矢の魔法公式の構築を維持したまま走らせた。まずはタイムよりも魔法公式を維持したまま、最後まで走り続けることを意識させる。
リリィも同様だが、こちらは常に輝盾と鉄壁を自身にかけた状態を維持させた。負荷は掛かり続けるが“それが普通の状態”と思えるようになることが、支援系の白魔導士には重要だ。
ある日、周回を終えたローザが休憩しようとすると「あれ? あたしのタオル無いんだけど」と、自分の荷物を探って首を傾げていた。
どうも度々、彼女の私物がなくなっているようだ。
誰かがローザの持ち物を盗んで呪いでもかけようというのだろうか。度を超すような事をしでかすつもりなら、ペトラを一度シメ……もとい、厳重注意をしなければいけなさそうだ。
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