いいや。お前なら……お前たちならきっとできる
二人並んで最深部にたどり着く。巣の中心――色を失った結晶核が今もなお健在だ。
ローザが苦々しい顔で結晶核を睨む。
「黒魔法で破壊することはできないのよね?」
俺はゆっくり頷いた。
「ああ。白魔法でもダメだ。どちらの系統の魔法にせよ、結界と凝結の魔法によって保たれた封印のバランスを崩してしまう。そこでだ……」
俺は右手に中級クラスの黒のマジックロッドを握り込んだ。ローザが緊張の面持ちで俺に訊く。
「どうするつもりよ?」
「それ以外の
ローザは不意に俺との距離をつめると、口元を結んで睨む。
「いい加減なこと言わないで! それ以外って何よ!?」
「第三の系統だ。よく見ておくんだぞ」
中級クラスのロッドを交差させ、俺は魔法力を均等に込めると二つの魔法公式を同時展開させた。
ローザの目の色が変わる。まあ、片鱗は何度か見せているのだが、改めて注意深く観察すれば、この状態が普通では無いことにも気付くか。
「稽古をつけてやった時にも見せただろ?
右手に黒の純粋な魔法力を。左手に白の純粋な魔法力を。
均等に、均一に、同じテンポで、波長をシンクロさせる。
ローザがブルッと身震いした。
「うそ……あれってただの高速詠唱じゃなかったの?」
眉間に小さな皺を刻んで、ローザは考えこむと身震いをした。
「高速じゃなくて……同時展開……そ、そんなあり得ないわ! しかも別系統の魔法よ!
相反する二つの魔法力を高めながら、魔法公式を展開するなんて」
ご明察だ。完成された魔導士ほど、俺が起こしている現象を頭から否定して受け入れられないだろう。
ローザはじっと、俺の手元を熱心に見つめ続けていた。
「本当に……あたしたちが常識と信じてきた概念を覆そうっていうの? 人間業じゃないわ!」
「失礼な。俺はれっきとした人間だぞ……さて、準備も整った。この二つの力をロッドに展開する」
マジックロッドの周囲を魔法力が包み込み、純粋な魔法力そのものの刃を形成した。その二つを軽く合わせると音叉のように波動が広がる。
人類救済なんて大げさかもしれないが、俺が長年かけて金をつぎ込み実験に明け暮れた、一世一代の大技だ。
「行くぜ……
二つの魔法を融合するやり方以外にも、こういった使い方ができるのだ。
それぞれを極限まで純粋に研ぎ澄まし、刃と成す。
同時に左右の剣を休眠状態の結晶核に突き入れた。瞬間――
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
人の声とも虫の音ともつかない、甲高い悲鳴のような高周波が結晶核から発せられた。
目覚めたか。だが……もう遅い。
ローザが魂が抜けたような顔で呟いた。
「なに……してるの?」
「世界を救ってるのさ。見ろ。こいつが結晶核の正体だ」
俺は白と黒の双剣を左右に開くように斬る。結晶核の表面が割れて、その内部に胎児のような“何か”がいた。
そいつがまぶたを開く。同時に俺めがけ、瞳から熱線が放たれた。
右肩を射貫かれたが大したことはない。
死に怯えろ。
お前らが人類に対してそうしてきたように、抵抗のむなしさを教えてやる。
胎児が再び奇声をあげた。
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
「いや……いやあああああああああああああああ! この声は……だめ……やめて!」
その場でローザが膝を着いた。ロッドを手放し両手で耳を塞ぐ。
「顔を上げろローザ。最後まで見るんだ」
時間は余り残されていないな。まったく……黒獣と白夜、かつての愛用のロッドでなければ、この魔法は完璧にはほど遠い。
だが、お前程度のサイズの結晶核が相手なら、それでも充分だ。
「消え去れ……」
俺は一度、魔法力で生み出した双剣を自身の背の側に反るように引くと、その切っ先を胎児に向け直し、めがけて突き入れる。
両腕はえぐるように回転させて、同時に構築した魔法を解き放った。
二つの回転が無限の軌道を描いたのちに、一点に収束する。
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
胎児の絶叫がこだました。根源的な恐怖を煽る悪意と憎悪の塊をぶつけられたような、吐き気を催す声――だが、それさえも俺の魔法が無に返す。
「灰に還れええええええええええええええええええええええええええ!」
白と黒、二つの力をもって生まれた系統――これまで二つの系統の魔法を組み合わせ、それぞれの力の分配を調節、融合させてきたのだが、あるとき純粋な魔法力を同じ波長でぶつけ合った瞬間に、対消滅することを発見した。
完全なる消滅。相反する二つの魔法力の反応が起こす奇跡にして、おそらく何人もあらがうことができないであろう力――
俺は魔法力の刃を突き入れ、ねじ込み、穿ち、最後に引き裂くように両腕を振るった。
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア…………
結晶核の内部にいた胎児のような何かは、引き裂かれると同時に一点に収縮して……ブンッと空間を振動させ……消えた。
剥いた殻のように残った結晶核も、純白の灰となって崩れ去った。
ミシッ……と、握る手の中の感触がたわんだように感じる。
見れば中級クラスのロッドが、ほとんど新品だったにもかかわらずボロボロだ。
結晶核の崩壊とともに、ロッドも崩れるように砕け散った。
シン……と世界が静まり返った。
俺はゆっくり振り返る。
四つん這いになりながらも顔をあげて、ローザは最後まで俺の魔法を見ていてくれたようだ。センスのあるやつなら知識を理解するよりも、実物を見る方が覚えが早い。
彼女は震えた声で俺に訊く。
「今のは……なんなの?」
「さあな。結晶核の中身のアレについては、俺にもなんだかわからない。少なくとも人間にとって良いものじゃないだろう。そして、こういう倒し方なら消し去れるんだ。汚染地域を浄化する魔法も、おそらくこの限り無き灰色の魔法系統(アンリミテツド)の研究を進めていけば希望はあるさ。何せまだ研究者が俺しかいない系統なんだから」
手を差し伸べると……今度は素直にローザも握り返してくれた。
立ち上がると彼女は俺を睨む。
「……あたしには無理よね」
「ああ。白魔法と黒魔法、両方を均等に扱える技量が必要だからな」
「選ばれた天才にしか使えないなら……どれだけ努力しても無意味じゃない」
「お! やっと俺がどれだけすごいか、きちんと理解してくれたみたいだな」
「どうせあたしは凡人よ……というかあんたが変態すぎるのよ」
落ちこんだようにうつむく彼女に俺は告げた。
「そうふてくされるなって。それにさ……俺じゃあ無理なんだよ」
「何が無理だっていうのよ? 今、こうして現実に誰もなしえなかったことをしてみせたじゃない!?」
ゆっくりと呼吸を整えてから俺は続けた。
「俺が消し去れるのはせいぜい中型の巣までだからな。より大きな巣を消滅させることはできないんだ」
「!? ……そうなの、じゃあ、やっぱり人類に未来は無いってことね」
「いいや。お前なら……お前たちならきっとできる」
「あたし……たち?」
きょとんとするローザに俺は笑顔で返した。
「ああ。お前とリリィがそれぞれ、俺がさっき見せた魔法を使えばいい。もちろん、ただ使うだけじゃあの効果は得られないけどな。タイミングも威力もテンポも、二つの魔法力が一つにシンクロした時にしか発動しないってのが厄介なんだ」
俺はそっと左手で右肩に触れた。熱線に撃ち抜かれた痛みが今になってこみ上げてくる。
「カイ……痛むの?」
「これくらいなら支障ないさ」
予備として持ち込んだ鈍器ロッド白で治癒を施すが、先ほどの一撃に魔法力をつぎ込んだせいか効きもイマイチだ。
「待って……その痛みだけでも……あたしが肩代わ……奪うわ。あんたから知識も技術も奪うって決めたんだし……」
ローザは黒の第四界層――応報の魔法式を構築した。自らが受けた痛みを相手に返すというものだが、工夫をすれば相手の痛みを肩代わりすることもできる。
「クッ……はぁ……はぁ……」
ローザの右肩がだらりと下がり、俺の痛みは半分ほどに軽減された。
「ありがとうローザ。けど、あんまり無理するなよ」
「これくらいへっちゃらよ」
強がって笑うが脂汗をかいてるぞ。この場に長居しても彼女が苦しむだけだな。
「学園都市にもどって、早く治療してもらおう。気絶されてもおぶっていくのが面倒だしな」
「治療が必要なのはカイの方でしょ。あたしは平気よ」
憎まれ口を言う彼女とともに、俺たちは蟻塚の外に出る。
巣は破壊したが、ローザの故郷の復興はもっともっと先のことになるだろう。
外に出て高い月を見上げると、ローザはぽつりと呟いた。
「ねえカイ……さっきの話の続きだけど……リリィと組めばあたしにも、あの力が使えるって……本当なの?」
「ああ。基本的には白と黒、二人の魔導士がいれば可能だ。とはいえ現状の魔法公式は俺専用なので改良も必要になってくる。実戦データも圧倒的に足りていない。だから……俺はさ……お前とリリィに期待してるんだ」
「期待って……」
ローザが伏し目がちになった。不安げな表情だ。
プレッシャーになっちまったかな。とはいえ俺の力は所詮、一人のものでしかない。
その限界を超える可能性があるとすれば、それは二つの若い才能――ローザとリリィだ。
ローザは目をそらしたまま、蚊の鳴くような声で俺に訊く。
「このこと、リリィは知ってるの?」
「まだだな。まあ、あいつは知的好奇心が旺盛だから、俺の話も絵空事とは思わないだろう。お前みたいな野生児とはタイプが違うんで、理論から紐解いていけばすんなりと理解してくれると思うぞ」
「なによ……それ。あたしの方が問題児みたいじゃない」
再び俺に顔を向けると、困ったようにローザは眉尻を下げた。が、それ以上は何も言わなかった。
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