二人とも俺のそばから離れるなよ
――開戦から三分。
すぐにも近接戦闘に持ち込まれるかと思いきや、固定砲台のようにローザが各種攻撃魔法を撃ち続けて、ワーカーアントたちを寄せ付けない。もう二百匹近くは倒しただろう。一方でリリィはというと、自身に防御魔法を一通り展開しおえて、やっと光弾で攻撃を開始した。
「援護が遅いわよ! 何してたの!? これだから白魔導士って亀みたいなのよ!」
「焦るウサギは取り分を逃しますわよ? そもそもせっかちな黒魔導士と違って、白魔導士がその力を出し切るには、しっかりとした準備が必要ですもの。けれど、そもそも今回はカイ先生が急に攻撃を仕掛けたのがいけませんのよ?」
防御系魔法をフルに使い、全身を魔法力で輝かせながらリリィはドヤ顔だ。
光弾を六連射してプチプチとワーカーアントを潰していく。
まあ、普通は攻撃を仕掛ける前に、白魔導士が仲間に防御魔法を使って強化してから……ってのがセオリーなのはわかっているんだが……。
「戦場じゃ敵の奇襲を受けることだってあるんだし、いつも悠長に強化してる時間は無いぞ?」
と、俺がいったそばでローザが突然、ばたりと倒れた。
「もう……うごけ……ない」
「おいふざけてる場合じゃ、あっ! お前まさか、魔法力切れか? なんでペース配分をしないんだ」
「異形種は一匹でも多く……倒す……それが、あたしの……生きる……うう……」
口を動かすのも辛そうだ。立てなくなるまで魔法力を絞り出し、三分間攻撃をし続けたらしい。
その攻撃魔法も細かく見れば精度が低く、軍勢を効率良く足止めできる“急所”を外しがちで、無駄打ちも多かった。
というか……待避する余力も残さず、倒れるまで全力攻撃はダメだろうに。自殺志願者の戦い方だ。
ローザの魔法が止んで、ワーカーアントたちが波のように俺たちに迫る。その間に俺はローザに肩を貸して立たせた。白のロッドで第四界層――治癒を施す。
少女の呼吸がすこしだけ落ち着いた。しかし、ロッドの性能に足を引っ張られて、即回復とはいかない辺りがもどかしい。
すぐさま黒のロッドに持ち替えて、次の魔法公式を構築する。リリィが俺の魔法に気づき、振り返って目を輝かせた。
「魔法力を使い切ってしまった誰かさんに変わって、カイ先生自ら戦ってくださるのですわね!?」
俺は風刃を放つ。といっても、刃を丸めた吹き飛ばす用にカスタマイズしたものだ。
それをリリィの背中に向けて放った。
「って!? なにをしてくれますのおおおおおおおおおおおおおおお!」
俺の放った黒魔法は、敵味方識別において“味方”という認識があったリリィの防御魔法を無視してクリーンヒットした。
声を上げてリリィがワーカーアントの群の真ん中めがけて吹っ飛んでいく。
防御魔法がフルでかかった状態のリリィに、問答無用で群がるアントたち。これでローザの回復の時間も稼げるだろう。
「ほら見ろローザ。リリィが身を挺してお前のために時間を作ってくれているぞ」
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ワンドに魔法力をこめリリィが振り回す勇姿に、ローザは倒れたまま「あたしが攻撃魔法でがんばったんだから、それくらい……当然よ」と口を尖らせた。
リリィの足下にワーカーアントが抱きつく。棒倒しの棒のように、今にも倒されそうになっていた。
「いや、いや、やめてくださいませええええええええ!」
リリィの身体が激しく発光し、衝撃波が足下から同心円状に広がった。まるで彼女を爆心地にしたような魔法力のほとばしりが、数十体のワーカーアントを巻き込み吹き飛ばす。
リリィの身体から防御魔法の輝きが失われた。どうやら自身にかけていた防御魔法を衝撃波に転化したらしい。
今、それを使う判断はいかがなものかと思うが、威力は十分だ。
口元からツーっと鮮血を流してリリィは呟く。
「奥の手を使ってしまいましたわ……もう一度、防御を固めないと……」
どうやらリリィも例に漏れず、白魔導士はこういうものだという固定観念に凝り固まっているらしい。
いつもいつも、使えるすべての自己強化をする必要は無いのだ。
「防御はいいから光弾でも打ちながら後退しろ!」
「それはできませんわ! というか、なんてことしてくれますの!?」
「悠長に説明してやってもいいが、その間にまた囲まれるぞ?」
後続のワーカーアントたちがリリィを半包囲しつつあった。悲鳴をあげながらリリィが光弾を乱射しながら戻ってくる。
ローザが俺に体重を預けたままロッドを構えた。
「来なさい! あたしが皆殺しにしてやるんだから!」
その視線はワーカーアントの群に向けられている。頭に血が上っているようで、性懲りも無く撤退の余力さえ攻撃に使うつもりだ。なんのためにリリィで時間を稼いでやったんだか。そういう判断もできないとなると、いくら高速で魔法公式を構築できる才能があっても宝の持ち腐れだ。
「お前はバカなのかローザ。今、魔法なんて打ったらまた倒れるだろ」
「次の一撃で全滅させればいいだけじゃない」
「倒しきれなかったらどうするんだ? そのまま大人しく連中の餌食になるのか?」
「だとしても……一匹でも多く道連れにしてやるわ!」
異形種の行動原理は巣を増やし領域を拡大することだ。そして領域の拡大に邪魔な人間を排除することに尽きる。ただ殺す。捕食対象というわけでもなく、殺した人間は放置して次の標的を攻撃するというのを繰り返す。憎しみも悲しみも怒りもなく、淡々と作業を積み重ねるように。
降伏も投降も認められない。こいつらの前では、人間は生きていること自体を否定される。
襲われた村や街は無慈悲な最後を迎えるのだ。
「お前、たしか孤児だったよな」
「そうよ。こいつらに……家族も故郷も全て奪われたの。だから今度はあたしが奪うの……こいつらから……全部」
悔しそうに下唇を噛んだローザに、俺は溜息混じりで返した。
「ならなおさら強くならなくちゃな。ここで死ぬより生き残って、もっとたくさん殺せるようになれ」
すっかり俺たちはワーカーアントに囲まれた。俺は戻ってきたリリィにハンディーカムを押しつけると、ロッドを左右の手に構える。
「二人の弱点も見えたことだし……次は俺の番だ。ちょっとした手品をみせてやろう」
そう告げた途端、二人は俺をじっと見つめた。その瞳がかすかに潤む。
怖かったのか、辛かったのか、俺を信頼して安堵しているのか。
ともあれ、残りは俺が相手をしてやろう。
同時に二系統の魔法公式を構築した。ぴったりと同じタイミングで発動させる。
黒の第七界層魔法――石化を展開。強力な即死系の魔法で、許された一部の人間にしか使うことができない禁呪の類いだ。ただ、射程が極端に短く、ロッドで対象に直接触れて発動させなければならないという使い勝手の悪さがあった。
同時に発動した白の第七界層魔法――聖域は範囲攻撃である。敵味方を識別し敵だけにダメージを与える魔法だった。
ロッドの能力不足もあって、発動した聖域は半径十メートルほどにしかならない。
全盛期なら調子が良ければ、城塞都市一つくらいは包めたんだがな……しばらく実戦から遠のいて鈍ったらしい。これはロッドのせいばかりとはいえないか。
「二人とも俺のそばから離れるなよ」
疲弊した少女二人を背に庇い、俺はマジックロッドを交差させた。
瞬間――虹のような発光現象とともに
二つの魔法を組み合わせる研究はこれまでも行われてきたが、それらは同色系統であり、それでさえも制御の難易度から実用性は皆無と言われ続けてきた。
同系統でも難しいものが、白と黒でなどできるわけがない。
――まあ普通の人間には無理だろう。
「
発動と同時に俺を中心とした半径十メートルの空間に魔法力が満ちた。
ワーカーアントが押し寄せる。
が、俺の聖域に踏み込んだ途端に、その身体が石へと変わり、崩れて消滅した。
やはりロッドがポンコツなせいか、石化までに少し時間がかかるようだ。より強靱なソルジャーアントの群だったなら、聖域を突破されていたかもしれない。
リリィが震えた声で呟く。
「これは第七界層魔法……レイ=ナイト様が得意とする聖域……ですけれど……聖域は広域魔法ですのに範囲が狭すぎますわ。それに……」
困惑するリリィにローザが呼吸を荒げながら告げた。
「……聖域だけじゃないわ……その範囲攻撃に黒の第七界層魔法の石化の効果が上乗せされて……どうしてあんたみたいなのが禁呪を……しかも二つの魔法をこんな風に!?」
悔しげなローザに俺は笑顔で返す。
「そういう研究をしてきたからな。これから二人には俺の知識や技術をたっぷり教え込んでやるから覚悟しろよ。それを二人してさらに発展させて俺以上に強くなる……と、いうのが理想なんだがな。そのためにもこんなところで死なせない。二人を守ると約束しただろ?」
学習能力の無いワーカーアントは一匹残らず聖域の中で崩れ去った。
増援が無いのを確認し、魔法を解除すると俺は溜息を吐く。
「なんだ。こんだけ倒して魔晶石は無しか」
無報酬なことにドッと疲れた。ロッドをベルトに納めると、リリィに預けたハンディーカムを受け取って、俺は二人を連れて巣へと向かう。
土塊の山は近づくと、ちょっとした城くらいはあった。崩した場所から中へと入る。が、後が続かない。振り返って訊く。
「どうした二人とも? まさか怖じ気づいたのか?」
「そ、そんなことないわよ!」
まだ足下がおぼつかないローザだが、柳眉を上げて声を張った。
よしよし、元気が戻ってきたようだな。
リリィはといえば異形種の残党ではなく、俺を警戒するように距離を置いている。
「リリィはどうしたんだ?」
「カイ先生は恐ろしい方ですわ。いつまた囮にされるかと思うと……」
「囮にはしたが、あれはそれだけリリィの防御魔法が完璧だったからだ」
「か、完璧? わたくしの防御魔法がですか?」
「ああ。あれを維持できるなんて二年生のレベルじゃないな。ワーカーアント相手なら、適切な反撃をしていれば三分は持ったんじゃないか?」
両手で頬を押さえるようにすると、リリィは身を揺さぶるようにした。
「そんなに褒められると恥ずかしいですわ。わかりました。あの場はああするのが最適だったのですねカイ先生。わたくしの力量を信じたが故の、苦渋の決断だったということにしておいてさしあげますわ」
誰も苦渋の決断などしちゃいないんだが……。ただリリィに言ったことに嘘は無い。時間をかけてガッチリと防御を固めた彼女は、囮として実に優秀だ。
「ほら行くぞ。さっきの戦闘はオマケで今日のメインはこの奥だから」
白魔法用のロッドを手にして第一階層の白魔法――光球をロッドの先端に固定する。光弾の応用だが攻撃力は無く、発光を維持してライト代わりにした。
俺が進むと後ろにリリィがついてくる。まだ、入り口付近でローザがもじもじと膝をすりあわせていた。
「ちょ、ちょっと! 本当に中に入るわけ!?」
「ああ。とっとといくぞ!」
しぶりながらも、俺とリリィが先に進むとローザも着いてこざるを得なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます