ことあるごとに変な呼び名を作るんじゃない


 午後の訓練での勝敗はリリィの8勝2敗。特訓はここまでにした。


 昨日完封して調子に乗ったわけではないが、二本取られたことにリリィは怪訝そうだ。


 ローザに力をセーブするように言ったのは、何も追加特訓のためだけじゃない。


 相手を倒せるだけの「ちょうど良い威力の攻撃」というものがあるのに、ローザにはその加減ができないのである。彼女の燃費の悪さを助長する一因だった。


 大ぶりな攻撃魔法をリリィにきっちりと防がれて、息切れしたところでカウンターを喰らう昨日までの展開が、今日は少しだけ違っていたのだ。


 力を抑えめにしていたからこそ、ローザにはリリィのカウンターに対応する余裕が生まれていた。


 カウンター攻撃で仕留めきれず隙を晒したリリィが、そのまま主導権を握り返せずたたみ込まれた二回。それがローザの勝利回数だった。


 訓練を終えて、リリィがローザにそっと手を差し出す。


「見直しましたわ。こんなに早くカウンターに対応されるとは思いませんでしたもの」


 ローザはぷいっとそっぽを向いた。


「なに言ってるのよ。偶然二本取れたけど、後半はあたしが連敗しまくりじゃない」


 後半の五試合は完全にリリィのペースで完封され、ローザは不機嫌さ丸出しだ。


 少し残念そうに眉尻を落としながら、差し出した手をそっと下ろすとリリィは「あなただけを成長させるわけにはまいりません。対策を講じないのも失礼でしょう?」と呟いた。


 リリィのやつ、ローザの力を認めているんだな。だから自分も本気になるというライバル宣言だ。


 ローザは目を泳がせてあたふたしていた。


「せ、せいぜい、あたしに追い抜かれないようにがんばんなさいよ。っていうか、明日は勝つし」


 二人の視線が火花を散らす。が、以前に比べ険悪な空気ではなく、心地よい緊張感だ。


 俺はパンッ! と手を打って、二人の視線をこちらに誘導した。


「少し早いが今日はここいらで切り上げて、二人とも充分に身体を休めるように」


「ええ、そうですわねカイ先生。時には休息も必要ですもの」


「そ、そうね。今日はこれくらいで……勘弁してあげるわ」


 どぎまぎしながら呟くローザ。おいおい、そこはさらりと流してくれよ。素直じゃ無いのに、こういう所は馬鹿正直だ。


 こうして本日の訓練も終了し、リリィとローザは支度を済ませると、それぞれの寮へと帰る。


 と見せかけてローザはこっそり戻ってきた。


 俺の研究室前で、二人だけの秘密の待ち合わせだ。窓から射し込む西日ですっかり空は燃えていた。


「ねえ、今日の訓練……二回だけだけど、なんでリリィに勝てたの? 偶然じゃないわよね。こっちはむしろ軽く手を抜いてたのに……」


 合流するなり質問をぶつけてくるローザに、思わず心の中で苦笑いした。当人はなぜ二本取れたのか、理解していなかったのか。


 校舎の長い廊下を外に向かって歩きながら、俺は説明する。


「実はリリィの戦い方は、お前の全力攻撃を読んで、それをきっちりと防御し、隙だらけになったところで確実にカウンターを決めていくスタイルなんだ」


「カウンター戦術には最初っから気付いてるわよ。けどリリィのカウンターって、いつもこっちに余裕が無い時にばっかり……あっ!」


 どうやらローザも気付いたらしい。


「ローザが適度に手を抜くことで、余力が残せていたんだ。カウンターをカウンターして二本取ったってわけさ。いいか? 常に全力をぶつければいいってわけじゃない。駆け引きは重要だ。速攻型の黒魔導士だからこそ、魔法の威力とペースの配分を覚えなくちゃならない」


 ローザは不思議そうに首を傾げた。


「じゃあ後半の五試合はなんで一本もとれなかったの?」


「それはリリィがカウンターを取るのに慎重になったからだ。実際、五試合目以降の試合時間は平均で二分ほど伸びている。ローザが魔法力を出し切るまで攻撃させて、リリィは待っていたんだろうな」


 リリィの方が試合巧者と言えるだろう。とはいえそこまで大きな力の差もなく、終盤はローザの攻撃に、今日もリリィは口から赤いものをしたたらせていたが……。


「お、教えてくれてもいいじゃない!」


「訓練中に言われても頭に入ってこないだろ。だから冷静になった今、こうしてちゃんと教えてやってるんじゃないか。というわけで、明日の訓練からは意識してペースを作るように」


 少女はうつむき気味にぼそりと呟いた。


「なによ……意地悪……イジカイ」


「ことあるごとに変な呼び名を作るんじゃない」


 俺に言われて落ちこむということは、つまり自分ができていないと自覚してくれた証拠でもある。


 対人戦の力の使い方に関しては、これで一歩前進だな。


 だが、ローザの一番の問題は、異形種との戦闘時のペース配分がまったくできないことだ。この問題を抱えたままだと、命取りになりかねない。


 憎しみで目が曇ると、冷静さを完全に失ってしまいがちだ。


 彼女の抱えた怒りも悲しみも、黒魔法の原動力なのだが……その感情を制御して思考と冷静に切り離すなんて器用な真似は、今のローザには望めそうに無い。ある程度の達観と合理性を優先した割り切りと、自分の可能性に対する諦めを覚えるには若すぎる。


 だから……俺は彼女に希望を与えることにした。


 希望があると信じられれば、自暴自棄になって死んでも倒すなんて考えは持たなくなるはずだ。




 今日は月の明るい夜だった。


 ローザを助手席に乗せた魔導装甲車が荒野を進む。その走行音だけが響き、他は水を打ったように静かだった。


 人類と異形種の領域を分かつ“壁”を越えて、俺たちが向かったのはローザの故郷の村だ。


 車を停める。降りるよう促すと彼女は「なんでこんなところに連れてきたわけ?」と、口を尖らせた。


「巣を消し去って故郷を取り戻したいと思わないか?」


 ローザはぽかんとした顔になった。それから火が点いたように怒りを露わにする。


「そんなの当たり前でしょ。けど……できもしないこと言わないでよ」


「なんでそう思うんだ?」


「巣を封印してくれたことには感謝するわ。だけど……これ以上はどうすることもできないって……あんたが教えてくれたことじゃない」


 小柄な少女は肩を震えさせながら、アメジスト色の瞳をそっと伏せた。


 異形種の巣――それを封印することしか人類にはできない。かつての大戦で超大型の巣を封印したのは、勇者アストレアと白魔導士レイ=ナイト……そして黒魔導士シディアンだった。


 偉大な三英雄ですら、巣を消し去るまでには至らなかったのだ。


「今の人類の魔導技術では、異形種の巣は破壊できない……か。確かにな」


 俺の言葉にローザは深く頷いた。そして続ける。


「いくら異形種を殺し続けても、殺しても殺しても殺しても殺しても……全部無駄なんでしょ?」


「無駄ってことはないだろ」


「無駄よ。水際で食い止めるのが精一杯で、こちらから壁の向こうに打って出られない。封印だっていつ解かれるかもわからない。それに……調べたけど、巣の根付いた汚染地域の浄化の方法だって……無いって言うじゃない」


 月の光が照らす彼女の顔は、溢れる怒りから悲壮感を帯びた表情に変わっていた。


「そうだな」


「そうだな……って……」


 ひどく落胆したような声で呟くローザを、俺は手招きした。


「まあ落ちこむなって。今日はお前だけに特別に見せてやろうと思ってな。リリィにはまだ内緒だぞ」


 おろしたての中級クラスのロッドを手にした。白魔法用のロッドの先に光を灯して、闇を照らしながら巣へと向かう。


 ベルトの後ろにホルダーを増設して、鈍器ロッドも持ち込んだ。

 なにせ、アレをやるとなると中級クラスのロッドでも一回きりだろうからな。


「ちょっと……何するつもりよ?」


 咄嗟にローザも得物を抜いた。別にそこまで警戒しなくてもいいのに……。


「なあローザ。これ以上、どうすることもできないと思って立ち止まる。それって自分の限界を自身で決めてるように思うんだ」


 先日空けた大穴から巣の内部に侵入した。彼女は今回も、入り口付近で立ち止まる。


 不安げなローザに「案外恐がりなんだな?」と声を掛けつつ手を差し伸べる。


「べ、別に怖くなんてないわよ!」


 俺の手を取らず彼女は前に進んだ。


 ロッドを握りしめ、いつでも戦えるように身構えるローザだが、その手はかすかに震えていた。

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