守ってもらうなんてでできないわ
ピンクの入院着をまとったローザは、小さな肩を震わせて悔しそうに笑う。
「ほら……リリィみたいな立派な家柄じゃないけど、あたしってば肩を並べるくらいの使い手でしょ? 天才なんかじゃないの。あたしの中の化け物が気まぐれに力を貸してただけ……なんだから」
ローザはそっと自分の胸に手を当てた。リリィは目を白黒させっぱなしだ。俺は訴えるように告げる。
「どうしてそんなことを言うんだ? なんでそうだと言い切れる!? お前には才能があって、幸運も味方をしたから生き残った……そうだろ?」
「幸運……ううん、あれだけの偶然も二度続けば必然だもの。頭の中に声が洪水みたいに溢れてくるの。あたしは仲間だから壊すなって……今だって学園を攻撃しろって……魂に直接呼びかけてくるの」
「そんなものただの思い込みだ。お前くらいの年齢の奴が陥りがちなだけの自己暗示だ」
力無く笑いながらローザは続ける。
「だったら良かったんだけどね。
彼女の言葉が真実であると認めたくないのに、すべてが頭の中でカチッとはまっていった。
ローザは異形種によって生かされたのだ。
恐らく彼女が寄生されたのは子供の頃だろう。学園都市にも近い村で唯一の生き残り……そんな彼女が魔法の才能を示せば、保護されたあと、学園に入学するのも自然な流れだろう。
ローザという乗り物を使って、寄生型異形種は様々な情報を他の異形種に伝搬した。その結果、異形種が待ち伏せや組織的な戦術を使い、ついには
俺が
手の内を見られたままカードで勝負しても勝てるわけがない。
心のどこかで俺は、アオイが俺たちを亡き者にしようと、事前に異形種に情報を流して襲撃地点を教えていたんじゃないかと疑っていたんだが……とんだ見当違いだ。
リリィが悲鳴のような声を上げる。
「そ、そそそそんなの嘘ですわ! ありえませんもの! だって……人間と異形種が融合なんてできるわけないのだから! そうですわよねカイ先生!?」
魔法力の波長が違いすぎて、異形種を魔法力化しても取り込むことはできない。人間と異形種は相容れない存在だ。
ローザは再び東の空を見上げた。
「このまま、なにもせずにたくさんの人を死なせるわけにはいかないから」
口をきつく結んで決意した顔つきに、悲壮感は無い。
「今のお前になにができるっていうんだローザ?」
「今のあたしだからできるのよ。多分……この世界のどんな魔導士よりも……強いから」
そう呟いた瞬間、彼女の身体がふわりと宙に浮かび上がった。
魔法公式の構築が見えない。まるで魔法力そのものを推力に変換したように、彼女は十メートルほど上空で静止する。
俺だけでなく、リリィもバスティアンも指揮官もその光景に唖然とするばかりだ。
空中でローザはそっと目を閉じて告げる。
「前にカイ……言ってたよね? 『もし、竜脈の魔法力や魔晶石の魔法力を直接使えるような人間がいたら、間違い無く世界最強だ』って」
つまり……それをしているっていうのか!?
俺は飛翔を起動してローザの後を追うように飛ぶ。
「待てローザ! お前のそれは、いったいどんな力かもわからない! 無理をして身体に負担がかかって……何か取り返しが付かなくなったらどうするんだ!?」
そっと目を開くと、彼女の瞳は金色に燃えていた。その色に俺は本能的な恐怖を覚える。人類とは一線を画した根源的に違う存在――そう、感じた。
金色の瞳のまま、ローザはニッコリ微笑む。
「あたしが人間の心まで失ったその時には……カイ……あたしの代わりに……あたしを殺して」
さらに浮上するローザの視線は、東の遠方を見据えていた。
そんなローザの腕を取り、強引に引き寄せ、抱き留める。
「お前だけを行かせたりしない。地獄まででも付き合ってやる。だから、もう自分から独りになろうとしなくていい。今度こそ誓わせてくれ……お前を守ると」
「で、でも……あたしの中には異形種がいるんだよ? あたし自身が憎むべき人類の敵なのに、守ってもらうなんてでできないわ」
「お前はお前だ。ローザ・ワイルドは俺の大切な生徒だ。何があろうとその事実に異論を挟む余地は無い。だから、異形種と刺し違えてやろうなんて考えるな」
ローザが恥ずかしそうに頬を赤くした。
「なんでもお見通しなのね。えへへ……ちょっと嬉しいかも。うん……じゃあ……一緒に来てくれるカイ?」
眼下でリリィが声を上げる。
「それならわたくしもご一緒いたしますわ!」
ローザは小さく頷いた。
「わかったわ。けど、きっとリリィの出番は無いと思うわよ」
不意にリリィの身体がふわりと宙に浮かぶ。キョトンとした顔になったかと思うと、突然の浮遊感にリリィは「え、えええ!?」と困惑した。
俺が飛翔をリリィにもかけたのではない。これもローザの力だ。
バスティアンが足下で声を上げた。
「あ、あのカイさん! 私たちは……」
「悪いがバスティアン! 他の負傷者の避難誘導を頼む! 学園長に言えば車両を使わせてくれるはずだ」
バスティアンは大きく頷いた。
「わかりました! どうかご武運を! こちらが片付き次第、すぐに私たちも出撃しますから!」
俺はローザとリリィと視線の高さを合わせて、うなずき合うと飛翔する。
東の荒野で先攻した軍属魔導士と異形種の群の戦端が開いたのは、その直後の事だ
った。
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