本当に打つ手はありませんの?

 目を開くとそこは学園の医務室のベッドの上だった。


 寝台の左右をローザとリリィが挟むように陣取って、それぞれ俺の手を握っている。


「なにしてるんだ二人とも?」


 尋ねると揃って肩をビクンとさせた。リリィが震えた声で返す。


「お、おお、お気づきになりましたのねカイ先生」


 ローザも目を白黒させた。


「ほ、ほんとにびっくりしたんだから。なんで防いでくれないのよ!? あんたのこと……殺しちゃったかもって心配したんだから」


 俺は目を細めて告げる。


「もともとローザは俺を倒すつもりでいたんだから、いいじゃないか」


 ムッとした顔でローザは口を尖らせた。


「も、もちろんそうだけど、それはあくまで正々堂々、一対一の勝負で倒すっていうことであって……もう! 本当に……心配したんだからね」


 俺の手を離すとローザはぷいっとそっぽを向いた。その目元に小さく光るものがある。


 心配を掛けすぎて生徒を泣かせるなんて、教士失格だな。


 リリィも溜め息混じりに俺の手を離した。


「それで……どういうことですの? 先日のあの戦いぶりを見せられたわたくしたちには、カイ先生の実力があんなものではないことが明白……目立たぬようにと他の教士や生徒たちを欺くならいざ知らず、今さらわたくしたちにまで実力を隠す意図がわかりませんわ」


 リリィの言葉に、俺はゆっくり頷いた。


「ああ、ちゃんと話すよ。実は……まだ完治してないんだ」


「そ、そうでしたの? ではわたくしたちのために無理をして……」


 しゅんとするリリィの一方で、ローザがそっぽを向いたまま、ほっぺたをぷくーっと膨らませた。


「本調子じゃなかったのね。べ、別に完治するまで休んでてくれればよかったのに」


 リリィもコクリと首を縦に振る。


「本当に申し訳ありませんわ。稽古をつけてもらおうと無理に引っ張り出してしまって……カイ先生が治るまで、きっちり自習しておきますから」


 ローザがちらりとこちらに視線をよこした。


「ご、ごめん……カイと早く戦いたいってわがまま言ったのあたしだから。リリィは付き合ってくれただけなの。責めるならあたしにして」


 俺は頬を指で掻きながら二人に告白した。


「良いって、ちゃんと言わなかった俺が悪いんだ……だから今度こそ正直に話すけど……恐らく完治はしないんだよ」


「な、ななななんですって!」


 リリィが悲鳴を上げた。


 ショックだったのかローザに至っては半分口を開けたまま呆然としていた。

 俺は続ける。


「普段なら魔法を使わなければ数日である程度は持ち直すんだけどな。この前の戦いで、いささか無理をしすぎたみたいだ」


 ぼへーっとしていたかと思いきや、突然ローザが俺の胸ぐらに掴みかかってきた。


「なに他人事みたいに言ってんのよ!? あんたが強くないとあたしが困るの!」


「そうだよな。次元解析法リグ・ヴェーダシステムの盲点も突かれたままだし、これからますます異形種の襲撃に対応しなきゃならんのに……ああ、いやそれよりも二人にちゃんと教えなきゃいけないよな」


 ローザは俺の頭をがくがくと揺らした。


「どうして平然としていられるのよ!」


「うおお! 揺らしすぎだぞこっちは病み上がりだってのに」


 リリィに「それくらいになさい」と視線で諭されて、ローザはハッとした表情で、俺の胸ぐらから手を離すとしょんぼりうつむいた。


 憂うように眉尻を下げてリリィが俺に訊く。


「本当に打つ手はありませんの? こうなれば恥も外聞もありませんわ。実家に掛け合って最高峰の魔法医を紹介いたします……魔法医の名門サリバン家でしたら父が懇意にしていますから!」


 サリバン……たしか三百人議会に名を連ねる白魔導士の家名だ。回復系の魔法医学に長ける一族だったと思う。


 俺は首を左右に振った。


「お前の親を頼るとなにか条件をつけられて、リリィの立場が悪くなるかもしれないしな。そもそも、どれだけ優秀な魔法医でも治せないんだ。年単位でゆっくり時間をかけるか……」


 実はこの症状をすぐに治す方法はある。無理矢理、強大な魔法力をぶち込むのだ。ただ、それをするにも魔法力の相性問題が浮かび上がる。


 複数人の魔法力を俺に流し込んでも、波長が混濁して肉体に馴染まない。波長が合わなければ最悪の場合、俺という人間が壊れてしまう。


 かといって、単独で俺の容量を満たせる、それでいて魔法力の波長が合う人間なんて……恐らくこの世に一人しかいないだろう。


 ローザが俺の顔をのぞき込んだ。


「やっぱり治す方法があるのね? あたしにできることなら、なんでも遠慮無く言ってちょうだい! 誰かを癒やすことは、あたしの魔法には無理だけど……」


「気持ちだけで充分だ。それより今日の炎矢の飽和攻撃だが、弧を描くような曲射にすれば壁を越えてこっちにもっとプレッシャーを与えられたぞ。次から試してみてくれ。よりねちっこく相手に嫌がらせできるから」


「も、もう! こんな時にダメ出しとかしないでよ! あんたのことでいっぱいで、せっかくのアドバイスも頭に入ってこないから」


 リリィも俺に迫った。


「でしたらこのマジックロッドを質入れしてでもお金を工面いたしますわ! それで少しでも治療の足しになれば、わたくしも本望ですもの」


 胸を張るリリィを俺は困り顔で諭す。


「こらこら。魔導士の相棒を借金の形にするんじゃない」


「けど……このままでは……」


「そ、そうよ! なんとかできないの?」


 二人の熱心な眼差しに、俺も覚悟を決めた。とはいえ、あの方法が今も有効かどうかは一種の賭けにもなるし、相手の同意だって得られるかどうか……いや、あいつは

「オッケー」と言ってくれるか。


 となると、問題はどうやって彼女と接触を図るかだ。


 先日の戦闘で俺と組ませると危険だということは、議会と王立研の上層部連中も再確認してるだろうし……うーむ……。


 ローザの雷帝にノックアウトされたダメージが抜けきっていないせいか、頭が回らなくなってきた。


 ともあれ、まずは目の前の二人の心配を取り除いてやらないとな。

 俺は二人に告げる。


「そんなにしょぼくれた顔をするなって。今すぐに元通りとはいかないが、できるだけ早く復帰するからさ」


 俺は笑顔を作る。二人はほっと息を吐き、ようやく安堵したようだった。

 誰かのために笑うってのは結構しんどいもんだな。

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